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世界を描く息子と、世界をつなぐ母


「お母さん、Yotaくんの絵、きっと宝物になりますからね。是非いつまでもとっておいてくださいね」


Yotaが描いた絵を眺めながらそう言ってくれたのは、園長先生だった。
園長先生は、初めてYotaの特性を理解し優しく受け止めてくださった方だ。


私がYotaの特性に気がついたのは、年中の時。
登園渋りが始まり、教室に入れなくなり、私から離れられなくなった。


──「Yotaくんが描いた絵を園長先生に見せに行こう!」
それが幼稚園に行く唯一の“きっかけ“だった。


幼稚園に着くとまず始めに事務室に行く。
Yotaがヒョコッと窓から顔を出すと、どんなに忙しそうにしていても、園長先生はすぐに手をとめてYotaのところに来てくれた。


「これ、描いたよ」
「まぁ、素敵!これは何かしら。トラック?色が綺麗ね。ここのところがものすごく細く描けているわね。これは......こっちに曲がろうとしているのかしら」


園長先生は、隅から隅までYotaの絵を見て感想を伝えてくれる。
Yotaは何も言わないが、全身で園長先生の言葉を受け止めているのがわかる。
毎日毎日、何枚も絵を描いて先生に見せに行った。
先生の言葉は、Yotaを優しく包み、「僕は僕でいい」という自信の花を大きく開かせてくれた。
そしていつも私に、──「Yotaくんは素晴らしい力を持っています。Yotaくんの絵、きっと宝物になりますよ。大事にとっておいてくださいね」と声をかけてくれたのだ。


今振り返ると、あの日々があったからこそ、私の中で一つの想いが生まれたのだと思う。
──Yotaの世界を誰かに届けたい。


***


Yotaは入学して2ヶ月で学校に行かなくなった。
小学校には園長先生のような、Yotaの絵を見せに行く相手もいない。
私と2人きりの生活が始まった。


Yotaは、とにかく何かを作り続けた。
段ボールや廃材を駆使して、豪華客船や、車、トラック、家......
折り紙では、私によく花を作ってくれた。
牛乳パックでは新幹線を一緒に作った。
部屋に水色のレジャーシートを敷いて、そこに手作りの魚を泳がせ魚釣りもした。
Yotaが店長、私はお客さんとなりレストランごっこもした。
画用紙や折り紙で作ったハンバーグやお寿司、焼き魚まで並べてくれた。
絵本を部屋中に並べてピタゴラスイッチもやった。
トミカレースごっこもやった。
ダイニングテーブルを秘密基地にしたり、階段に布団を敷き詰め滑り台にしたり。


絵の具で絵もたくさん描いた。
その絵を床一面に広げて乾かした。
色彩豊かな絵たちはキラキラしていて、見ているだけで幸せな気持ちになった。


──目の前ではこんなにもキラキラした豊かな世界が広がっているのに、どうして私だけがそれを見ているのだろう。
せっかく、「あなたはあなたでいい」と、大きく花が開いたのに。
こんなにも、こんなにも、素敵な力を持っているのに。


あの日々を思い出しながら書いていると涙が出てくる。
辛かった。
しんどかった。
狭い部屋の中で2人きり。
まるで世界に取り残されたような、時間が止まったような。
目の前に広がるYotaの世界の中で、毎日私は泣いていた。


──救世主が現れた。


不登校の子どもたちが集まる居場所の代表、パーマ先生だ。
パーマ先生に初めて会った時、Yotaが描いた車の絵を見せた。


「うわーーーーーーー!!!すっげぇぇぇぇ!!!これ、Yotaくんが描いたの?」


パーマ先生の大きな声が部屋中に響き渡る。
照れるYota。
パーマ先生は、丁寧に隅から隅までYotaの絵を見て絶賛してくれた。
全力で伝えてくれる先生を前に、Yotaの心はあっという間に大きく開いた。


──見つけた。園長先生に続く存在を。
この先生なら、Yotaの力をきっと引き出してくれる。
私は確信した。


***


Yotaは現在小学3年生。学校には行っておらず、今も居場所に通っている。
その居場所で行われるイベントで、Yotaの絵を売ってみないかというパーマ先生からの提案があった。
──「僕、売ってみたい」
Yotaの心が動いた。


Yotaが描いた絵をポストカードにして販売した。
その数は70枚近くに及んだ。






Yotaが4、5歳の頃の絵もポストカードにした。





壁に紐を横に貼り付け、そこに1枚ずつポストカードを吊るしてくれた。
私は近くの椅子にそっと座った。
お客さんたちがポストカードの前に集まり出した。
耳を澄ませる私。


「へー!これ、ひとりの子が全部描いたの?」
「綺麗ねぇ」
「これ、おもしろいなぁ」
「“なんのはなしですか“って、なんだろう」


いろんな会話が聞こえてくる。
私は胸がいっぱいになり、こっそり泣いてしまった。
たくさんの方々がポストカードを手にとり、買ってくれた。
イベントが終わるころには、ほとんどのポストカードがなくなっていた。


「Yotaくん!!すごいぞ!たくさん売れたぞ!Yotaくんはすごい力を持っているぞ!」


Yotaの両肩に手を置き、興奮するパーマ先生。
フッと笑うドライなYota。
いつも2人はこんな感じだ。


でも帰りの車の中で、「嬉しかった」と呟いたその顔は喜びに満ちていた。


***


「Yotaくんの絵を買いたい」


その友人の一言で、私はYotaのお店を作ることを決意する。
ポストカードを手に取ってくれた方々の顔が忘れられない。
もっともっといろんな人に届けたい、Yotaの描く世界を。


#なんのはなしですか ──
との出会いも、大きかった。
その魔法の言葉は、どんなしんどいことも、大変なことも、「なんのはなしですか」と物語に変え、私はYotaの世界を自由に表現した。


「最高です」


note街の路地裏案内人コニシ木の子さんは、そう言ってくれた。
#なんのはなしですか提唱者だ。


私は、Yotaが描く世界に「上手だ」とかそういう言葉を使ったことがない。
上手とか下手とか、何点とか、そんなのはどうでもよくて。
りんごを黒く塗ろうが、線が飛び出ていようが、全てあなたの世界。


──あなたの描く世界が、お母さんは大好き。


だから、この「最高です」という言葉は、Yotaと私に「それでいいよ」と、まるごと肯定してくれたようで救われた。


あの辛くてしんどかった毎日でも、あなたの世界が大好きだと伝え続けてきてよかった。


これからも伝え続けよう。
あなたの作品は、最高で最強で──大好きだと。


最初にYotaを認めてくれた園長先生、
Yotaには力があると肩を抱いてくれたパーマ先生、
Yotaの表現が好きだと言ってくれた友人、


noteの街にやって来て、
Yotaとの日々にエールをくれる人たちと出会い、
同じ境遇の仲間と出会い、
Yotaの表現に拍手を送ってくれる方々に出会い──
そして、今、ここにいる。


Yotaと私2人では到底たどり着けなかった。


出会ってくれたみなさんに、路地裏に、心からの感謝を送りたいです。
いつも見守って応援してくれてありがとうございます。


Yotaのお店『Yota Workshop』がオープンします。
たくさんの人たちの日常に、Yotaの世界が届きますように。
そして、この経験がこれから先、Yotaの生きる力となりますように。
心を込めて──。



Yota Workshop



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