私の絵のベースは「キャラだけデッサン」+αで出来ているという話
先日ご紹介した「私の絵を切り貼り加工捻転してた人にぜひ読んでいただきたいnote」の方が追記されていた。
noteへの反響を大変お喜びになっておられたので心からお慶び申し上げ…と思ったらこんな心の叫びが(意訳)
静物デッサンやりたくない
キャラの顔だけ描いてたい
練習したくない
…えーと。
デッサンは大事ですけどもそりゃ。
ただ「イコール静物デッサンとは限らない」…と私は思う。
少なくとも私は静物デッサンの経験はかなり少ない。
ただし、1回だけは微に入り細を穿つくらいのガチでやったけれども。
たとえば私は高校で初めて美術部に入ったものの、美術の非常勤講師にも「俺はみどりーぬには何も言わん(勝手に描いとれ)」と見放されたので図工、美術の授業以外は本当に独学であった。
という件は何度か過去にも書いた。
なので美術部なのに石膏デッサンはめんどくさそうなカラカラ帝はスルーして描きやすそうなビーナスの頭部を2回、ミロのビーナス(こちらは石膏ではなく安物のテラテラ光る樹脂製と思しき赤茶色と黒の物体)1回しかやらなかった。
しかも2回目のビーナスの頭部はええかげんで、テラテラ光る樹脂製ビーナスに至ってはテラテラしすぎてて石膏像のように陰影を描く以前にテラテラ具合しか目に入らずデッサンの修練としてはいただけたものではなかった。
ただ、石膏像は伊達に長いこと使われてる訳ではないな、と最初のビーナス像頭部のデッサン時に感じた。
なぜなら「色に惑わされず陰影だけに集中できる」からである。
(特に赤茶色のテラテラミロのビーナスを描いた時に強く実感できた)
そしてその初回のビーナス頭部のデッサンはその当時としてはガチでめちゃくちゃ細部まで分解して行った。
別に義務感に駆られた訳ではなく陰影に注目したら面白くて没入してしまったのである。
(逆に初回が微に入り細を穿つだったので2回目はやる気が出なかったが)
白い石膏像にかかる陰影を細密に見ていくと「なるほどここはこうなっているのか!」というセンス・オブ・ワンダーに満ちていたのである。
今でも人物の頭部の陰影を描く時はそのビーナス像の頭部で没入して描いた時の知見が生きている。
その時の経験値がモロに今も効いているのだった。
だがその後は1度も石膏デッサン及びその他の静物デッサンはやってない。
あとは身の回りのオブジェクトを観察してはセンス・オブ・ワンダーを楽しんでただけであり、事実としてはまともなデッサンは初回のビーナスの頭部1度きりなのである。
では残りはどうやって習得したかというと正に「キャラだけデッサン」である。
その最初の萌芽の頃の絵を過去noteにも載せたことがある。
こういう感じで自分の描くキャラに陰影を付けたものである。
という訳で陰影楽しくたくさん付けた絵を描いてた。
…ら(後にイベ出催になり私の個人情報を入手した後夜中に無言電話をかけてくるなどのガチストーカーに進化した)私の絵のストーカーが発生したのはまた別の話である。
別の話ではあるが話のついでに試しにストーカーの絵の再現をしてみたところ大変難しい…。
陰影を物理法則無視して歪んだ絵描くとか難易度高すぎる…。
以下の左がストーカーの再現イラスト、右側が当時の私の再現イラストである。

…気持ち悪い絵を描くのって、難しいですね。
だいぶ話が脱線したが、要はこの再現イラストの右側みたいの、正に「キャラだけデッサン」をずっと描いててデッサンを重ねた結果が現在の私の絵である。
「キャラだけデッサン」の良いところは陰影ゴリゴリにすると自分の絵柄の歪みが如実に明らかになるので絵柄そのものが整ってくるところである。
…と言いたいが初代ストーカーは全くそんなことなかったので人によるのかもしれない。
しかし自分自身の経験で言えば、
「キャラだけデッサン」多数と、その前段の+αとして1度だけのガチ石膏デッサンだけで私の絵は出来上がった、
という話である。

