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【蔵出し裏話】イタリア・甘党職人の受難。あんことジェラートと、5ヶ月続く誘惑の輪舞曲(ロンド)

BOTTEGA DI PASTICCERIA, FIRENZE
(ボッテガ・ディ・パスティッチェリア フィレンツェ)。
この洗練されたチョコレートの鳩(コロンバ)こそ、
みっちーの「受難」がまだ第一章に過ぎないことの、
動かぬ証拠です。この気品あふれる誘惑に、
私の「鼻先の感覚」はすでに降参寸前・・・

Buonasera a tutti! (みなさん、こんばんは!)
イタリア・フィレンツェの工房から、
家具修復士のみっちーです。

まずは、昨日お届けした「木肌に鏡を宿す、琥珀色の魔法」への温かな反響、本当にありがとうございました。

職人の指先や鼻先の感覚、そして3年寝かせたニスの物語・・・。

皆さんの心に、フィレンツェの工房の空気が届いたのなら、これほど嬉しいことはありません。

さて、今日お届けするのは、そんな「格好いい職人」の仮面をちょっぴり脱ぎ捨てた、私の「甘くて切実な日常」の裏話です。

先日は「Pasquetta(パスクェッタ)」、
イースターマンデーの祝日でした。

イタリア中が「パスクア(復活祭)」の余韻に浸り、
ピクニックへ出かけたり、親しい友人とバーベキューをしたりする、のんびりした一日。

ですが、私にとっては、この「パスクェッタ」こそが、12月から続いてきた「恐怖のシュガー・マラソン」の終着点でもあります。

アンティーク家具の歪みは直せても、
自分のお腹のポッコリとした歪み(!)を直すのは、熟練の修復士をもってしても至難の業。

今日は、イタリアの甘美な誘惑に翻弄される修復士の、血と汗と砂糖にまみれた5ヶ月間の全貌を公開します。

どうぞ、エスプレッソでも片手に(砂糖は控えめで!)、最後までお楽しみください。


プロローグ:イタリアの暦は「砂糖」で回っている

イタリアに暮らして32年。

私が学んだ最も恐ろしい真実の一つは、「イタリアの祝祭日は、すべて高カロリーなお菓子とセットになっている」ということです。

日本のクリスマスが25日を過ぎれば
一気に門松と餅の世界に切り替わるのに対し、
イタリアの冬は粘り強い。

12月に入ると、バールやパン屋の店頭には、
天井まで届きそうなほど高く積み上げられた
Panettone(パネットーネ)とPandoro(パンドーロ)の箱が現れます。

一切れだけ」という誓いが、
ふわふわの生地と一緒に溶けていく。
パンドーロに振りかける粉砂糖は、
工房に舞う木屑に似て美しく、
そして私のメタボ計数を着実に押し上げていきます。笑

これが、1月6日の「エピファニア(公現祭)」まで、延々と食卓に居座り続けるのです。

朝食にパネットーネ、
仕事の合間にパネットーネ、
夕食のデザートにパネットーネ・・・。

「ふう、ようやく1月が終わる。
これでようやく胃袋が休まるわ〜。」

そう安堵して胸をなでおろすのは、
イタリア初心者です。

修復士の私が、古い家具の汚れを落とし、
春の修復シーズンに向けて道具の手入れを始める頃、街にはさらなる「刺客」が放たれます。

そう、Carnevale(カーニバル・謝肉祭)の始まりです。

第1章:揚げ菓子の雨と、フィレンツェっ子の熱狂

2月。

フィレンツェの街は、仮装した子供たちと、揚げ油の香ばしくも危険な香りに包まれます。

この時期、バールやパン屋のショーケースを独占するのは、二つの巨頭です。

一つはCenci(チェンチ)。

小麦粉の生地を薄く伸ばして揚げ、これでもかというほど粉砂糖を振りかけた伝統菓子です。
その名の通り「ボロ布」のような形をしていますが、食べ始めると止まらない。
仕事の合間に、木屑を払いながらついつい手が伸びてしまいます。笑

木屑を払うその手で、ついつい粉砂糖の山へ。
仕事の合間の「ちょっと一口」が、
気づけばお皿を空っぽに……。
修復士の集中力を奪う、恐るべき黄金色の誘惑です。

そしてもう一つが、
私の天敵、Frittelle(フリッテッレ)。

一口サイズの揚げドーナツの中に、濃厚なカスタードクリームやライスプディングがこれでもかと詰まっています。

「みっちー、今年のはもう食べた?
最高の出来だよ!」

近所の馴染みのバールのおじさんにそう言われれば、断れるはずがありません。

さらに追い打ちをかけるのが、
地元フィレンツェっ子が命をかける

Schiacciata alla Fiorentina
スキアッチャータ・アッラ・フィオレンティーナ。

オレンジの香りが爽やかなこのケーキが現れると、「ああ、もう自制心なんて無意味だ〜。」
と白旗を揚げたくなります。

木肌に刻む紋章のように、アイリス(ジリオ)。
フィレンツェっ子のプライドが詰まった
このオレンジ香るケーキを前に、
修復士の自制心はいつもあっけなく完敗です。

家具を一つ磨き上げるたびに、
自分へのご褒美(と称する言い訳)として、
これらのお菓子が私の身体に蓄積されていく・・・

でも、私の心の中には、
イタリアのお菓子では決して満たされない、
「ある聖域」が存在しているのです。

第2章:あんこへの渇望と、「和菓子はヘルシー」という幻想

実を言うと、私は筋金入りの和菓子派です。
イタリアで32年、どんなにバターたっぷりのクロワッサンを愛でようとも、私の細胞の奥底には
「あんこ」の記憶が刻み込まれています。

32年イタリアにいても、私の細胞が求めてやまない「心の聖域」。この控えめな甘さとあんこの質感に触れるとき、フィレンツェの職人は、ただの「あんこ好きの日本人」に戻ります。

日本から友人が遊びに来てくれるとき、
一番嬉しい言葉は
「フィレンツェの伝統工芸を教えて!」
ではありません。

「みっちー、
何か日本から持って行って欲しいものある?」

この質問に、私は一秒の迷いもなく即答します。

「おまんじゅう! !
あんこのいっぱい詰まったやつ、お願い!!」

届いたばかりのおまんじゅうを、
大切に、大切に食べる時間。

それは、イタリアでの激しい労働に疲れた心を、
しっとりと癒してくれる魔法の時間です。

「あんこは小豆(豆)だから健康的よね〜。
イタリアの生クリームよりずっと身体にいいわ。」

そんな勝手な理論を振りかざして、自分を正当化する。

でも現実は非情です。


甘いものは、甘い。
あんこもお菓子。

そして、私は甘党・・・。

「和菓子派だから大丈夫」という防波堤は、
イタリアの祝祭菓子の荒波と、
日本から届くおまんじゅうの挟み撃ちによって、
あっけなく決壊するのです。

実は、そんな私の「甘党っぷり」を象徴する、
家族には(あまり)大きな声で言えない秘密の夜があります・・・。

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