ゲームってそんなダメなの???
最近、Twitterをぼーっと流し見していたら、タイムラインにゲーム時間が長い子は学力が悪いとかそんなのが流れてきた。
なんか、ちょくちょくこういう話題が上がる。
因みに私の両親も、ゲームは良くないと思うような両親だった。私は別にゲーマーとまではいかないけど、ゲームをするのは好きでやりだすと結構止まらなくなってしまう事もある。そうするとかなりの確率でいろいろ言われた。
ただ別に理由はなくて、そんなにゲームをやってはいけない。理由はゲームはダメだから(!?)ということ。
支離滅裂としか言いようがない 笑。
“それって理由じゃなくね?”という感想しかなく、なぜゲームはダメか聞いても返答は何もなかった。
因みに、両親は一度もゲームをやった事はないから良い所、悪い所なんてあげる事ができるわけないに決まっている。
知らないから否定しているだけなのが理由。そういう人は多いのだろうと思う。
私はゲームをたまにはするので知っているが、ゲームは悪いことばかりではない。
アクションものであれば、レベルアップさせたりエリアをクリアさせたければ同じ方法をずっととっていては直ぐにゲームオーバーしてしまう。
その都度工夫していかなければゲームクリアは到底無理。意外と頭を使う。
また、RPGゲームでは仲間と協力して各自の能力をどう使っていけば敵に立ち向かえるとか各所でどんなアイテムや武器を使えば良いとか色々頭を回さないと能力は上がらずクリアは不可能。
自由度が高いものでは、どんな世界をどんな風に生きていきたいか決める事も出来る。要は自分でどうしたいか選択する場面がすごいある訳だ。
果たして、学力が悪いとはそんなにいけないことなのだろうか?
そして、学力とは何か?
ここまで考えてゲームが悪いと言っている人はどれだけいるのだろうかと甚だ疑問だ。
成績がよい。それは記憶してそれをアウトプットさせるテストとかによって測られる。記憶力良ければ自分で考えなくても集中力さえ有ればある程度まではいけてしまう。
学力は集中力を途切れさせず、それプラス記憶力がある程度あるかどうかで決まりやしないか?
これは、決まりきった事をこなすトレーニングにはなるが自分で考える独創性が育つかといえばNOだろう。
その点、ゲームには沢山考える要素がある面もあるから従来の教育で補えない面もゲームをやってる事で補える可能性は多いにある事は否定できない。
そして一つの事を達成する事で得る喜びみたいな擬似体験が出来るとも言える。クリアとかするとめちゃくちゃ感動して涙が出たりもするし私も経験がある。
こういう事実を無視してゲームは良くないと否定する事になんの意味があるんだろうか。。。
聞いていて心地の良い気分は全くしないから嫌だ。
現在は、海外で発売されたゲームも気軽に買う事ができる時代。
それに、オンラインで繋がっているものも多い。
esport をやってみると、世界中のプレイヤーと対戦できるしチャットで話す事が出来るものもある。海外の人達はノリが良く、文字のコミュニケーションだけど結構絡んできて面白かった事もある。
また、FPSなんかでは海外の人に出会う事もちょくちょくある。
これらでは、当然世界の共通語である英語が使われている。
私がオーストラリアで出会ったアジア系の留学生であり得ないほど英語が流暢な子がいた。スラングも自然だし、色んなバージョンで会話出来るしともかく耳がいい。
その子は、かなりのゲーマーで家に帰ったらすぐゲームしているとの事だった。特に熱心に英語を勉強した訳じゃないけど強いて言うならゲームしょっちゅうやってたからかなとよく言っていた。
そういえば、オージーで日本語の語句を上手く口から出せる子がいた。その子は日本のゲームが大好きで旅行した時に仕入れたもので翻訳がないのをやっていた。やってるうちに意味も分かってきたらしい。。。
興味があるものを媒体とし、集中して何度も聞くという動作はかなり能動的。
ゲーム内で上手く立ち回りたければ、能動的でなければ上達出来ないから当然の結果と言える。
ゲーマーの一部は、英語を能動的に使おうと無意識で努力する事が出来ている人もいるという事実。
これはある意味、好きな事を集中して行えば思いがけない所でいきてくる事の一つの例。
ゲームはダメな事とか、簡単にイメージだけで決めつけるなんてとてもいけない事だ。
知りもしない事を分かった気になり決めつけてはいけない事が、ゲームをすぐにダメという人にも当てはまっている。
