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【小説】願終不破、願人集於湊【四神パロ】

※全てが捏造

   かつてこの国は混沌に満ちていた。妖魔が溢れ、人々は飢えで困窮していた。陽は昇らず雨は降らず、乾き果てた地で死を待つ人々は神に祈りを捧げた。どうか私たちをお守りください。春には花を、夏には陽を、秋には実りを、冬には雪を。

    その祈りが形となり四柱の神々が地上に降り立つことが約束された。これが人と神の契りである。

    人に混ざりこの地で生きてゆく神々を、ある時から「四神」と呼ぶようになる。



 玄武宮の朝は早い。民の声を聞くために街へ出るわけでもなく、特別な祭儀があるわけでもない。なんてことはない、ただの平凡な一日のはずだが。毎日僕は日が昇る頃に目を覚ましている。いや、無理やり起こされているというのが正しいのだが。

 今日は腹の上に衝撃を感じて目を覚ました。あまりにも容赦がなく、内蔵が潰れるかと思った。もしも僕がただの人間だったら骨は折れていただろう。それほどの衝撃を遠慮なく与えてくるのは、玄武宮には一柱しかいない。

「と、刀也……おはよう……」

「はる! おきた!」

「起こされたんだよ……」

 起きてすぐは頭が働かないけれど、小さな手でペチペチ顔を叩かれると無理やり覚醒させられてしまう。それでもまだ眠たくて枕に顔を埋めるが、元気一杯の塊が思い切り抱きついてくる。うう、重たいよぉ。

「はる、おねぼうさん?」

「刀也が早起きなの。長尾と弦月は?」

「さっきねぇ、おきがえしてくれた」

「そっかぁ」

 これはどう考えてもあいつらの陰謀だな。自分だけだとダラダラしがちなのを見越して僕の部屋に行かせたんだ。なんだかんだと言って僕に甘いあの二人はここまで出来ないが、まだ幼体の刀也であれば好き勝手できる。考えたな、あいつら。

 頭の中で今日の予定を考える。朝は刀也の剣術指南、午後からは座学かな。妖魔が出なければ平和な一日のはずだ。しょうがない、そろそろ起きるか。いつまでも布団に潜り込んでいたいが、そうすると刀也の機嫌が悪くなってしまう。

「起きるかぁ」

「おそいよぉ」

「結構早くなったよ、これでも」

 相変わらず腹の上に乗っていた刀也を抱き上げる。小さい体は幼体特有の熱を帯びていて春の陽気みたいだ。ふわりと花の香りがした。癖のないサラサラの髪を撫でると、嬉しそうに笑い声を上げた。

 随分と大きくなったなぁ。

「おはよう、はる」

「おはよう刀也」

 新緑色の瞳がキラキラと輝く。抱きしめたまま寝台を降りて、着替えるために部屋を後にした。


 僕より早起きで着替えも先に終えることが常の刀也だけど、食事は必ず一緒がいいと言う。本来であれば食事を必要としない体ではあるが、人間を理解するためという理由で決まった時間に食事をするようにしていた。刀也が生まれてすぐの頃はまだ歯がなかったので、弦月に頼んで米や野菜を柔らかく煮込んでもらい、それを匙で少しずつ食べさせていた。成長した今では流石に一人で食べられるけれど、やはり何百年と続けていた習慣はそう簡単になくなったりはしない。どんなに僕が寝坊しても、どんなに刀也が眠たくても、必ず同じ食卓についていた。

 生まれもっての性格か、僕が寝ていても食事の時間になったら問答無用で起こしてくるけれど。

「今日はねぇ、おかゆだって」

「いいねぇ。ザーサイがあったらいいな」

「はる、ざーさいすき?」

「結構好きかも」

 弦月が作るお粥は貝柱で出汁を取っていて、毎回具材が違う。寒い日は生姜の千切りがたっぷり入れられているし、刀也が風邪を引きかけた時はネギがふんだんに使われていた。僕が遅くまで仕事をした次の日は、労いのためか好物であるザーサイを添えてくれることもある。お腹すいたねぇ、とのんびり話しながら食堂に繋がる廊下を二人で歩く。

 昔からの癖で手を繋ぐと僕より高い体温で体が温まってくる。一緒に寝ていた時はこの温もりに助けられたものだ。刀也が青龍として正式に認められたのはほんの数十年前のこと。それまで、この世界は極寒の冬だった。天帝が人々の願いを聞き入れ、四神をこの地に生み出したはいいけれど、目覚めるまでにかなりの差が生まれてしまった。まあ単純に神というのは気ままなもので、人の理から大きく外れている。だから天帝にとっては誤差みたいなものかもしれないが、地上でたった一人生まれ落ちた僕は随分と困惑したものだ。

 本来であれば四柱で行うことを全て一人でこなした。

 妖魔から民を守るために、多くの術式を学び続けた。

 親を亡くし、彷徨っていた長尾と弦月を側近として飛昇させた頃、ようやく青龍を宿した仙桃が熱を持ち始めた。

 その時の嬉しさたるや。三人で霊泉の辺りで抱き合ったことを今でも昨日のように覚えている。

 それからまた数百年が経った。霊泉に浸し続けている残り二つの仙桃はどうしているだろうか。毎朝、食事の前に様子を見にいくことが僕と刀也の日課になっていた。

「すざくとびゃっこ、まだおねむ?」

「うーん、どうだろうね」

 玄武宮の奥にある霊泉は、僕の霊力が注ぎ込まれている。人であれば触れるだけで万病が癒せるほどの力があり、僕たち神も妖魔退治で傷ついた体はここに浸かればすぐに治っていく。そこには二つの籠がプカリと浮かんでいた。それぞれ朱雀と白虎の仙桃が入れられている。四神がどんなペースで目覚めるかはわからないが、どうやら霊力の高さに応じているらしい。

 生まれつき霊力を多くもっていた僕が最初に目覚め、次に目覚めた刀也も十分過ぎるほどだ。朱雀と白虎、果たしてどちらが霊力を多く保有しているかはわからないが、この様子だと霊力よりも武力の方が強いかもしれない。

「ねーはる、こっちぽかぽかしてるよ」

「えっ?」

 仙桃の様子を見ていた刀也が、弾けるような声を上げた。思わず僕も驚いて大きな声が出てしまった。

 仙桃が熱を帯びている。つまり、目覚めが近いということだ。刀也の時は温かくなってから十日ほどで目覚めた。急いで刀也のそばに駆け寄る。彼が居たのは、紅で染められた籠の方だった。

「本当だ、温かい。もうすぐ目を覚ますんだね、朱雀」

「すざく、おはようする?」

「あと少しでね。さて、これから忙しくなるぞ」

「んぇ?」

 ポカンとした顔をする刀也を抱きあげ、長尾と弦月の待つ食堂へと急いだ。


 *


 朝食のお粥を食べながら、長尾と弦月に仙桃のことを伝える。長らく待ち望んでいた三柱目の四神が目覚める。その事実に二人は大いに喜んだ。

「じゃあ僕、朱雀様のために服をあつらえるね」

「朱雀様の部屋を用意しないとな。晴の隣でいいか?」

「うん、ありがとう二人とも。これからまた忙しくなるけどよろしくね」

 頼もしい側近は「任せて」と笑ってくれた。そんな僕たちの様子を見て、刀也も「とやは? とや、なにしたらいい?」と袖を引っ張ってくる。その気持ちは大変ありがたいが、まだまだ幼い部類に入るため何かを任せるというのは難しい。しかし何もさせないと拗ねてしまうのは目に見えている。

 少し考えた後、刀也の口についていたお粥を取りながら話しかけた。

「刀也は僕のお手伝いをしてもらおうかな」

「する! とや、はるのおてつだいするよ!」

「ありがとう。助かるなぁ」

 そうやって褒めると、見るからに嬉しそうな顔で鼻を鳴らした。ついでに尻尾がぽんと飛び出してきた。あーあ、また出てる。感情が大きく動くと尻尾が出ちゃうのはまだ治らないか。最近は随分と人型をとることに慣れてきたと思ったのに。

 でもそれを指摘したら恥ずかしがって逃げてしまう。今は気づかないフリをしてあげよう。

「ねぇ、晴くん。刀也く……青龍様に手伝うことってなに?」

 お茶を注ぐようにしながら、弦月がこっそりと耳打ちをしてきた。刀也に聞こえないように声をひそめる。幸いなことに刀也は長尾と揚げパンの取り合いに夢中だ。こちらの会話には気づかないだろう。

「簡単だよ。今までとあまりかわらない」

「でもそれじゃあ気づくんじゃない?」

「かもね。でもいいんだ。朝起こしてくれて、時々一緒に寝てくれて。こうやって食事の時間になったら呼びに来てくれるだけで僕は随分と助かっている」

「まあ確かに。青龍様が目覚めるまでは僕と景くんが引きずらないと部屋から出てこなかったもんね」

「それは……うん、すみません」

 僕一人で全ての実務を行なっていた頃、神であるのをいいことにかなりの無茶をしていた。確かに睡眠も食事も必要はない。とはいえ、霊力は少しずつ枯れていく。そこは人と同じで、休息をしなくては回復はしない。でも僕は、どうにかして早く残りの三柱に目覚めてもらいたかった。だから多くの文献を読み漁り、妖魔を退治する傍ら霊力の多くを霊泉に注ぎ込んでいた。

 それが行きすぎて倒れることも多くあり、その度長尾と弦月に怒られていたのは記憶に新しい。刀也が目覚めてからは流石にそんな無茶もなくなったが、長尾と弦月、特に僕の世話係に近い弦月は心配しているんだろう。

「今は刀也もいるし。無理はしないよ」

「僕たちの前でも無理はしないで欲しいんだけど」

「お前たちには甘えちゃうんだよ」

「全く……うまいこと言っちゃって」

 刀也は、いつかこの玄武宮から居なくなる。東の地に自分の宮殿を建て、そこに住むことになる。多くの信徒に祀られる神としてその土地とたみを慈しみ、育むことになる。だから僕は、四神とはなんたるか、神とはなんたるかを教え込まなければいけない。今はまだ僕の庇護にいるが、養い子ではなく同僚であることは間違いない。

 でも飛昇する前からずっと僕の隣にいてくれる二人は、どこか家族のような感覚を覚えていた。だから、と言い訳をするつもりはないが、どうしても二人の前だと甘えが出てしまう。そんなことを弦月に伝えると、耳まで真っ赤にして「もういいよ!」と言い始めた。変なの、本当のことなのに。

「ほら、食べ終わったら仙桃の様子を見てきなよ! 景くんも、いつまで青龍様と遊んでるの!」

「いやぁ、遊んでねぇって! 弦月の揚げパンは俺が食う!」

「とやも! とやも食べたい!」

「景、刀也! 半分こしなさい!」

「はぁーい……」

 僕に叱られてようやく二人とも大人しくなる。やれやれ、今日も忙しくなりそうだ。


 予定していた剣術指南は長尾に任せることにして、僕は仙桃の様子を見るため霊泉を訪れた。朝確認した通り、昨日まではひんやりとして仙桃が今はじんわりと熱を帯びている。朱雀は南を司る、烈火の鳥だ。属性的に僕の霊力は相性が悪いかもしれない。少しでも温度が高い方がいいかもしれないが、水の属性をもつ僕の霊力は強くなれば強くなるほど冷気を帯びてしまう。刀也は木々や植物を司るため、僕との相性はそこまで悪くはなかった。

 しかし朱雀は僕と方角も真逆、属性も真逆だ。ここから目覚めるまではしばらく時間がかかるかもしれない。そうなったらさっきまで大喜びしていた三人を待たせることになる。できる限りうまく霊力を与えられたらいいけれど。

 何かいい方法はないか。せめて少しでも熱を与えられるようないい方法が。

「僕より刀也の方が相性いいのか……? でもあの子に霊力をあまり使わせたくないし……」

 どうしたものか、と霊泉に手を浸す。せめて僕の体温で温かくなってくれたらいい。仙桃を優しく包み、何度も撫でる。気のせいかもしれないが、ちょっとだけ仙桃の表面が熱を帯びていくような気がした。

「君はどんな子かな、朱雀」

 烈火の鳥は、情熱的な子なんだろうか。それとも自由気ままに空を駆け抜ける子なんだろうか。早く君に会いたいよ、朱雀。

「そうだ、諱を考えないと。目を覚ますまでには決めてあげたいな」

 僕たち四神は、人間と同じように姓と諱がある。玄武や青龍は号であり、民は畏敬をもってそちらで呼ぶことになる。僕の名前は天帝に決めてもらい、姓は甲斐田、諱は晴だ。字は呼ばれることがないため必要になったら考えようと思っているが、いまだにその場面に立ち会ったことがない。長尾と弦月、そして刀也の諱は僕が考えた。刀也がまだ幼いときは長尾も弦月も諱で呼んでいたが、最近は憚られると思ったのか号で呼んでいる。とはいえ、僕のことは相変わらず諱で呼んでいるのは、僕と同じで家族みたいな感覚だからだろう。

 さて、この子はどんな名前にしようかな。

 多くの人に愛される子になって欲しい。ここと違い、南はきっと多くの人が集まるだろう。そうやって、この子もたくさんの人に囲まれるようになって欲しい。また、霊力よりも武力の方が勝るであろうこの子が戦いの中で敗れることがないように。傷つくことがないように。自由に、伸びやかに生きていけるように。

 この願いに相応しい名前は。うん、きっとこれだ。

「湊……君の名前は、湊だよ」

 水と船、そして人が集まり活気に満ちた場所である「湊」と諱にしよう。まだ姿も見たことがないけれど、きっとこの子にぴったりのはずだ。

 僕の声が聞こえていたのか、手の中で仙桃が小さく震えていた。



「もー! はる、ちゅめたい!」

「いやぁ……気づいたらこうなっちゃってた」

 諱を考えている間に随分と時間が経っていたらしく、霊泉に浸していた僕の両手は氷みたいに冷たくなってしまっていた。剣術指南を終えた刀也が僕の手を繋いだ瞬間、あまりの冷たさに飛び上がってしまい、驚いた刀也が泣いてしまったことで事情が発覚、弦月が呼ばれ、見事お説教を受けることになった。

 手のひらはカサつき、体温も低くなっている。弦月が作ってくれた軟膏を刀也が僕の両手に塗りたくってくれた。小さな手は相変わらず体温が高くて、凍りついた手に心地よい。

「そうだ、朱雀の名前を考えたんだ」

「おお」

「湊って言うんだけど、どうかな」

「みなと……みなと! いいなまえ!」

「よかった、じゃあ湊が起きたら呼んであげようね」

 姓はまだ決めていないけれど、いくつか候補はある。響きが一番しっくりくるものにしてあげよう。

 きっとまだしばらく時間はある。十日、いやもしかしたらそれ以上に長くなる可能性だってある。あまり焦らずにいこう。

 なんて、この時は思っていたのだけれど。

「はる! おきて! はやく!」

「ううー……なに、とうや……」

「いいから! おきてー!」

「ねむいよぉ……」

 翌朝、普段よりも随分と早い時間に叩き起こされた。食事の時間にはまだ一刻もある。またおねしょでもしたんだろうか。いや、それなら僕に言わずこっそり隠すだろう。だとしたら一体、何が起きたんだ。

「れいせん! はやく!」

「霊泉……霊泉!?」

「ぴゃっ」

 慌てて起き上がると僕の上に乗っかっていた刀也がころりと転がり落ちる。寝台から落ちないよう急いで抱き留め、寝巻きの上から上着を羽織って霊泉に向かった。

 霊泉に向かうにつれ、刀也があそこまで慌てて僕を起こした理由がわかった。普段は静かで波風一つ立たない霊泉が赤く光っていたのだ。遠くあからでもわかるほどに輝き、あまりの眩しさに目が眩んでしまいそうだ。

 なんだ、何があった。昨日は穏やかだったのに。

 まさか僕の霊力と相性が合わず仙桃がダメになってしまったんだろうか。

 それとも霊力が暴走した?

 今までこんなこと一度もなかった。

 お願い、どうか無事でいて、湊。

「湊……湊、すぐに行くから……!」

「はるぅ……」

 僕の不安が伝わったのか、腕の中で刀也が心配そうな声をあげた。だめだ、僕が焦ってどうする。落ち着かないと。

「大丈夫だよ、刀也」

 頭を撫でて、霊泉に続く道を駆け抜ける。刀也だけじゃなく、自分に言い聞かせるように何度も「大丈夫、大丈夫」と呟き続けた。

 果たして、霊泉は深紅に染まっていた。

 近づくと冷気を感じていたはずの場所が今は灼熱の地に変わり果て、霊泉の中心から火柱のような光が立ち上っていた。

「な、なにこれぇ……」

「これは」

 真っ赤な光に手を伸ばす。霊力を通して流れ込んできたのは朱雀と思われる声だった。

「だれぇ、おまえ」

「僕は晴、甲斐田晴だ」

「はる?」

「そう。玄武とも呼ばれている。君の仲間だよ」

「おれの、なかま?」

 朱雀はまだ幼く、甘く溶けそうな口調で話している。どうやら霊力が暴走したわけではなさそうだ。もしもそうなったらこんな風に落ち着いて話なんてできるわけがない。

「おれなぁ、ねむいけど、めが覚めてしもてん」

「そっか。まだ眠たいんだ」

「そう。でもおきた方がええんかな」

「君に無理はさせたくないけど、僕は君に起きて欲しいな」

「そうなん?」

「うん。ずっと、ずっと君に会いたいと思っていたんだ」

 ゆら、と光が形を変えた。少しずつ仙桃に集まってくる。どうやらこの霊力は寝起きてうまく調整が出来ず、寝ぼけてしまったせいで溢れ出てしまったようだ。想像よりも随分と霊力が強い。いや、もしかして僕が昨日注ぎすぎたか?

 チリ、と手のひらに熱が伝わってきた。それまで拡散していた霊力が一つに集まることで熱を帯び始めたようだ。さすが烈火の鳥、目覚めたばかりとはいえかなりの火力だ。光に差し込んでいる右手がジリジリと焼かれていく感覚がした。

「はる! おてて、まっか!」

「大丈夫だよ、刀也」

「でも、でもぉ……!」

 いくら神とはいえ火にあたれば火傷はする。僕の右手は確実に焼きこがれていた。それでも手を引かなかったのは、朱雀の声が伝わってきていたからだ。

「はる、おれのこと待っててくれたん?」

「そうだよ。君の名前も考えて、服も作って、部屋も用意しているんだ」

「ふは、めちゃくちゃ歓迎されてるやん」

「うん。何十年も、何百年も待っていたんだ」

 手の皮がペロリと剥けた。肉の焼ける匂いがする。しかし光は随分と小さくなっていて、あと少しで仙桃に全て収まりきれそうだ。

 湊、ごめんね。もう少し寝ていたかったのに僕が無理やり起こしちゃって。でもそれくらい君に早く会いたいと思っていたんだ。

 だからこれくらいどうってことないよ。君が不安なことも、怖いと思っていることも、全部伝わってきてる。それらを少しでも無くしてあげるから。だからあと少し、頑張って。

「大丈夫、だから。安心して目覚めておいで」

「うん……なあ、おれの名前ってなに?」

 ついに右手から血が吹き出した。刀也の悲鳴が遠くで聞こえる。

 痛みと熱さで感覚はほとんどなくなっていた。

 額から滲み出した汗が頬を伝った。必死に奥歯を噛み締めて、意識を保ち続ける。

 少しでも湊が安心して目覚められるように。先に生まれた僕にできるのはそれくらいだ。

「君は、湊。不破湊だよ」

「えぇ、めっちゃいい名前やん」

「本当? 気に入ってくれてよかった」

 そうして光が消えた。全ての熱を吸い込んだ仙桃は完全に熟したのか割れ目が出来ていた。ふ、と熱が消え去っていく。耐えきれずにその場で跪き、急いで右手を霊泉に浸した。これでしばらく待てば傷も癒えるだろう。それにしてもさすが朱雀、想像以上の火力だった。あと少し遅ければ右手は完全に燃え切っていただろうな。

「は、はる……? おてて、だいじょぶ?」

「大丈夫、大丈夫だよ。悪いけど長尾と弦月を呼んできてくれる? 朱雀が目覚めそうだ」

「わかった!」

 ぽてぽて走り去っていく刀也を見届けて、仙桃を掬い上げる。

 小さかったひび割れはいつの間にか大きくなり、裂け目からは真っ赤な羽が見えていた。

「やれやれ、君は本当にすごい子だ。僕たちの想像を簡単に超えてくる」

 真っ二つに割れた仙桃から、一匹の美しい鳥が現れた。深紅の羽に花紫の瞳、そして花緑青の虹彩が美しく輝く。

 ピィ、と小さく鳴いたあとくすぐったそうに羽を羽ばたかせた。

「おはよう、湊」

「ぴぃ、ぴ」 

「お話しできるようになるまで、もう少しかかるか」

 手のひらでちょこちょこ歩き回る様子を見て、安心したのかそれとも霊力が尽きたのか、僕はその場で意識を失った。

 その後、目を覚ましたら涙目の弦月と刀也が目に入った。どうやらここは僕の部屋で、寝台に寝かされているらしい。そうか、僕、気をつしなったんだった。

「晴くん! よかった、目が覚めた……!」

「はるぅ……!」

「お前なぁ、さすがに今回は無茶しすぎだろ。おまけに刀也の前で……」

「うん、ごめん。ありがと、みんな」

 寝たおかげで随分と霊力は回復していた。右手もまだヒリヒリと痛むが焦げ落ちてはいないようだ。体を起こすと刀也が抱きついてきた。痛みのない左手で頭を撫でてやる。負けず嫌いでいじっぱりだからここしばらくは人前で泣かなくなったけれど、さすがに今回は我慢できなかったようだ。とはいえ、僕としてはこの程度で済んでよかったと思っている。霊力を注ぎすぎた結果とはいえ、朱雀の力があれ以上溢れていたらもっと大変なことになっていた。

 僕の右手が火傷したくらいで済んだのなら十分だろう。

「あれ、そういえば湊は?」

「それなら、ほら。晴の頭にいるぞ」

「えぇ?」

 長尾に言われて手を伸ばすと、硬い嘴が指に触れた。おお、本当だ。全く気づかなかった。

「よかった、ちゃんと目覚めたんだ」

「ピィ」

「ふふ、僕の言葉がわかるの?」

「ぴー」

 何度か指先を啄んだあと、頭の上で丸くなり始めた。なんとも自由な鳥だ。

「晴くん、朱雀様の名前決めたんだ」

「うん。姓は不破、諱は湊にしたよ」

「へえ。いい名前」

「でしょ?」

 褒められたのが嬉しかったのか、湊は頭上で「ぴぉ」と鳴いた。

 こうして玄武宮には、また一柱新しい四神が目覚めることになった。





    

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