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配線ミスで、ガンダムを白黒で観終えた話。


「ガンダムって、当時は白黒だったんだなー」

数十年前、ファーストガンダムDVD BOXを全話観終えた私はこう思った。
私という人間は、あらゆることに気がつけない人間なのだ。

進学で一人暮らしを始めた私は、アルバイト先の先輩からすすめられ、ガンダムのDVDBOXを借りた。

これまでの人生で、アニメやゲームに一切ハマらなかった私。ポケモンはボールを投げつけて敵を倒すゲームだと思っていたし、ピカチューはラスボスなのだろうと漠然と思っていた。ゲームも語れるものと言えば川のぬし釣りくらいなもので、この手の話になると周りの友達とも全然話が合わない。

そんなガンダムからかけ離れた存在の私がガンダムに興味を持ったのは、アルバイト先の先輩たちがいつも楽しそうにガンダムを語っていたからだ。いつも優しく、仕事でも頼もしい大人達がこんなにも熱狂するものが一体どんなものなのか知りたい。そしてあわよくば私もその談議に混ざりたい。ガンダムに興味があることを伝えると、先輩はすぐさまDVDBOXを私に貸し出してくれた。


学生だった私は、課題の模型を作りながら自宅で一人ガンダム鑑賞会を開催することにした。ドン・キホーテで買ってきた激安DVDプレイヤーをテレビに繋ぎ、ガンダムのDVDをセットする。机には模型の道具たちと一緒に、ポテチと箸。麦茶もある。なんて最高の気分だろう。

しばらく再生して観始めたガンダムは白黒だった。
今思うと、このタイミングで気づいてもいいだろう。DVD BOXのパッケージや、説明書のようなものは全てカラーだったのだ。しかし私は何も気にならなかった。そのままなんとなく、へぇ白黒なんだー!歴史を感じるなぁーとガンダムを観続けていく。

白黒のガンダムは慣れるまで一瞬たりとも目を離すことはできなかった。よそ見をしたが最後、画面内にキャラクターが一気に登場する場面で全てを見失う。白黒で大混雑の画面では何を見失ったのかすら怪しい。

最初こそ課題をやらねばと模型の道具を広げていた私だが、模型など作っている場合ではなくなり、すぐに片づけた。これは敵か、味方か?そんなことを考えているうちに、ものすごい勢いでストーリーは進んでいく。知らない単語がガンガン飛び交い、知らない設定もどんどん登場していく。とにかく流れについていくのに必死だった。

しかし数話進んでいくと、姿、形だけではなく、白黒の濃淡で徐々に見極められるようになっていった。不思議だ。ここに人類の進化を感じる。
ネットで調べたキャラクターの色を、脳が勝手に白黒のアニメに補完していくのだ。

ネットで調べている…?

さすがにこのタイミングで、白黒がおかしいことに気づくだろう。自らネットで調べているのだ。それでも当時の私は全く気づかない。歴史上の人物を白黒からカラーにし直すように、続編をカラーにしていったのか…と制作側のありもしない苦労を想像し、ガンダムの歴史にまで勝手に色を付けていた。

『赤い彗星』

今まで先輩たちの会話に登場していた赤い彗星という単語。ガンダムを知らない人でも何となく聞いたことがあるかもしれないこの単語。もれなく私もそうだった。なんとなく憧れていたこの言葉。それをついに知ることができた時の感動は大きかった。これが赤い彗星かぁ…
なぜ白黒アニメに色の表現を入れたのだろう。と若干困惑しつつも、細かいところは当時の私には関係ない。

これがあの赤い彗星か…!この濃さの黒は赤か!覚えたぞ!!こうである。

この濃さの黒は赤。

どういうことだ。自分でも訳がわからない。それでも白黒の画面からどうにか色を確立させようと必死な私。実に前のめりな姿勢で取り組んでいた。

こうして私は白黒のまま、ファーストガンダムDVDBOXを観終えた。

今になって確認すると43話あるらしい。我ながらよく白黒のまま43話、観終えたなと思うが、白黒でもガンダムは十分に面白かった。
はじめはロボット達が戦う勧善懲悪ヒーローもので、設定も難しそうだと不安もあった。それがどうだろう、観始めるとガンダムはめちゃくちゃ人情劇で、人々の葛藤を描く成長物語ではないか。

私のように細かいことが全く気にならない人間は、設定を全然理解しないまま最終回を迎えることになる。
それでも全然泣いてしまうのだ。ガンダムはそのくらいストーリーに力がある。それぞれの登場人物が持つ葛藤や、正義、使命を感じ続けるだけでも十分に楽しめるアニメなのだ。

こうして白黒でファーストガンダムを観終えた私は、その後アルバイト先でガンダム談議に参加し、人生最大の大恥をかいた…かと思いきや、ここでも全く気付くことなく、違和感なくガンダム談議に花を咲かせていた。

ああ、楽しい。私の知らないガンダムの歴史を聞くたびに新しい世界が拓けていくようだった。何よりここではみんな「この濃さの黒は赤」を共有しているのだ。そう信じて疑わなかった。先輩たちも、まさかこの談議の中に、白黒でガンダムを楽しんだやつが一人紛れ込んでいるとは夢にも思わなかっただろう。


数日経った頃、私は同じDVDプレイヤーで『デトロイトメタルシティ』を観た。人気コミックを松山ケンイチが主演で実写化したものだ。
再生した『デトロイトメタルシティ』も白黒だった。さすがにこれはすぐに気づきそうなものだが、漫画原作だからこういう演出なんだなぁと見続ける。

そして白黒の松山ケンイチが出てきてしばらくした後、やっと、あれ?なんかおかしいかもしれないな。と思った私は、おもむろにテレビを叩き、後ろの配線をぐっと押し込んだ。画面に戻ると、そこにはカラーの松山ケンイチがポップに歌い、楽しそうに踊っていた。

差し込みが甘かったかー。
そう思いながらしばらく観たころだろうか。

カラーのデトロイトメタルシティはすごく面白いなあ。ああ面白い。面白いなぁ。なぁ……。え…!?
全ての思考が一旦停止する。そして急速に動き出した。

点と点がつながり、線になっていく感覚…これか、これが推理小説で出てくる事件解明の瞬間なのか。ガリレオの曲と、白衣姿の福山雅治、そして沢山の数式が頭の中を駆け巡る。今回の事件とは一切無関係であろう数式が、一体何のために駆け巡っているのか。

カラーのデトロイトメタルシティを一時停止した私は、ここでやっとすべてを理解した。

ガンダムは、放送当時からカラーだったのだ。



この話を夫に話すると、夫は「お母さんと一緒じゃん。」と言った。それに続けて「遺伝だなー」と笑う。

私の母は、スポーツ観戦が好きだ。
テレビで野球の試合を見ては、興奮し、時には選手に喝をいれ、感極まって泣いている。サッカー、バスケット、バレー、フィギュア、そのほか諸々全てにおいてそうだ。日本代表戦などは誰よりも熱心に観戦し、勝敗に一喜一憂する。

私はそんな母をほほえましくも、いつも呆れながら見守っていた。なぜ呆れながらなのか、それは、母がどのスポーツのルールもほぼ理解していないと知っているからだ。

球があればそれを目で追い、何かしらのゴールに立ち会えば喜び、周りの歓声と共にその場を楽しむ。一丁前に審判の判定に不服そうな顔をし、最後のヒーローインタビューでは、ここまで応援してくれたファンへの感謝の言葉に涙する。
もちろん今日初めて見た選手だ。その涙はどこからやってくるのか。

そんな母を見て、夫は言うのだ。「お母さんは本当にすごい。心からスポーツを楽しんでるよ。見てよあの姿を、ルール何もわかってないなんて誰も思わないよ」と。今まではそこに完全同意し、笑っていた私だが、これからはそうもいかない。

遺伝…

母に呆れて笑う私の脳裏には、いつかの私がいる。


それは設定もよくわからないまま白黒でガンダムを観終え、最終回で大泣きした、あの日の私である。

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