「あのとき私、頑張った」
かぜの帽子さんのメンバーシップにて
9月のお題
「あのとき、私、頑張った」
「逆境にくじけず立ち向かった記憶」
「あのとき逃げなかった私、えらかった」
について自分と向き合ってみます^ ^
私の中に、あまり「頑張った」記憶が残っていません。
ずっと頑張っていないわけではないはずなのですが。
しんどかったことは色々とあるのですが、それを乗り越えたー!という記憶もなく。
自分のこと、ちゃんと見てあげていなかったんですね。
それでも振り返ってみて、思い出したことがありました^ ^
うちは一人っ子なのですが、娘が生まれた時、木造2階建てのアパートの2階に住んでいました。
そこはとても日当たりが良く、角部屋で1LDKの広いとは言えないアパートでした。
我が家の真下の1階には学生さんらしき男の人が住んでいました。
娘が生まれたときお騒がせすると思い、私の母と一緒にご挨拶に伺いました。
あまり愛想のない男の子だなぁと思ったのを覚えています。
私たちの隣の部屋にも娘と同じ年に生まれた男の子がいました。
娘は成長するとともに歩き始めました。(当たり前ですが)
歩き始めの頃は歩くのが楽しくて、家の中でもてくてくと歩いていました。(当たり前ですが)
娘がそうやって歩き始めた頃、どうしても歩く音が響いてしまいました。
しりもちもついていたし。
するとある日、下の部屋から、どんどんと天井をつつくような音がしました。
当時1歳だった娘もその音に反応する位はっきり聞こえる音でした。
昼間でも夜でも娘が歩くと、その音が聞こえました。
どうやら下に住む男の子は、医学部か何かの学生さんだったようです。
きっと娘の足音にイライラしていたのでしょう。
私は申し訳ないと思いつつ恐怖も感じていました。
日中娘と2人でいることが多く(当たり前ですが)それでも土砂降りの日以外は朝早くから公園に出かけ、昼寝をさせてなるべく家の中で歩かないようにしていました。
またフローリングの上に夫がもらってきた畳を敷き詰め、その上に布団を出しっぱなしにして敷き詰め、日中娘が家の中で歩いても、転んでも、下に音が響かないように工夫していました。
それでも下の住人は天井をつつくことをやめてはくれませんでした。
不動産屋さんに間に入ってもらい、下の住人と話し合いの場も持ちました。
不動産屋さんが下の住人に連絡を取ってくれて、私の部屋まで来てくれたのですが、その時の彼の格好はトランクスにTシャツでした。
全く私の目も見てくれず、私も怖い気持ちでお話をしたのですが、コミュニケーションを取れるような感じではありませんでした。
こちらとしてもやれるだけの事はやってますので、申し訳ございませんがよろしくお願いしますと言うことを伝えたのを覚えています。
しかしその住人も住人でやりたい放題でした。夜中にお友達をたくさん呼んでどんちゃん騒ぎをしたり、夜中に酔っていたのか、大音量で音楽をかけ近所中に響き渡って警察の人がかけつけたり。
私も申し訳ないなと思っていたのですが、下の住人の方自身にも少し問題があったようでした。
夫は昼間お仕事で不在だし、夜も帰りが遅かったので、棒でつつかれるような音はあまり聞いたことがありませんでした。
私が話をしても仕事のことで精一杯で、この問題について下の住人と話し合おうとかいう事は全くしてくれませんでした。(もともとそのような性格なのですが)
そうこうしているうちに、下の住人は引っ越していきました。
職場が決まったのか何なのかでしたがとてもほっとしたのを覚えています。
娘との会話が成立していた頃には、「下のお兄ちゃんに聞こえちゃうから」と家の中で走ったりするのを制していました。
家の中で飛んで跳ねて喜びたくても、ものすごく小さなジャンプをしたりしていたのを覚えています。
娘にもとても負担をかけたなぁと今振り返ると思います。
だけどそもそも家の中で騒ぐものでもないから良かったのかな。
そんな赤ちゃん時代を過ごした娘は、ずっと布団の上で過ごしたせいか、足腰が丈夫になり、小学生から中学までずっとリレーの選手でした(笑)。
当時お金があれば引っ越しも検討できたのですが、全く蓄えのない状態で結婚をしていたので、借金だらけで大変な毎日でした。
そうかそれも頑張ったことになるのかな。
下の住人が引っ越して娘が幼稚園の年長さんになる頃、やっと近所にパートに出ることができました。
当時は保育園にお願いするのにも審査が厳しく、自営業の人ぐらいしか保育園に預けることができなかったのを覚えています。
パートに出るために保育園に預ける事は不可能なことでした。
夫も日曜日しか休みがなく、おまけに毎晩何時に帰ってくるかわからなかったので、私が夫の休みの日に仕事をするとか、早朝や夜間に仕事をするという選択肢もありませんでした。
夫の実家も私の実家もとても遠かったので、親に子供を預けることも不可能でした。
いわゆるワンオペの状態でずっと子育てをしてきた状態です。
環境もドキドキするようなところで、おまけに経済的にも厳しく過ごした娘の幼少期でしたが、それなりに楽しく過ごしたことを覚えています。
強風だろうが公園に行けば元気な子供たちに会えたし、娘も走るのが大好きだったので、男の子と一緒に走り回っていました。
隣の部屋の男の子とも一緒に遊んでもらい、我が家の部屋での出来事を相談したりしていたので、いつも隣の部屋の方に遊びにおいでと声をかけてもらって、一緒に遊んでもらっていました。
私もほっとするひとときでした。
子育て中の騒音については本当に難しいですね。
勉強に集中できなかった学生さんには申し訳なかったですが、お互いに工夫すれば何とか乗り越えられたんじゃないかなぁと思ったりしてしまいます。
その学生さんが引っ越した後に入ってきた人とは何も問題はありませんでした。
娘も大きくなっていたからかとは思いますが。
いろいろ勉強させられました。
これでも乗り越えたっていうのかなぁ。
子供は成長しますからね。
子育てで悩んでいても、時は流れていくってことです^ ^
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