推しはつらいよ
──私の推しへの愛は、冷めてしまったのだろうか。
私には25歳の推しがいる。
1年ほど前に恋に落ち、私は推しのファンクラブに入った。
その直後に開催されたファンミで壊れた女の様子を綴った記事は、こちらに残してある。
推しとの出会いをきっかけに忘れかけていた乙女心が帰還。
ファンミに向けて美容院に行き、ネイルにも行った。
服やカバンが無さすぎてバタバタで買い揃え、なぜか絶対襟付きブラウスだと思った。
ファンレターだって書いた。
推しとハイタッチをした手を舐めてしまおうか。
推しが通った後の空気を瓶に詰めて帰ろうか。
もし推しが頭ポンポンしてくれたら髪の毛を抜いてラミネート保存しようか。
狂おしいほどの推しへの愛。
──それなのに。
『あんた、ファンミまであとちょっとやな!』
心友である米粉ちゃんからLINEが届く。
私は年1で開催される推しのファンミに、今年も当選した。
米粉ちゃんは、去年、特にそこまでファンでもなかったのに、「1人でファンミに行く勇気がないの」と震えている私のために一緒にファンクラブに入り、ファンミにも付き合ってくれた、女神のような人だ。
そんな米粉ちゃんの方がなぜか私よりソワソワしている。
『せやねん』とだけ返した私は、美容院にも行っていなければ、ネイルカラーは前回のように情熱の赤でもない。
服装だっていつものTシャツとジーンズでいっかー、とか思っちゃってる。
襟付きじゃなくていいのか!どうしたmika!──どこからか聞こえてくるのは幻聴だろうか。
とはいえファンミの前夜。
高めのトリートメントを使い、念入りに化粧水を肌に叩き入れ、クリームを多めに塗り込んだ。
やっぱりちょっと意識しちゃってるみたい、私。
***
ファンミ当日。
朝から余裕ぶっこきまくっている私。
そろそろ準備するか。
よっこらせっとTシャツとジーンズに着替える。
化粧をして、髪の毛を整え、お気に入りのピアスをつける。
ん?
あれ?
右耳のピアスがどうしても穴に入らない。
え、なんで?
くっ・・くっ・・!
血が出てきた。
え、まじーーーー。
時計を見ると、余裕ぶっこきまくってたせいで時間がなくなってきた。
入ってくれ・・・・頼む!・・くっ、くっ、くっ・・・・
入らねぇーーーー!
えーい!もうこのピアスはパスじゃパスッ!
仕方ない、いつものピアスにすっか。
流石に推しを前にノーピアスで行くわけにはいかないわ!という中途半端な乙女心。
私は血が出ている右耳のピアスホールに無理やりねじ込んだ。
痛い。
ゲ、時間がない。
私は右耳をジンジンさせながら、夫と息子たちに「行ってきます!」と雑に言い放ち、電チャリをかっ飛ばして駅に向かった。
ゼーハーゼーハー・・
なんとか間に合った。
今から愛する推しに会うというのにすでに汗だくだ。
耳から血が出てるし。
去年のファンミで推し友になった友だちと待ち合わせ、現地に向かう。
現地には、推し友の推し友が待っており3人でランチすることになっていた。
「はじめまして!」
めっちゃ若くて可愛い子だった。
今回、この推し友ちゃんと席が隣なのだ。
あっという間に時間が過ぎ、いよいよ会場へ向かう。
やっと少しドキドキしてきた。
会場に着くと、まだ開場前だというのに、浮き足だっている乙女たちですでに溢れかえっていた。
もう、みんな、ウッキウキである。
今回の会場はしっかりとしたホールでキャパ900。
去年は大きめの会議室スペースみたいなところでキャパ400くらいだった。
この1年で推しの人気は急上昇したことがわかる。
私の席はU列21番。
後ろから数えたほうが早い。

ああ、遠い。
人気が出るのは嬉しいが、どんどん推しと遠くなっていく。
場内が暗くなる。
いよいよ愛しき推しが登場する。
どこだ?どこから登場する?
客席か?
後ろ?前?左?右・・・上?
客席の乙女たちが全員高速キョロキョロしている。
ガチャ
客席中央付近、下手側だーーーー!
金髪に髪を染めた推しが、ピッカピカツッヤツヤの笑顔で登場した。
やばい!本物!
かっこいいかっこいいかっこいい!
え、え、え、え、理解不能理解不能。
推しが客席内を歩き回ってくれる。
「こんにちは〜やっほ〜」
推しがとびきり優しい笑顔で手を振りながら近くまできた。
うわっ
ちょっと、なんなん?
なんで、そんなかっこいいん?
顎のラインが刃物みたい。
ほっぺたある?
もう同じ人間とは到底思えない。
アナタハニンゲンデスカ?
推しが美しすぎて、少女漫画の世界から飛び出てきたようだ。
推しの周りがキラキラしている。
ま、ま、眩しい。
え、ダイヤモンド舞ってる?
「細っ!細っ!細っ!」
隣の推し友ちゃんはかっこよさよりも、推しのぺっちゃんこのウエストにビビったようでそれしか言わなかった。
ハートマークだらけの熱量を引き連れ、推しがステージに上がった。
推しの顔が大画面に映し出されたが、小さくても肉眼で見たい。
生の推しを肉眼に焼き付けたいのだ。
遠目から見ても、美しい。
愛する推しを前に胸は躍ったのだが、やっぱり何かが足りない。
──何が足りないのか。
そう・・
狂気だ。
今までのような、狂おしいほどの推しへの愛が自分の中に感じられない。
足りない足りない足りない。
狂気が足りない!
愛する推しを前に、冷静な自分のままファンミは進行してゆく。
これまでの推しの活動を振り返ったり、質問コーナーがあったり、ジャンケンがあったり、そして、恒例の・・撮影大会だ。
よっ!待ってました!
この時間は写真動画撮影が許される。
客席にいる乙女たち全員がスマホを構え、必死に推しをおさめている。
──ある意味すごい光景だなこれは。
そんなことを思ってしまう私はやはりどうかしている。
推しが客席に降り、時には立ち止まりながら歩き回ってくれる。
私も「かっこええなぁ」「美しいなぁ」「綺麗なぁ」と思いながら、じとーーーーっと推しを撮影する。
ちっがーーーう!
私が自分に求めているのは、こんな愛じゃない。
暴走するほどの愛だ!

後編記事より
ああ、私の中の狂気よ戻って来い。
そんなこんなで2時間に及ぶファンミは終了し、お待ちかね、帰り際の触れ合いタイムだ。
去年はハイタッチだった。
今回は──グータッチ。
え、ちょっと待って?
なんで、グーなん?
パーがいいんですけど!パーが!
推しの体温、手のひらいっぱいに広げたいんですけど!
なんで、推しと原監督みたいなことやらんとあかんの?

推しへの狂おしいほどの愛を感じるどころか、グータッチへの疑問を抱いたまま推しと向き合うことになってしまった。
──原監督のように軽やかに差し出されたその拳に、私の拳をそっと重ねた。
推しが私だけを見つめている。
なんて瞳が大きいんだろう。
ああ、拳が温かい。
私たちは、グータッチをしたまま言葉を交わす。
「ドラマ、楽しみにしています」
「ハイ頑張ります!楽しみにしていてくださいね!」
そっと私たちは拳を離し、手を振りながら笑顔で別れた。
──パーがよかった。
***
私の狂気は一体どこかへ行ってしまったんだろう。
前回なんて、推しと触れ合ったその手を舐め回したい・・と思ったというのに、この落ち着き様だ。
私はもっと──狂いたい。
推しのファンクラブからお知らせが届く。
推しとツーショット写真が撮れるというカレンダーイベントが開催されるというのだ。
私は、ポチリと申込ボタンを押した。
その夜、夢を見た。
さあ、私の愛しき推しよ、夢枕に出てらっしゃい!と眠りについたが──
寅さん出てきた。
待て待て待て。
ここは推しの出番でしょうよ。
なんで寅さん?
100歩譲って、寅さん風の推しならまだ耐えられる。
が、出てきたのはガッツリ渥美清だったよ。
なんで?
まさか推し活の夜、寅さんに脳内ジャックされるとは。
頼む・・狂気よ、帰ってこい。
推しへの狂おしいほどの愛で、脳内寅さんを推しに塗り替えてくれ!
どうなったかは、2ヶ月後に控えるツーショット写真で明らかになるだろう。
ああ、寅さんの声が聞こえる。
「それを言っちゃあ、おしまいよ」
***
今までの推しのはなし↓
狂った女の姿を綴っております
