母を見送ってきました
昨日は私の1周年の記事に、みなさんの温かいお言葉をいただき、本当にありがとうございました😊
またみなさんからいただいた温かい気持ちを胸に、母の一周忌法要も済ませてきました。
母とは、長年確執があり、決してうまくいっている親子関係ではありませんでしたが、何年かの介護や、苦しんでいる様子を見ると、とてもかわいそうになりました。
何ができるだろうか?と問いかける日々に、涙した日もありました。
そしてそんな心の葛藤をここで吐き出し、みなさんからの温かいお言葉をいただき、母をきちんと送る準備ができたと思います。
改めて感謝しています🙇♀️✨
法要でお寺さんはこうおっしゃってました。
最近は宗教離れも進み、お葬式も三割がお通夜なしの家族葬、三割がお通夜ありの家族葬、そして後の四割はもうお見送りだけの方だそうです。
一般葬の方はほぼおられないとか…
そんなに増えているのか…
なんだか寂しいな
とは思いましたが、
こうもおっしゃってました
宗教離れが進み、お家の宗教が何宗かもご存知ない若い方が増えていて、もうお葬式などは良いのだと…
でも、浄土真宗では、法要は故人のために行うものではなく、残されたもののためにやるものである
残されたものたちの、心のケアや
残されたものたちが、どの様に今後進むべきなのか、などを、しっかりと学ぶ機会を与えるために行うものである
葬式はしなくとも、法要をされる方はおられます。
と…
そうおっしゃってました。
お葬式や、法事というものは、まさにその通りだと実際に私も感じていました。
両親と夫を数年のうちに見送り、深い悲しみの中にいた時、
故人を偲ぶことはもちろんそうなのですが、ケジメをつけてちゃんとお別れをし、残されたものたちが、きちんと助け合って生きていくための集まりなのだと…
人と人とのつながりは、うざったいものや、面倒な事もたくさんあります。
ですが、人は1人では生きていけないのです。
まさしく助け合って生きている。
その事を教えているのが浄土真宗であると言われました。
私は宗教にはあまり関心がありませんでした。
ですが、過去の人たちが、多くの身内や友人を無くしてきた心の糧になってきたのは、間違いなく宗教なんだな
と改めて認識しました。
中には教えが歪んでしまった宗教などもあるかもしれません。
ですが、根本的には、やはり助け合いの精神が元になっているのだと、つくづく思いました。
母の一周忌を終え、親の世代を見送る年齢になったのだと実感しました。
母を見送って、次は自分かな…
なんて考えながら、残りの人生を考え直す機会を与えられたことに感謝しています。
感謝の心を持って、これからも生きていきたい!
そう思えたのは、やはり母が最後に私へ残してくれた贈り物なのかもしれません🙇♀️🙏
