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NYC🗽貧乏学生がSOHOに住むことになった理由

🌟まいにち Note.com ~ DAY 199🌟Write Everyday ~ Day 199 🙌

🗽ニューヨークでいちばん最初に住んだアパートメントは、
100 Wooster St. (Bet. Price St. & Spring St.) だった。

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そこはSOHOのどまんなかだったから、School of Visual Artsでアートを
学んでいたその頃、"Where do you live?"と聞かれる度に、皆が驚いた。
ここは、人生でいちばん影響を受けたイラストレーターの永沢まことさん(Mako)の知り合い、イタリア人の画家マリオンのロフト。Makoから彼女を紹介してもらい、そんな豪華な場所に住むことになったのだ。もちろん学校帰りに立ち寄れるようなお店はSOHOにはない。笑

マリオンは大家さん landlordとして自分がそのロフトに住みながら、リビング、お風呂、お手洗いをすべてシェアしていた。そのスペースの中に、壁とドアで区切った小さな部屋を3つ作り、それぞれ貸していた。

そのとき、ルームメイトは2人いた。貸すなら日本人がいちばん!綺麗に使ってくれるからね、と言うマリオン。けれども、このとき日本人は自分だけだった。

自分はいちばん奥のアトリエ側、真ん中の部屋には中国人の弁護士のフェン、リビング側にはポーランド人のモデルエルヴァイラが住んでいた。フェンは、アメリカ人のボーイフレンドと遠距離恋愛していて、いつも電話中。しょっちゅう大きな声で喧嘩をしていた。エルヴァイラは、痩せたモデルのプロポーションをみんなに見せたいのか、よく下着姿でロフトの中を歩いていた。ロフトの床は、でこぼこの板張りで、歩く度にミシミシと音を立てる。誰がどこを歩いているか、だいたいわかるくらいほど。

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まだSOHOが安かった頃にロフトを買ったマリオン、画家だった彼女のアトリエには、自画像や、想像の世界を描いた大きなキャンバスがいくつも置いてあった。きっと何年かかけて描いていたに違いない。ロフトの奥にあった彼女のアトリエへ足を運び入れると、いつもあの油絵特有の濃厚なにおいがした。

日本人は几帳面と言うけれど、マリオンの几帳面さは日本人以上だった。丁寧で綺麗な文字で、家の中の決まりごとがいろんなところに貼ってあった。あるとき、使ったお皿をシンクに残したまま洗うのを忘れてしまったことがあった。すると、次の日、冷蔵庫を開けると、「シンクにお皿は残さないように」という綺麗なマリオンの文字と共に、プラスチックバックに入れられたお皿が入っていた。Oh no! 実家よりも厳しさを感じた瞬間であった。笑

毎日タバコもお酒もヘビーなマリオン、お酒をあまり飲み過ぎるとヒステリックになって、怒鳴られたこともあった。"Don’t take it personally!”と言われ、そのとき初めて、そんな言い方をそんなときにするのか〜とちょっと傷つきながら、表現を学んだのを思い出した。「個人的にとらないでね」と言ったニュアンスだ。なるほど。マリオンは落ち着いたブルーが好きで、ロフトの壁や床、本棚も青かった。今思えば、彼女の熱いPassionを抑えるには、ブルーに囲まれる必要があったのかもしれない。

マリオンは大の日本好きだったから、藍染の着物のファブリックや、食器など、至るところにJAPANが見えた。飛び出してきた日本の魅力を遠く離れたニューヨークで身近に感じるのは、不思議な感覚だった。

〜 つづく 〜

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Mihoko Love🦋

(Note to self: This is my draft and that's okay 😋 本気の下書きでいいのだ。まる。)
(60 mins)


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