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それは私です!

アメリカで暮らしていた時、ままあったこと。
いや、別に大したことじゃあありません。
ちょっとしたこと、些細なことで、ムムッとしたり、首をかしげたり。

それは例えば
・映画や本やイベントで「変な着物や日本髪」の日本人の姿を見せられた時
・外国人経営のお寿司屋さんでお通しに
「キムチ」を出された時
・私を日本人だと認識した相手から挨拶のつもりで両手を合わせて拝まれたり、ペコペコお辞儀をされた時

ああそれ、よくある話、
いちいち気にしていたらキリがない。
はい、わかっています。
わかっているつもりでも、不思議でした。
日本で暮らしていた時には気にもとめなかったそんなことやあんなこと、
海外ではどうして引っかかるのか。
自分が「正しい日本文化使節団」になったような。

そうだな、それは、、
引き出しにしまってあることすら忘れていた、でも捨てられない大事なものを笑われた感じ?うまく言い表せないけど、
「ワハハ」と笑い飛ばして、なかったことにしてしまえなかった。

あ、もとい!
ひとつだけありました。
大笑いした一件が。
思い出すとクスクスしてしまう一件が。

それは、私と同じようにアメリカで暮らしていた人の話。彼が20代の頃、カリフォルニアの日本食レストランで料理人としてバイトをしていた時の話。

シェフと言われるのは思い切り恥ずかしかったけど、なにせ今ほど日本食がメジャーになるずっと前の話。とりあえず「日本人」だということ、「料理人だ」という自己申請(ハッタリ)がすんなり通ったという理由で、その店の料理長?らしきポジションを与えられた、彼。

当然、仕事は手探り。
異国の地で生きた見本が身近にあるわけでも、
今のようにネット検索できるわけでもなく、
もっぱらおぼろげな記憶に頼った調理方法でやり抜けたとか。

とは言え、
その店では「日本料理のエキスパート」として目されていたこともあり、、
人知れず(知られたらクビ)ハラハラしながら、それらしく振る舞っていた。

ある日のこと、テンプラのオーダーが入った。
エビ天は人気のメニュー。揚げたことはあったが、正直うまく行った試しがない。
衣の作り方も、油の温度も、素材であるエビの鮮度も、何もかも自信なし!と言える自信だけあった。

その時も、試行錯誤。
一度揚げたテンプラの見栄えが悪かったので、
二度、三度と揚げてみたら、
大きさだけは迫力ものになったが、

、、、である。

でも、これ以上待たせるわけにはいかない。
えいやっと、客に出した。
内心ヒヤヒヤしながら。

しばらくして、ウエイターの呼ぶ声が聞こえた。 「おーい。さっき出したテンプラのお客が呼んでるぞ!」

えっ!
(とうとう来た?!)

身に覚えのあった彼(自称シェフ)は、
厨房の奥に隠れた。
(出ていくわけには行かない。どうする?)

「このテンプラを揚げたのは、誰だ!?」
待ちくたびれた客の大きな声が厨房まで聞こえてきた。

万事休す。
これまでか、、と身を縮めたその時、
「こんなに美味しいテンプラを食べたことがない!」 シェフに会わせてくれ、という声。

!!!

「早くしろ」というウエイターの声にうながされた彼、厨房の奥から、
それは私です!
(文字級数大きくしたいくらい) 
と俄然、思いっきり胸を張って登場。

客はニコニコ、破格のチップ。
予想外のこの顛末は、彼にとって忘れられないものとなったという。


私にこの話をしてくれた人はその時、
日本の会社で私の上司。
西海岸での若き日の面影は、、、知っている人にしかわからなかった。

でも、私、このエピソード大好きで。
お店で美味しいテンプラを食べる機会があると、思い出す。
これ誰が作ったのかなって想像しながら、
小さな声で言ってみる。

「それは私です!」

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