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「働きたいのに働けない」私を支えてくれた制度の話ー双極性障害の私が、障害年金を受け取るまでに感じたことー

前回の記事で、私は双極性障害になってから働き方を変えざるを得なかったこと、
そしてAIと出会って、もう一度ものづくりを始めたことを書いた。

私は、働くことが嫌いだったわけではない。

むしろ、できることなら働きたかった。
社会とつながっていたかったし、
自分にもできることがあると思いたかった。

けれど、働きたい気持ちと、実際に働き続けられる体調は、
いつも同じではなかった。

今回は、その生活を支えてくれたもののひとつである、
障害年金について書いてみようと思う。

これは、障害年金の申請方法を詳しく説明する記事ではない。

双極性障害の私が、
障害年金という制度を知り、
受け取ることに迷い、
それでも申請しようと思うまでに感じたことの記録です。


私が最初に障害年金の話を聞いたのは、
パートを始めようとしていた頃だった。

当時、私は障害者就労支援センターに相談していた。

働きたい気持ちはあった。
でも、自分の体調にどのくらい負荷をかけていいのか、
自分ではよくわからなかった。

主治医に就労条件を出してもらったところ、
働ける日数も時間も、思っていたよりずっと短いものだった。

その内容を見た支援センターの方から、
「障害年金を申請してみてはどうか」
という話をされた。

でも、その時の私はすぐには受け入れられなかった。

そもそも、自分がもらえるものなのかもわからなかったし、
「年金」という言葉に、どこか少しだけ後ろめたさもあった。

まだ働けるかもしれない。
働こうとしているのに、申請していいのだろうか。
自分よりもっと大変な人が受け取るものなのではないか。

そんなふうに、ぐるぐる考えていた。

だから、その時は申請しなかった。

私は、まずはパートに出てみることを選んだ。


実際にパートを始めてみると、
働くことそのものは、やっぱり嫌いではなかった。

家の外に出ること。
誰かと関わること。
自分の役割があること。

それは、私にとって嬉しいことでもあった。

けれど、体は思うようについてこなかった。

短い時間でも、働いたあとの疲れが強く出た。
頑張りすぎると、動けないほどのうつ状態になったり、
逆に気分が上がりすぎてしまったりした。

「このくらいなら大丈夫かな」と思っても、
あとから反動が来る。

働きたい。
でも、働き続けることが難しい。

その現実を、少しずつ受け止めていくことになった。


パートで疲れがたまってきた頃、
私はもう一度、別の障害者就労支援センターに相談に行った。

また就労支援でお世話になれないかと思っていた。

そこで、もう一度言われた。

障害年金を考えてみてもいいのではないか、と。

正直、少し驚いた。

前にも同じことを言われたし、
今回もまた同じことを言われた。

その時に、私は教えてもらった。

障害が認められれば、
仕事をしていても障害年金を受給できる場合があること。

障害年金は、
「まったく働いてはいけない人」だけの制度ではないこと。

もちろん、誰でも受け取れるものではなくて、
診断書や病歴、生活の状態などをもとに審査される制度だ。

それでも、その話を聞いて、
少しだけ考え方が変わった。

障害年金は、
働くことを諦めるためのものではないのかもしれない。

働きたくても、思うように働けない人が、
生活を崩さないために頼ってもいい制度なのかもしれない。

そんなふうに思えるようになった。


私は、ずっとどこかで自分を責めていた。

もっと頑張れば働けるんじゃないか。
もっと体調管理をすれば、普通に働けるんじゃないか。
家族に支えられているのに、これ以上制度に頼っていいのだろうか。

そういう気持ちが、ずっとあった。

でも、双極性障害は、気合いだけでどうにかなるものではなかった。

調子がいい日があるからといって、
毎日同じように動けるわけではない。

外から元気そうに見える日があっても、
安定して働き続けられるとは限らない。

私は働きたくなかったわけではない。
働こうとしていたし、実際にパートにも出た。

それでも難しかった。

その事実を認めることは、
私にとって簡単なことではなかった。

でも、認めないまま無理を続けても、
結局は体調を崩してしまう。

それなら、今の自分に必要な支えを受け取りながら、
少しずつ生活を整えていくことを考えてもいいのではないか。

そう思うようになった。


そこから私は、障害年金の申請をすることにした。

書類は自分で作った。

これまでの病歴を振り返り、
どんな症状があったのか、
どんなふうに生活や仕事に影響していたのか、
ひとつずつ書き出していった。

正直、つらい作業でもあった。

自分ができなかったこと。
続けられなかったこと。
苦しかった時期。

それらを言葉にするのは、
少し胸が痛むような感覚もあった。

でも同時に、
私はここまで本当によくやってきたな、とも思えた。

診断されてから、
薬を飲みながら生活を続けてきたこと。

うつ状態や躁状態を繰り返しながらも、
なんとか日々をつないできたこと。

結婚して、出産して、育児をしながら、
それでも自分なりに生きてきたこと。

書類を作る時間は、
単なる手続きというより、
自分のこれまでをそっと振り返る時間でもあった。

そして、医師に診断書を書いてもらい、
私は障害年金を申請した。


受給が決まった時、
ほっとした気持ちがあった。

もちろん、それで生活のすべてが解決するわけではないし、
病気が治るわけでもない。

急に自由に働けるようになるわけでもない。

それでも、
「今の自分は、支えが必要な状態なんだ」
と認めてもらえたような気がした。

それは、私にとってとても大きなことだった。

障害年金は、私を甘やかすためのお金ではなかった。
働けない自分を責め続けるためのものでもなかった。

生活を崩さないための土台。
療養しながら暮らしていくための支え。
もう一度、自分のペースを取り戻すための制度。

私にとって障害年金は、そんな存在になった。


障害年金を受け取るようになってからも、
働きたい気持ちがなくなったわけではない。

むしろ、今でも私は働くことが好きなのだと思う。

だからこそ、以前のように無理をして働けない自分を、
受け入れるのには少し時間がかかった。

でも今は、少しずつ考え方が変わってきた。

働くことだけが、社会とつながる方法ではない。
そして、働くとしても、
昔と同じ形でなくてもいい。

今の私は、AIを使いながら、
暮らしの困りごとを小さなアプリにしてみたり、
こうしてnoteに自分の経験を書いたりしている。

それは、フルタイムで働くこととは違うし、
安定した収入になるかも、まだわからない。

でも、私にとっては、
もう一度ものづくりを始める小さな一歩になっている。

その一歩を踏み出せているのは、
生活の土台を支えてくれる制度があるからでもある。


障害年金を申請することに、
後ろめたさを感じる人は少なくないと思う。

私もそうだった。

本当に自分が申請していいのか。
もっと頑張れるんじゃないか。
働いていない自分が、制度に頼っていいのか。

何度もそう考えた。

でも今は思う。

障害年金は、
働きたくても働けない人が、
暮らしを守るために頼っていい制度だと思う。

無理をして壊れてしまう前に、
支えを受け取ってもいい。

誰かと同じ働き方ができなくても、
自分のペースで生きていくために、
使える制度を使っていい。

障害年金は、
私が働くことを諦めるための制度ではなかった。

「働きたいのに働けない」私が、
生活を崩さずに立て直すための支えだった。

そして今も、
その支えの上で、私は少しずつ自分の道を探している。




※最後に少しだけ補足です。

この記事は、あくまで私自身の体験として書いています。

障害年金は、病名だけで決まるものではなく、これまでの経過や日常生活での困りごと、働くことへの影響など、いろいろなことをもとに判断される制度です。

だから、同じ病気でも人によって結果は変わると思います。

もし「自分も相談してみてもいいのかな」と感じた方がいたら、ひとりで抱え込まずに、年金事務所や支援センター、主治医の先生、社会保険労務士さんなどに相談してみてください。



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今回の記事とつながる、働き方や暮らしの立て直しについて書いた記事です。

障害年金という支えがあるからこそ、今の私は自分の体調に合わせながら、AIと一緒に小さなものづくりを始められています。
「働きたい」という気持ちを、今の自分に合う形で少しずつ取り戻していく記録です。

病気になる前から、診断後、パート勤務、そして今の働き方にたどり着くまでのことを書いた記事です。
今回の障害年金の話の背景にある、「働きたいのに思うように働けない」私の歩みをまとめています。



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