「結局珈琲」をついにやっとようやく観た。(舞台挨拶も)
2月も終わりですね。
今月の私はというと、仕事の終わりに毎夜のようにカフェに寄って簿記の勉強をしてから帰る日々。
毎日毎日通勤バッグに分厚い日商簿記2級の参考書と電卓を詰め込んでいたせいで、肩こりが酷くて整骨院に通うようになってしまった。
ドラマのようにいつも決まって同じ席に座って、とはいかなくて
今日は柱の近くの席とか、
今日は人と人の間で気まずそうに座ってみたりとか。
そんな決まりきったような、不規則のような日々を過ごしています。
隣に座っていた大学生が就活の準備をしていて、頑張ってエントリーシートを書いている姿が視界に入ってきて、
「頑張ってくださいね」とか「無理しないでね」とか声をかけたいのだけど、今のご時世そんなことをしたら不審者になるのかとか思ったり
「よかったらコーヒーおかわりしますか?」とか奢りでもしたら、通報されたりするのかなとか思ったり。
もし今、付箋紙を持ってたら「頑張れ!」と一言書いて、そっと横に置いて颯爽と帰ろうかなとか考えてみたりも。
でもそんなことをする勇気もなく。
きっと一枚の紙の奥にある未来を見据えている大学生にとって、雑多な風景の一部である私のことは、輪郭がハッキリしないままの方がいいんだろうなと思って、何もしないことを選択。
結局、その大学生の方が先に帰ってしまって、心の中で「頑張れ!!!幸せになれよ!!」と大声で祈るだけで終わってしまって。
目の前のカフェラテが減ってなければ、簿記のテキストも1ページも進んでない。
ただ隣の大学生に話しかけるかどうか悩んでいただけの怪しい社会人男性になってしまった。
そんな、2月を過ごしています。

昨年、下北沢映画祭で上演されていることを知り、何としてでも観に行きたかったのに、どうしても予定が合わずに観に行けなくて悔やんでいた「結局珈琲」がついに上映開始ということで、初日の舞台挨拶に行ってきました。
舞台になっている下北沢の「こはぜ珈琲」のことは露知らず。
「結局珈琲」というタイトルとビジュアルに惹かれまして。
CDでいうジャケ買いの衝動です。
ひとりでいつもカフェに通いながら、なんか面白いことないかなとか、あの人に話しかけてみたら何か起こるかなとか考えながら、本やテキストに意識がいっているように見せかけて、横目でチラッと眺める。
そんな生活をしている私が、なんとなく、映画のビジュアルに潜んでいるような気がして、見たくなってしまいました。

映画が終わり、舞台挨拶の準備が始まる。
引き幕の前にビジュアルが設置される様子を見つめる。
藤原さくらさんの視線の先に、ピントの合っていない2人の男性がいたことを今さら理解する。
いや、分かってはいた。
前から分かってはいたんだけど、このピントが合っていない存在を"人間"だと認知していなくて、ただの"風景"だと思っていた。
そんなピントの合わない風景が、映画を観終わる頃にはなぜか、輪郭がハッキリとくっきりとした2人の"人間"であることを理解する。
なんで分からなかったんだろうな。と思いつつ、私はそういうピントが合う瞬間がすごく好きなんだろうなと。
ビジュアルにも書かれている『一人になりたくて、なりたくない私たち。』の言葉がスッと心に浸透していっていることを感じる。
ひとりでいたいのだけど、無責任かつ雑多に誰かやどこかとつながっていたい欲があったり、この時代を生きていることの実感を得られることを求めていたり。
これを「出会いを求めているのか」と言われれば、半分イエスで半分ノー。
映画が終わって、隣に座っていた人に「素敵でしたね」と声をかけようとして、結局かけない。
映画がそうさせている気がする。
名前のない、ゆるい繋がりが欲しくなってきている。
「今度、こはぜ珈琲に一緒に行ってみませんか?」とか声をかけようとしている自分がいる。
だからそんな風に声をかけたら通報されるんだって、と思い直す。
これを「出会いを求めているのか」と言われれば、半分イエスで半分ノー。
なんだろうな、なんか、そういうことじゃないんだよな。
席に着く時にも、席を立つ時にもお互いに服が手にぶつかってしまい。
「あ、すいません」「大丈夫ですよ」って会話を2回も交わす。
映画の前後で発語者が変わっているのがおもしろい。
なんだか、それがすごく興味深かった。
この映画を一人で見てたんだけど、なんだか一人ではなくて「結局珈琲」の一部になれたような気がして。
多分、他の映画では、他の劇場ではこの会話発生しないんだよ。
結局、帰り道はいつだってひとり。
だけど、映画のなかに私がいたような気がして、
そう思える日々を毎日生きていてよかったと肯定したくもなった。

作中、登場人物が珈琲を飲むタイミングと被ってしまいそうで
なんだか恥ずかしくて終演後にほぼ一気飲み

あまりにも美味しくて一瞬で消えた。チーズとの相性すごい。
ただ話しているだけ。
そんな作品が私は大好きで。
ただ話しているだけがどんなに難しいかと。
でもその会話に生活があって呼吸があって変化があって嘘があって愛があって。
何よりもリアリティだなと思うのでした。
今度、「こはぜ珈琲」行きたい。行こうっと。
