私も名前で呼ばれたかった|『言葉にならない気持ち日記』を読んで
私も名前で呼ばれたかった
この世には、名前で呼ばれる人と、苗字で呼ばれる人がいると思う。
あなたはどちらだろう?
私は、圧倒的に後者。特に仕事では苗字呼びがほとんどだ。
理由は単純で、私の苗字があまり他の人と被らないからだと思う。
ふと、昔の同僚を思い出す。
彼女は日本の苗字トップ5に入るような苗字だった。
みんな彼女を名前で呼んでいた。
「苗字被りが発生しやすいから、名前で呼ぶ」その理由は重々承知だけれど、なんだか少し羨ましいなと思っていた。
しかも、「〜〜さん」ではなく「〜〜ちゃん」と呼ぶ人までいた。
〜〜ちゃんって。愛されキャラっぽくないか?
実際その人は、声も見た目も可愛くて、よく笑う人で、確かに「愛されキャラ」にふさわしかった。
「名前で呼ばれたい!」と思っていたわけではないけれど、なんだか羨ましかった。
あの時の気持ちを言語化してくれた本
そんな記憶がよみがえったのは、『言葉にならない気持ち日記』という本を読んだからだ。
本の中に、こんな一節がある。
同じ苗字の友人だけが下の名前で呼ばれている。
別に下の名前で呼ばれたいわけではない。しかし、下の名前で呼ばれるのは、いつだって自分ではないほうである。下の名前で呼ばれる人のほうが、周りから好かれていて、愛されていて、親しまれているような気がして、少しさみしい気持ちになる。いや、少しではなく、かなり。
……まさに、当時の私だ。
しかも著者の場合は、同じ苗字の人が相手。それは、より……切ないな………。私より、切ないな………。
「そう、それ!」と膝を打ちたくなるような表現。
惰性で食べる3食にも、ちゃんと理由がある
本にはこんな“日常の気づき”もある。
おなかはすいていないのに、惰性で3食、食べてしまう。
しかし、この惰性の食事にはメリットもありそうだ。忙しい日々の中で、食事の時間は小さな休憩のようでもある。
たとえおなかがすいていなくても、「食べる」という行為が、作業を中断させ、気持ちをホッとさせてくれる。
ストレスで溢れる1日の中、決まった時間に食事をとることで、生活にリズムが生まれ、体と心のバランスをとるために機能しているとも言える。
この惰性で3食も、なんだか分かるなぁ。
私はリモートワークで働いているので、正直あまりお腹は減らない。
でも、「朝食・昼食・夕食」という時間を挟むことによって、気持ちに切り替えができていると感じる。
食事があることで、きちんと休憩できる。
なので、「食事をしながら仕事をする」と語る同僚に対して、「それじゃぁ休憩にならない!いかんいかん!」と注意までする。
ミーティング続きで昼食の時間が取れないと、なんだか体がより疲れているように感じる。
きっと“惰性の3食”にも、ちゃんと意味があるのだ。
日常の「もやもや」に言葉を与える本
本書では、こうも書かれている。
いままで形のなかった感情に言葉を与えることによって、私たちはようやく「得体の知れない感情」と向き合うことができるようになります。まるで、心の曇った鏡を拭きとって、自分を見つめ直すように。そう、言葉は「心のもやもやを整頓する道具」でもあるのです。
そう、この本は、「ちょっとしたもやもや」がたくさん書かれている。
きっとみんな感じたことがあるような、そんな日常のもやもや。
こんなに服があるのに、着たい服がない。
仲良くなると、すぐファミリー扱いされる。
自分だけお酒を飲めないのに、割り勘になる。
スーパーのレジで、自分の列だけ進みが遅い。
メニューを決めた直後、 隣のテーブルに、よりおいしそうな料理が運ばれてくる。
店に知人がおり、気づかれないように店を後にする。
悩んで買った服が、セールで投げ売りされている。
突然、両親から電話がきてドキドキする。
既読スルーしそうな予感がするので、既読すらつけない。
推しの知名度が上がりすぎてしんどい。
分かりみがすごい。全部noteで記事を書けそう。
なんだかちょっと悔しい。
こういう、「実はみんな気になってるけど、案外アウトプットしていない」日々のあれこれを、私も書きたい。
あなたの“もやもや”も、きっと見つかる
この本を読んでいると、自分の中にしまいっぱなしだった感情まで引っ張り出される。
「これ、私も思ってた」
「なんで誰も言わないんだろう」
そんな気づきがたくさんある。
日常の違和感をそっとすくい上げる本。
note のネタを探している人にも、心の棚卸しをしたい人にもおすすめしたい一冊だ。
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