誰のために働くのか——「証券会社の壁」の向こう側にあるもの
先日、とある証券会社と打ち合わせをしました。
そこで改めて突きつけられたのは証券会社の体質。
業界に身を置いて20年近く。時が流れても、テクノロジーが進歩しても、ここだけは今も変わらず突破口がないのだな……と、思わず諦めのため息が出ました。
相続を仕事にしていると、関連業の方々から金融機関に対する不満をよく耳にします。「法律ではこう解釈できるのに、現場は融通が利かない」「なぜ柔軟に対応してくれないのか」と。
しかし、そんな声を聞くたび、私の心の中にはある思いが過ります。
「金融の秩序は動かせない」
法律論を語る方々と、金融の現場で資産を守る人間。
その「視界」の決定的な違い。
かつて私が保険業界で成績を上げ、少しばかり自信過剰になっていた頃、尊敬する証券業の先輩から釘を刺されるように言われた一言でした。
「お前は、お客様、自分、会社のどれのために働いているんだ?」
勢いに乗っていた私は、即座に「お客様のためです」と答えようとしました。しかし、先輩の言葉は私の想像を超える、冷徹でいて真理を突いたものでした。
「お客様が一人いなくなっても、他のお客様は守られる。自分も一瞬は困るかもしれないが、生活がなくなるわけではない。自分一人がいなくなっても、組織である以上、会社もお客様も困ることはない。それは当たり前のことだ」
「しかし、会社という『器』がなくなったらどうなるか。その瞬間に、すべてのお客様を守る術(すべ)も、自分が働く場所も、同時に失われる。だから、会社のために働くんだ」
この言葉は、個人のわがままや一時の感情、あるいは目先の「数字」よりも、組織としての継続性(サステナビリティ)を最優先するという、金融マンとしての究極の覚悟でした。
現在、私は相続実務の現場に立ち、証券会社のコンプライアンスの壁に「なんでよ!」と叫びたくなる瞬間に多々直面します。
「ルールより、目の前のお客様を見て。なんとかしてほしいなあ……」
専門家として、そう願わずにはいられない瞬間も、正直に言えば少なくありません。
しかし、その頑ななまでの「融通の利かなさ」の根底には、あの日先輩が語った「会社(=インフラ)を潰さないことで、預かっているすべてのお客様の資産を守り抜く」という、徹底したリスク管理の思想が流れています。
個人の情に流されて一度でもルールを曲げれば、それは組織の綻び(ほころび)となり、結果として他のお客様全員をリスクに晒すことになりかねません。
証券会社が「保守的」であること。それは、一見すると不自由で冷たいものに見えるかもしれません。昨日の打ち合わせで感じたあの突破口のなさは、裏を返せば、一分の隙も許さない「守りの堅牢さ」そのものでした。
その鉄の規律こそが、何十年、何百年にわたってお客様の資産を次世代へ繋ぐための、最も誠実な回答なのだと、今なら強く確信しています。
