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第3章 春と秋の間で揺れて…

「ほんっとっ!あの店長ったら、口だけで困っちゃうわよねっ!!」

僕は愚痴から逃げるように、焼き鳥の味を確かめることに集中していた。

「そうそう。椅子に座ってふんぞり返っているだけで、何にもしてないですよね」

如月さんが、何度も頷きながらIQOSのメンソールの煙を吐く。

僕は、サイダーを口に運ぶ。
話を聞いてないフリにも、そろそろ限界が来ていた。

如月さんが入社してから歓迎会をしていなかったので、今日はパートの柳沼(やぎぬま)さんと僕、如月さんで、勤務しているドラッグストアの近くの焼き鳥屋に来ていた。

店内は、赤ちょうちんが柱に沿うように飾られてあり、古民家のような風合いだった。

座敷でカシラを食べるのが意外と好きになり、10本を食べ終わった時だ。

僕のスマホが震えた。
千春さんからだ。

LINEを開くと「今度、八王子で遊びませんか?」と書いてあった。
八王子には、会社の研修で何度か行ったことがある。

知っている場所なのに、千春さんと会うとなるだけで、八王子の印象も変わってくる。

僕は、千春さんに返事を打とうとした時だった。

「ねぇ、そういえば、大川くんって、彼女いるの?」

向かい合わせに座っている柳沼さんから質問され、僕は右手の親指の動きを止めた。

返信を諦め、スマホを右ポケットにしまい、目の前のサイダーが入ったグラスに手を伸ばす。
冷たい感触が、心を静めてくれた。

「いや、今はいなくて…」

僕の右隣に座る如月さんが、僕の横顔を見つめた後、長くゆっくりと煙を吐いた。

そして、柳沼さんが箸でしば漬けをつまみながら言った。

「そっか。若いんだから恋しなきゃね!彼女いた方が絶対に楽しいんだから」

僕は、サイダーを一口運んだ。
炭酸が喉の奥でやけに痛かった。

やがて柳沼さんが席を立ち上がる。
時刻は20時だった。

「じゃあ、私は夫が待ってるからこれにて!この後は、若いお二人さんでどうぞっ!」

柳沼さんが6000円をテーブルの上に置くと、「今日はありがとうございました」と如月さんが、丁寧にお辞儀した。

「いいのいいの!これからも一緒に頑張りましょうねっ!」

柳沼さんは、水玉模様のサンダルを履き、店の引き戸の軋んだ音を響かせながら、店を後にした。

残されたのは、僕と如月さんと、説明しようのない雰囲気だった。

席は隣同士のまま。
僕の視線は、必然的に前を向いていた。
横を向いても、如月さんの水色のワンピース越しのくびれに目がいくだけだったから。

如月さんが、IQOSに新しいメンソールを入れ、加熱するのを待っていた。
その間に、サッポロ黒ラベルを一口飲む。
別の何かを飲み込むかのように。

やがて、加熱が終わったメンソールのフィルターを少し摘み、寂しげな表情を浮かべながら僕に質問してきた。

「大川さんは、忘れられない恋ってありますか?」

僕は、思わずカシラを食べる手を止め、ゆっくりと皿の上に置いた。

「あるよ。どうして?」

如月さんは、いつもより優しくフィルターを咥え、吐いた煙が弱々しく消えていった。

「気になるからです。大川さんの恋愛事情」

僕は、如月さんの眼差しから逃れるように上を向く。

時間だけが流れていった。

そんな僕の様子を見た如月さんは、ちょっとため息をついて、静かに話し始めた。

「私、高校を中退して、すぐに付き合った男性がいたんです。私より3歳年上で、20歳だったから結構面倒見も良くて。一緒にいると安心感みたいなのがあったんです」

如月さんは、酒に少し飲まれていた。
やがて、暗い影を顔に張り付ける。

「でも、付き合って1年経った頃から、急に態度が冷たくなって、DVを受け始めたんです。それに、別の女性の影が見え始めて…」

それを聞いた僕は、無言でグラスに手を伸ばすことしか出来なかった。

「結局、彼とは別れたんですけど、何故かずっと忘れることが出来なくて…それと、『もう裏切られたくない』って感情も……」

僕は、事務所での如月さんとのやり取りを思い出した。
今分かった。
如月さんは、今も過去を彷徨っていることに。

やがて、如月さんは、バッグから香水を取り出して、左右の手首に付けた。
甘い香りが僅かに僕の鼻に届く。

「まぁ、大川さんにとっては、どうでもいい話かと思いますけど」

僕は、首を横に振った。
残ったサイダーを一気に飲み干した。

「ありがとう、話してくれて。少しだけ、如月さんのことが分かった気がする」

すると、如月さんは、空のビールグラスの水滴を人差し指でなぞった。

「大川さんの忘れられない恋愛。聞きたいです」

ビールグラスから指を離し、両肘をテーブルの上に置いて、僕を見つめた。

「私が教えたんですから、教えてくださいね」

僕は少しだけ頷き、ゆっくりと話し始めた。

「僕の恋愛話なんか、面白くもなんともないよ。でも、強いて言うなら、一番最初に付き合った軽音学部のベースの子との恋愛かな」

「どんな恋愛だったんですか?」

僕は、当時を思い出しながら話した。

「その子が父子家庭だったんだけど、いつ行っても家の中が荒れていて、父親と子供3人との会話がほとんどなかったんだ」

如月さんが、静かに僕の話に耳を傾けていた。

僕は続けた。

「彼女は3人姉弟の一番上で、家のこと、ずっと一人で抱えてる感じだった。だから、そんな彼女のために色々尽くしてあげたんだ。一緒に出掛けたり、誕生日は盛大に僕の家でお祝いしたりさ」

やがて僕は下を向いた。
強く握りしめた右手がそこに映っていた。

「でも、捨てられた。まるで、飼っていた犬をある日突然捨てられたみたいに。理由を聞いたら、『他に好きな人が出来た』って言われて」

それを聞いた如月さんは、手に持っていたIQOSを灰皿の近くに置き、じっと僕の横顔を見つめた。

やがて、頬杖をつきながら言った。

「やっぱり素直ですね。大川さん」

僕は、首を横に振った。

「いや、僕は素直じゃなくて、ただ恋愛が苦手なんだ。のめり込むと、前にしか進まない歯車のようになって、いつの間にか壊れる。その繰り返しだよ」

如月さんが、僕の方に少し近付く。
香水の香りが強くなる。
やがて、如月さんがすっと左手を動かし、僕の右手の甲を優しく撫でてきた。

僕は

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