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OBSERVATION 46|月は評価される存在ではなく、信頼される存在なのかもしれない


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LAYER|LAYER|D|構造観測
     (補助:G|概念層)
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NOTE|このノートは観測記録であり、結論を確定しない。
FLOW|未収束状態のまま記録・流通される。解釈は参照位置ごとに自然発生するものとして扱い、共通化は前提としない。本記録は意味の整合ではなく、観測と配置の保持を目的とする。


——


月について考えるとき、私たちはつい評価を始めてしまう。


ちゃんと働けているだろうか。


足りない部分はないだろうか。


もっと月らしくならなければいけないのではないか。


そんなふうに、月を「改善する対象」として見続けてしまうことがある。



けれど、あるときふと思った。


月は、本当に評価されるために在るのだろうか。


太陽という存在の原理を見つめ直していると、不思議と月への見え方が変わってくる



太陽は、存在そのものの原理
である。


その視点に立つと、月は何かを証明するために働いているのではなく、すでに日々の営みを支え続けている存在として見えてくる。 



見えないから、働いていないのではない。


むしろ、見えないほど自然に働いている



だから、月に必要なのは評価ではなく、信頼なのかもしれない。


「ちゃんとできている?」


ではなく、


「いつも支えてくれていたんだね。」


その一言だけで、月との関係は大きく変わる


月は、信頼されることで初めて働き始める存在ではない。


ずっと前から働いていた



変わったのは月ではなく、それを見る側の観測位置だったのだと思う



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