音楽の内蔵エネルギーを二次創作で全部使い切った話(相方が)
大体私の描く絵は音楽から生まれる。
ただ音楽なら何でもいいわけではない。
何か脳内イメージ映像が見える曲でなくてはならない。
例えば↓のようなパターンが多い。
流行りの曲はまずダメ。
できればインストルメンタルが望ましい。
(歌詞が脳内イメージの邪魔になることがある。ならないものも多くはないがあると言えばある)
ドラムや打ち込みで激しく音が刻まれると脳内イメージを損傷することがあるので望ましくない。
(それでも思春期の頃よりは少しドラムにも慣れた)
単にキレイ系とか癒し系でもダメ。
聴くたびに毎回同じ映像が見えるくらい作曲者のイメージがハッキリしてないとダメ=小手先でそれっぽい曲にしただけではダメ。
あまりにアップテンポだとイメージが浮かぶとかそういう次元ではない、ことが多い。
…といった感じなので極めて好みのストライクゾーンが狭いのだが、つい先日相方に指摘された。
「聖はいいけど俗はダメだよね、みどりーぬの選曲」
その通りだった。
俗っぽい曲では全く描けない。
文学的に遠巻きに上品な表現でならイケるものもないでもないが、それ自体が少ない。
元来、私の曲の見分けは2つだけだった。
「描ける曲」と「描けない曲」だ。
聴いて映像が見えれば「描ける曲」、見えないものが「描けない曲」である。
だが、周囲を見てもそういう分け方をしてる人は少ないように思う。
相方もそうだったので、「この曲は描ける」「この曲は描けない」と私が単純に曲を振り分けると不思議な顔をした。
ただ、結果的に私が「描ける曲」と判定した曲は相方も書きやすいという。
ある時私が見つけたケルティック音楽のアルバム1枚の曲が全て大当たりだった時があった。
そのアルバムを聴くと思考が澄み雑念が払われ異様に集中力が高まるのだ。
相方はそれを鬼リピートしつつ、とある二次創作小説をかなりの濃度と速度で書き上げたことがある。
(私はこの時期以降手術を受けるほど身体を壊したのでこの二次創作には参加していない)
出来栄えもかなり良くて、全く他サークルと交流がない割にはピンポイントではあるが非常に評判がよかった。
私も今でもかなりお気に入りである。
不思議なことに、相方がその二次創作小説にピリオドを打つと、聴くとあれだけ雑念が払われ異様に集中力が高まった曲が、単に「普通にきれいな曲」程度に感じられるようになってしまった(この二次創作に参加してない私までもがである)
相方はそのアルバムに内蔵されてたエネルギーをその二次創作のために全て使い切ってしまったようだ。
ある意味不思議な経験だった。
