【エッセイ】ばあちゃんと半纏。
私が高校生の時、ばあちゃんは綿入れ半纏を作ってくれた。
高校入学と同時に、実家を離れ、下宿生活を始めた私に手作りで半纏を作ってくれたのだ。
冬がとても寒い地方なので、小さい頃から半纏を着て育ってきた。
半纏を着たまま布団に入ることもあった。
冬に半纏を着る。
それが当たり前の生活をしてきた。
ばあちゃんはお尻まですっぽり隠れるくらい、長い半纏を作ってくれた。
手作りだからできる技。
深緑と青緑のあいだ位の色に、赤い線の入ったチェックの柄の半纏だった。
こたつに入ると、ちょうど腰が冷えずに済むような暖かい半纏だった。
進学校に通っていた私は、冬の間はその半纏を毎日着て、こたつで勉強していた。
その色合いもとても絶妙で、私はとても気に入っていた。
大学生で一人暮らしの時も、ずっとその半纏を着て過ごしていた。
記憶があるのは大学生までだが、いつまで着ていたんだろう。本当に気に入っていた。
前で結ぶ紐が取れそうになったら、縫って補強した。
裾の方が破けて、穴があきそうになったら縫ってなおした。
20代は何度となく引っ越しをしていたので、どこかのタイミングでその半纏は処分されたんだと思う。
今、処分した記憶がないのが、いいような悪いような感じだ。
いつだかのばあちゃんの誕生日の時に、私はばあちゃんに半纏をプレゼントした。
ばあちゃんの誕生日は2月。真冬だ。
ネットで注文し、ばあちゃんの誕生日に届くように送った。
商品が届いたか実家に電話をしたときに、母の受け答えが変だったので、半纏が届いたか聞くと、半纏ではなく、モンペのようなものが届いたぞと
。
私は厳選したばあちゃんに似合いそうな赤い半纏を送ったのに、なぜにモンペが届いたのか。
そのモンペの画像を母に送ってもらい、すぐにお店に問い合わせをした。
お店はすぐに対応してくれて、2日後には祖母のもとに赤い半纏が届けられた。
お店の手違いで、とんだ誕生日になってしまったばあちゃんだったが、贈った赤い半纏をとても気に入ってくれた。
実家に電話をすると、たいてい初めに祖母が出るのだが、私が電話をするたびに、
「半纏ありがとうなぁ」
と夏の暑い日でも言ってくれた。
ばあちゃんは身長140センチ位の小柄な人だった。私が贈った半纏は大人の一般的な女性のサイズだったため、ばあちゃんには大きかったようだ。
だからばあちゃんはその半纏を着ないで、いつも布団と一緒に自分にかけて寝ていた。
夏でも冬でも布団と一緒に赤い半纏をかけて、ばあちゃんは寝ていた。
私が帰省するたびに、ばあちゃんの寝床にその赤い半纏があって、ほんとに気に入ってくれてよかったなぁって思っていた。
そのばあちゃんが、今年の秋のお彼岸に、天国へ行った。
実家に行くと冷たくなったばあちゃんに、赤い半纏がかけられていた。
ばあちゃんは、ずっとこの半纏をかけて過ごしていたからね、と母が言っていた。
納棺の日。
ばあちゃんが棺に入ったときに、私は赤い半纏を探した。
母がクローゼットの中にしまったと言ったので、ばあちゃんに持っていってもらってもいい?と確認した。
もしかすると、母は、ばあちゃんの形見として取っておきたかったのかもしれないけど、私はどうしてもばあちゃんに天国に持っていって欲しかった。
母は、ばあちゃんすごく気に入ってたから、持っていってもらおうって言ってくれた。
棺の中に小さくおさまっているばあちゃんに、赤い半纏をかけた。
ばあちゃん。
私が天国に行った時にすぐにばあちゃんを見つけられるように、
ちょっと大きい半纏だけど着て待っててね。
それとも自分がちょうどいいサイズに直して着てくれてるかな?
大きくて着れなかったなんて一言も私に言わず、ずっとありがとうねってお礼ばかりを私に伝えて、布団がわりに半纏を使ってくれてありがとうね。
そういう心遣いを受け継ぎたいと思ってるよ。
コロナにかかったのち肩を脱臼して、その後も転んで何箇所も骨折して歩けなくなったにもかかわらず、
痛いって辛いって私に一言も言わず、
私の仕事のことや体のことを気遣ってくれて
どうもありがとう。
ばあちゃんが私やみんなにかけてくれた愛情は、次の世代へ引き継げるよう、ばあちゃんを見習って生きていくよ。
ばあちゃんにはなれないけど、
近づきたいと思ってるよ。
赤い半纏を着ている、ばあちゃんに会いたい。
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