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【おさんぽスケッチ】高麗橋☆東海道五十七次の終点

東海道の起点が日本橋であることは大変有名かと思います。
では終点は?

私がパッと思いつくのは京都の三条大橋です。

ですが広く知られている東海道五十三次には続きがあり、4つ足して大阪まで至る東海道五十七次が存在します。

私もこの辺り、ぼんやりとしか把握していませんでした。

まとめるとー
東海道五十三次=日本橋ー三条大橋(京都)
東海道五十七次=日本橋ー🔴🔴橋(大阪)

🔴🔴橋、とは?
行ってみましょう🐾

最寄り駅は地下鉄堺筋線・京阪本線の北浜駅です。

上の写真では右の大通りが土佐堀通で、その先に北浜駅があります。
今回は左の今橋を渡ります。

すると見えました。
東海道五十七次の終点が!

え、と。。分かりづらいですが
一番手前の欄干は今橋。
その向こうは水門。

さらにその向こうに見えている橋がそれです!

高麗橋こうらいばし


はい、こちら高麗橋が東海道五十七次の終点です👏
日本橋同様、高速の下にあって全容の写真が撮れません。



街灯や欄干が歴史を感じさせますね


橋からの眺め


私の絵はこちら側から描いたもの




高麗橋について、詳細は大阪市のサイトが分かりやすいです。

高麗橋は大坂城の西惣構堀である東横堀川に架橋されている橋で大坂にあった12の公儀橋のひとつである。

 かつて東海道は江戸の日本橋を基点とし、京の三条大橋を終点とする五十三次であったが、江戸時代に入り新たに街道が整備され、大津宿(五十三次)を出て京市街地に入ることなく南下する東海道五十七次が整備され、伏見宿(五十四次)、淀宿(五十五次)、枚方宿(五十六次)、守口宿(五十七次)を経て終点は高麗橋であった。
 これは参勤交代で西国大名が京に入り朝廷や公卿との接触を防ぐためとの説もある。

 東海道の基点であったこともあり、明治時代に入ると高麗橋に里程元標が設置され、西日本主要道路の距離計算はここを基点に行われた。

 現在の橋は昭和4年(1929年)に鉄筋コンクリート製のアーチ橋に架け替えとなった。

「大阪市ホームページ」より


大阪城まで1キロ

近隣を少しお散歩してみます🐾

川沿いの遊歩道
正面が高麗橋


向こう側の手すりをガムテで固定している??


橋の下に毛玉!
大量のかざぐるま? も気になります😆


この辺りはビジネス街です。



おしゃれビルも点在


ポップなアートも

そんな北浜駅がこちら!

地下鉄の駅の端っこの方に行くと寂れていくパターン!😂

超ざっくりmapはこんな感じ➡

ほんとにざっくりです。

<3月15日の歩数:7932歩>


と、こんな感じで日々のお散歩を記録していけたらなあと。。
大阪の素敵スポットもご紹介したいな♪

ですが今回の記事が思っていたより書くのに時間がかかったので、この先どうなる!?
しかも今日のお散歩は大阪ではなく京都です🏯

自分でも先が見通せませんが、また様子を見に来ていただけたら嬉しいです⭐


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