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10年ぶりにハイヒールを履いたら


──こんなの、よく履けてたな。


靴箱を整理していたら、
一番上の奥に、ひっそりと眠る箱を見つけた。


入っていたのは、可愛いハイヒール2足。


ひとつは、ワインレッドのシンプルなエナメル素材のハイヒール。
もうひとつは、ヒールの部分がドット柄になっていて一目惚れして買ったものだ。


あたいだって、あたいだって......
ヒールを履いて、カツカツ街を歩いていた時代があったんだからぁ!


子どもができてから、私の足は、もう楽ちんな靴しか受け付けなくなっていた。
靴箱には、NIKEのスニーカーがずらりと並ぶ。
ハイヒールなんぞ、恐らく足が膨張しちゃって入らないだろう。


しばらく、ハイヒールを眺める。



どうやって履くんだっけ。


全く思い出せない。
なんせ、もうかれこれ10年くらい履いていない。


ちょっと、履いてみたくなった。


そろりそろり右足を靴に滑りこませる。

……なんだか様子がおかしい。


「待て待て待て。これいつものスニーカーじゃない」
「無理ッス」
「攣るよ、ほんとに攣るよ?」


指たちが小さく暴れる。
だが、私は聞かない。


ぎゅいっ。


実に10年ぶりのハイヒール。
怠けきった足が「ヒッ」と悲鳴をあげ、背筋を正した。
うわっ
何これ。
こんなだったっけ。
その緊張は、ふくらはぎを通って、腰へ、背中へ。
あれ、なんかお尻キュッてなってる。
──これぞ、ハイヒールマジック。


ハイヒール姿の自分を鏡で見る。



あたい、女だった。


奥底に眠っていた「女」がパチリと目を覚ます。
久しぶり。
元気してた?
よかったよ、そこにまだ居てくれて。
でもね、子どもができてから、アータでいることなんてできなかったのよ。
ヒールなんか履いて子ども追っかけられねぇよ。
綺麗なスカート履いて公園行けねぇよ。
化粧に1時間?ちゃんちゃらおかしいぜ。
髪の毛なんてガッとひとつに結んじゃうよ。
お風呂なんざカラスも引くスピードだよ。
風呂上がりは裸で逃亡する子ども追っかけんだよ。
ごはんなんて子どもが残したやつをキッチンで立ちながら食べんだよ。


女なんて、やってらんねぇよ。


久しぶりに目を覚ました女は、とにかくよくしゃべった。
......いや。
しゃべっていたのは、私か。


それにしても、可愛い。
ハイヒールって、やっぱり可愛い。
上がるぅ〜


「お母さん、何してるの?」


玄関から私がなかなか戻ってこないもんだから、長男Yotaが様子を見にきたのだ。


「お母さん、ハイヒールなんて持ってたの?」
「どう?どう?どう???」


若干、圧をかける。
ハイヒール姿の母を見て、彼は何を言うのだろう。


「......いい」


一言そう言い残し、彼は去って行った。


ん?終わり?


たった2文字。


でも母は知っている。
Yotaの「いい」は、最高ランクだ。


気分を良くした私は、調子に乗って、少し歩いてみることにした。
あの、コツコツって音がたまんないのよね。



どうやって歩くんだっけ。


アカン。完全に歩き方を忘れてしまった。
恐る恐る右足を前に踏み出す。
え、本気マジでわかんない。
左足を出すタイミングがわからない。
え、コツってやったら、
nextコツってやればいいのん?
コツっ
そおれ!
コツっ
え、ヒールで歩くのにこんなに合いの手必要だったっけ。
迷子だ。
狭い玄関で完全に迷子になってしまった。
しかも、足の指が痛くなってきた気がする。
全然歩いていないのに。


「もう限界っす」


足の指たちが白旗を振ったところで、私はそっとハイヒールを脱いだ。


こんなんで踊ってるPerfume、すごいな。
彼女たちを心の底から尊敬した。


──また、このハイヒールを履く日はくるのだろうか。


一連の流れを友人に送りつけたところ、一言メッセージが届く。


「孫が履くかもよ」


時代は巡る。


あの名曲を脳内で流しながら、
ハイヒールを箱へ戻し、そっと棚の奥にしまった。


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