見出し画像

44歳自然妊娠、初産

入籍が43歳で。子供はいるの?と聞かれた時には、「いませんが欲しいと思ってます」と笑って答えていました。
ほぼ同時期に結婚した義妹が先に妊娠して、
親戚の集まりは居心地がわるかったです。

43歳で自然妊娠、44歳2か月の時に無痛分娩で第1子を出産しました。
羊水検査も行って、標準体重の健康な娘を出産しました。不妊治療は未経験です。

41歳のときにした事

・AMH(抗ミュラー管ホルモン)の検査(結果0.26ng/ml:年齢的な平均値が1ng/mlの為かなり少ない)
・卵管造影検査2回
・妊娠2年前なので妊娠に関連があるかは不明ですが、半年間の漢方薬服用と基礎体温チェック

その他にしたことを挙げるとすれば
・体重を6キロ増やした
・滋養に富んだ食事を続けた(鶏や牛の骨のスープ等)
・義理実家から犬を計2週間程預かった(夫婦二人暮らしだった家に"生き物の世話をする"というルーティンが加わった。赤ちゃんや動物との触れ合い期間後に妊娠したという例をいくつか見た事があったので、良い影響があったのかも?という私個人の考えです)
・妊娠3か月前に、特に妊娠祈願目的ではなかったけれど伊勢神宮を参拝しました。

私の気持ち

高齢出産についての情報収集をすると、大抵第2子の話であったり、不妊治療による妊娠の例が多かった為、
初産で不妊治療なしの私の出産経験をシェアする事で、誰かの思い込みをはずしたり、希望となれば良いなと思いました。
いま、もし誰にも言わずに治療に通って、
サプリメントや漢方薬の服薬スケジュールに追われて、
基礎体温を整えることが目的みたいになってしまっている人がいたら、
わたしたちが待っているのは妊娠陽性判定の縦線ではなく、へその緒の付いた暖かいわたしたちの赤ちゃんを胸に抱く瞬間であって、
その胸に詰まる幸せな瞬間を思い浮かべる時間を持ってほしいと思います。
未来の事なのに、なぜか思い出すような感覚になりませんか?
不要な情報に捕まるより、本来わたしたちが持っている繁殖という能力を信じて、
例えば目を向けていなかった自身の疲労を見つけて回復させることなど、自身を労わるきっかけにしてもらえたら嬉しいです。

私は、女性が子供を授かるためにしている事は"妊活"という二文字でくくられるようなものではないと思っていますが、代わりになる適切な言葉が見つからないので使っています。
世間で妊活中と呼ばれる期間というのは、本来神秘的な体験をしている最中だと思っていて、
まだ会えていないけれど確実に存在しているわたしたちの子供からの囁きに耳を澄ましたり、
母として言語ではないもので子供へ呼びかけ続けるような、本来素晴らしい時間になるはずのものではないでしょうか。

手渡されてもどうしたらよいかわからない初対面


不妊治療をしなかった理由

私は当時充分な貯えが無く、不妊治療は選択肢にありませんでした。
夫の貯えを使えば治療は可能でしたが、もし妊娠に至らなかった場合は夫の家族の手前(夫は韓国人で、お国柄か治療すれば情報筒抜けです)、精神的負担を感じることになると思ったし、不妊治療事態ににビジネス的な不信感を抱いてもいました。
後になって「すればよかった」と悔やむ可能性があるか?とはじっくり考えましたが、
動植物などに愛情を注げるので、子供がいないことが、何かが足りないことのようには思わない、大丈夫だと確信を持てて、しない事に決めました。


夫となる人にに出会った時、私は既に38歳

妊娠できるのだろうか?と、まずはAMH(抗ミュラー管ホルモン)の検査を受けました。
結果、0.26ng/mlという値でした。
0.5ng/mg以下だと卵子の残存量は"ものすごく低い"とされます。
実際、産後の生理は10回程で閉経を迎えました。
勿論すぐに体外受精を薦められました。
そして身に覚えのないクラミジアの抗体検査が陽性と表記されていて固まりました。
夫に出会うはるか昔に知らずに感染して、知らずに治癒していたものです。
恥を忍んで夫に検査を依頼したところ、夫は陰性で、その気まづいこと…。もうこのあたりからは感情は制止して、流れ作業です。
これが原因で卵管が癒着して、卵巣から卵が降りてこれない事があると読んで顔面蒼白。すぐに卵管に水溶性造影剤を通する検査をしたのですが痛くて、両側詰まっていると言われました。
ここでも勿論、即人工受精を薦められました。
でも後日別の病院にて全身麻酔で、油性造影剤を使用して再度検査したところ、両側通って、それから2年後に妊娠しました。

驚きの低さ。卵子が残りわずか。


漢方薬のこと、使った金額など


その頃住んでいた家の最寄り駅前にあった、"不妊相談"と書かれた大きなバナーにつられて、小さな漢方薬局に初めて入りました。
当時国際遠距離恋愛中で、入籍日も決まっていなかったですが、年齢が年齢なので、妊娠できるのであればすぐにしたいと思っていました。
漢方薬の先生は年配の方なのにとても女性らしくて穏やかで、小柄で、静かな柔らかい声をされていて、肌も綺麗で、その姿が漢方薬の効果を体現されていたので、信頼してお願いしました。
漢方薬には半年で13万円くらいかけました。
身体の状態が良ければこんなにかけなくてもよいでしょうし、予算がなければ種類を減らすこともできました。
初めて基礎体温表をつけたり、卵管の検査(ここで薦められなければしていなかった→しなければ自然妊娠できなかったと思います)、
体重を増やす事(これも2番目に効果があったと思ってます)を薦められたので、
自分からなかなか行動できない方や、何から始めればいいのかかよくわからない方が相談に行かれるのは良いと思います。
けれど漢方薬は体質に合わない場合もあるし、高額なので、購入を薦めるわけではなく、ただ私が経験したことのひとつとして書かせていただきました。
妊活は孤独なので、一緒に考えたり話したり計画したりしてくれる人がいるのは良かったです。
自分の基礎体温表を真剣に見てくれる人なんて他にはいませんでしたから。

漢方薬は、妊活で代表的なものを中心に服用しましたが、終盤は苦い練り団子みたいなものを齧って食べなければいけなくて、
もともと漢方薬の匂いや味に抵抗がなかったのですが、それでもきつかったです。
何か月か続けなければ効果がわからないので、はじめるには気力とお金が必要だし、やめ時を決めるもの難しかったです。
果たして本当に効果があるのかは疑いだしたらキリがないし、確かめる方法もなければ、人によって何が効くかが違うので、信用できる方から買うべきだと思います。

服用を始めて半年後、韓国へ引っ越すことになり購入をやめました。
その期間に妊娠検査薬でフライング検査(妊娠検査薬を一体何本買ったことか…)をして2度陽性が出ました。
一度目は3日遅れの生理になりました。
それでもちゃんと排卵されたものが受精できたとわかって良かったです。
2度目は10日遅れの生理になったのですが、その際国をまたいだ引っ越しの直前で、処置が必要な子宮外妊娠などだと大変なので、
どこに胎嚢があるのか確認する為に2度も病院で超音波検査をしたけれど見つからず、検査費用に2万円もかかりました。
何もしなければただの遅れた生理だったのですが。


適性体重になる


身長154cmの私は、人生で44キロ以上太った事は無く、通常39〜42キロくらいの体重でしたが、
漢方薬局で太ることを薦められてから49キロまで増やしました。
過去の写真を見返すと、太る前までは皮膚が乾燥して透明感が無く、栄養が足りていないようにみえます。
痩せ型は太るのが難しいです。
40をこえて年齢的に太りやすくなったの、ジムへ行くのをやめて、韓国に移住して食べ物が口に合ったのかもしれません。
豚鶏牛の骨ごと使う料理が多く、ニンニク、なつめ等も沢山食べるようになりました。


完全な休養


初めて専業主婦になり時間的な余裕もできました。
語学学校を辞めてから三か月間、家事以外は何もせず、日に11時間寝て過ごしている時に妊娠しました。
日中話す人もいなく、本も読まず、外出もほとんどせず、です。
身体が自身の生命・健康維持にフル稼働していては、妊娠できる余裕はないわけで、身体を休めて妊娠できるだけの余裕を作りだす為には、
スマートフォンやパソコン、本等を見て目を酷使する事や、人と話をする事も控え、
養生するつもりで、寝たきりのような状態で休む事が良いとどこかで読んだことがあります。
声を発するだけでものもエネルギーを使うんですよね。
完全に寝たきりでは体内の血や水の循環も悪くなりそうなので、入浴はよくしていましたが、運動はしていませんでした。
私は現在は移動中、運動中、家事をする時も常にポッドキャストを聞いていたいし、読書も、好きな配信者のyoutubeも大好きなので、
この時期によくこんなに何もしないでいられたなと不思議に思います。
結果、長年つもり積もった慢性疲労が回復し、
はじめて体内で胎児の育成が可能な栄養、体力気力と余裕が生じたのではないかと思います。


動物の世話

ペットを預かったり、親戚や友人が赤ちゃんを産んで世話を手伝ったら妊娠したという話をよく見かけました。
私は“子供が親を選んでやってくる“という説には全く賛同しませんが(私がどれだけ崇高な魂を持っていたとしても、生後すぐ家を出た実母と、陰湿に私をいじめ続けた継母、絶対に選んでいない)
植物が適した場所に芽吹くように、
なんとなく土台が整うような効果があるのかもしれないと思えます。
自分の赤ちゃんを抱くときのようなホルモン状態になって身体に良いのでしょうか。
私は義母宅のマルチーズを2週間程、数回自宅で預かったのですが、一緒に寝ないとクウクウと声を出し続けるし、一緒に寝れば押しつぶしそうで気になりろくに寝られないし、
おしっこを失敗して夜中に床掃除させられたり、
散歩に使うリードを出すと駆け回って喜び、制御不能になっておしっこを漏らすしで、幼児にそっくりでした。
義母の犬なので怪我でもさせたら大変だと気を張りながらの散歩でした。
外に出るとすぐにウンチをするので、毎回それを持ち続けて歩く羽目になりました。
真っ白な犬なのに、他の犬のおしっこ跡を見つけるとそれを体に擦り付け、ミミズの死骸を見つけた時には興奮して転がりまくって全身に擦り付け、
すぐ真っ黒になってしまいました。
それでも嬉しそうにこちらを振り向く顔が見たくて毎日散歩へ出かけました。
長らく自分第一だった私がお世話する喜びに目覚めました。
飼い犬も幼児も私が連れ出さなければずっと家の中で、こちらが与えたものを食べるしかないという、私が他の命の主導権を持つという状態で、
出来る限りの喜びや楽しみを与えてあげたい、そしてそれを見るのが至福という状態を心が味わった経験でした。

散歩へ連れて行けぃ

神頼み

初めて伊勢神宮へ行って2か月後に受精したので、書きますが、薦めるわけではありません。記録です。
幼少期は近所の神社が遊び場だったので、神社に馴染みは深い方ですが、お金を払って御祈祷したことはなく、参拝方法も直前にネットで調べないとすぐ忘れるいい加減さです。
過去に出雲大社と、三峯神社へ行ったことがあり、
機会があれば伊勢神宮には行きたいと思っていて、韓国から一人で行きました。
当日小銭の用意を忘れ、お守りなんかを購入しながらお札を崩し、お賽銭の金額は10円から500円までもうバラバラで、服装もカジュアルで、今思えばどうしようもない適当さでした。
月読宮、月夜見宮にも行きました。
五十鈴川は美しかったです。
その日は、境内に居ると、生きているうちにも神様の居る場所に来られるんだなあという気持ちになりました。
子授けにご利益があるといわれる子安神社にはほとんど人がいなくて、穏やかでした。
陽だまりがあり、ゆっくり静かに歩かれる年配の方がパラパラと通り過ぎるような感じで。
私が参拝したのは2019年2月でしたが、その後GOOGLEマップのレビューには妊娠した方の書き込みが増えていました。因みに私は書いていません。

ベリーダンス

何年も子供ができなかたった知人2人が、ベリーダンスのレッスンを受けて妊娠しました。ひとりは一度体験レッスンに行っただけだそうです。
私も過去に1年程習っていたことがありました。
骨盤まわりの血流が良くなるし、女性性が目覚めるのかもしれません。
普段スカートも履けない私が「鏡に向かって女神のポーズをしろ」と言われるのはかなりきつかったですが、中東の音楽は非日常感たっぷりで大好きでした。


恨みを手放すこと


友人と彼女の妹は父親の存在に苦労していたのですが、お父様が逝去されてすぐ、どちらも30代後半に子供ができたので、肩の荷が降りた事で妊娠できたのかも、と話してくれました。
私も長年恨んでいた継母が亡くなり、その前後に一度、なぜか彼女の苦しみが癒えるように祈った瞬間があり、赦そうと決めた事がありました(育児をしていると色々思い出す事が多く、激しい怒りが湧く事もありましたが)。
後にインターネット上で同じような事を書かれている方がいるのを知りました。
妊娠に関連が無くとも、憎しみのような感情は自分を内側から蝕み、私たちの生命力を削ぐので、
相手の為ではなく自分の為に手放す努力が必要だと思います。

今までネガティブな感情が巣くっていたスペースを掃き清めて、いらないものは葬って、
暖かい色の胎児の為のお部屋を作って、
柔らかい光のランプを灯して、
ふわふわの寝床を用意するというイメージを持つのはどうですか。

もやもやする記憶を何度も引っ張り出す代わりに今の自分の感情に向き合い、不安や惨めさが湧き出たらそれに向き合い、癒し、葬ってやればよいと思います。
生命を産み出すエネルギーが必要なのですから、
そんなものを持ち続ける事にエネルギーを使うのは勿体ないです。

最後に、「母親になる準備ができていないから、母性が足りないから子供が来ないのでは、過去の不摂生や栄養不足が原因では」と考えてしまう方に向けて、

私は、そんなことは全く関係がないと思っている、ということを書きます。

産後、鬱や更年期障害になり、思い描いていた理想の育児はできず、子供の前で夫に対して怒鳴り散らすような日々でした。

搾乳すると気分が悪くなり、(不快性射乳反射)
もとから苦手だった子供のぐずり声、泣き声は、
当時聞くと眩暈や吐き気がして本当に辛くて、
疲れ切って、休むためにはもう死ぬしか方法がない、と思っていました。

ドキュメンタリー番組で、
空腹で子供に餌を与えてやれないライオンが、子供を舐めてやっている映像を見たのですが、
あのような母性は全く私の中にはありませんでした。

私は若い頃から10年以上喫煙していて、
幼い頃から継母に嫌われ、カビの生えたパンやインスタントラーメンを洗っていない食器で与えられるようなひどい生活で、
小学校給食がなければ生きていられなかった程でした。
給食が無くなった中学校3年間ではやせ細り目が落ちくぼんで、男子生徒に骸骨と呼ばれた事がありました。

高校生になって始めたアルバイトの収入で、ファーストフードやコンビニで食べ物を買うようになりましたが、
長年の栄養不足の末に添加物だらけの食事ばかりしていた為、常識(今までの)的に考えれば卵子は年齢以上に劣化していたはずです。
生理周期は規則的でしたが生理痛は酷く、鎮痛剤は手放せませんでした。
腎盂腎炎を繰り返し抗生物質も大量に摂取しました。
30歳手前でヨガに出会って健康に関心を持つようになりましたが、今でも時々カップラーメンもハンバーガーも食べます。

めちゃくちゃな環境の貯蔵庫(母である私の身体)の中で、在庫が完全に尽きる手前だったというのに、
強く健やかに生き続けていた、「娘に成った卵子」の生命力を思うと、
卵子は私の一部というより、先祖代々のものであり娘のもので、
私自身には干渉できないものであったように感じます。
実際妊娠も流産も不妊も正確なメカニズムは未だに不明なので、
わたしたち女性に罪悪感を持たせるような情報や風潮は明らかにおかしいと思っています。
もし不妊に原因や責任があるとすれば、先祖も含めた全人類の問題ではないのですか?

妊娠検査薬で陽性を確認してすぐ鉄分のサプリメント摂取を開始しましたが、10週目まで病院に検査に行きませんでした。
43歳の流産率は50%、うち85パーセントが12週目までと言われています。
おめでとうございますと言われるには早いし、
なんとなく自分と胎児だけの時間にしたかったんです。
その後羊水検査もしましたから、中期までは常に不安がありました。

5ヶ月

ほぼ計画どおりの日に破水、出産しました。

43歳での自然妊娠率は1周期1%といわれています。けれどひとりひとり人間は全て違って、指紋さえも同じものはないので、それが皆に当てはまるとは限らないと思います。
勿論フィールドが地球である以上、生物としてのサイクルには逆らえないですけれども。


🪻あなたの事が知りたいです🪻

はじめて書いたので、読んでくれたあなたが、最近どんなことを考えたり感じたりしている人なのか知りたいです。

私は関東出身、結婚後8年間韓国に住み、冬の終わりに北海道に越してきて、現在はエルサベスコフの絵のような景色の中で娘と暮らしています。

海と温暖な気候、ヨガをしている人や美しい建築物、美味しい珈琲や新鮮な食べ物、動植物が好きです。

なにか聞かせてくれたら嬉しいです🧡



#高齢妊活
#高齢出産
#自然妊娠
#AMH低い
#はじめてのnote


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集