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きしめんの風。眠りにつく3分前、最後に触れたい何かになる


あの日、誰かのブログが消えた。
きれいさっぱり消えて無くなってしまったのだ。
それは顔も名前も知らない誰かのブログだったが、私の一年を支えた見知らぬ人の生活の記録だった。

インターネットの片隅で、そっと綴られ続けたそのブログは、優しい眼差しの先にぼんやりと存在していた。



27歳、新卒で入社した住宅関係の会社から、空間デザイン事務所に転職した。給与は下がり、勤務時間はかなり増える。それでも転職することを選んだ。なぜなのだろう。すべてに迷う27歳。27歳とはそういう年齢なのだろう。

転職してすぐに引き継がれた物件は、低層マンションを賃貸向けにリノベーションするものだった。各部屋ごとにそれぞれのテーマがあり、間取りから細かな仕上げまで全てが違う。机に積まれた分厚い資料の束と、前任者がさらりと言った「経験者が後任でラッキーでした。」の一言が一瞬で私を不安にさせた。

同じ建築業界と言っても、私はお客様の家で美味しいロールケーキを食べながら楽しく打ち合わせをするような、ぬっくぬくの環境で育ってきたのだ。そんな私が引き継ぐにはあまりにも急で、あまりにも大きな仕事だった。

ここは戦場だった。それもかなり泥臭いタイプの戦場だ。辞めていく人もいるがその倍入社したい人がいる。お金目的でここに入る人はきっといない。全ての時間と体力を差し出し、誰もが必死に経験を得ようとしていた。

ドアを開け「おはようございまーす!」と明るく放った私の声は、半地下のような事務所の壁に吸い込まれた。振り向いた社内の人が戸惑いながら会釈する。この瞬間、声の大きさから、トーン、表情のひとつまで、全てにおいて私はここに相応しくない人間なのだと悟った。

前職で着ていたスーツは全く着なくなった。今まで身に着けたことのない大きなリュックを背負い、靴はスニーカーになった。現場で職人さんに叱られながら缶コーヒーを飲み、自分のミスで資材が届かない日には、汚いバケツとタイルの目地材を抱えて電車に乗った。

毎日どこにいても電話が鳴った。これは怒られるやつだな、と分かっている電話こそすぐに出た。どんな状況でも電話にはすぐ出る、それしかできなかったからだ。髪の毛はパサパサ、肌も荒れ、歯医者では食いしばりすぎで両奥歯にヒビが入っていると告げられた。

30を前にして、こんなにもボロボロでいいのだろうか。これはもっと若いうちに経験しておくべきものだったのではないか。身も心も、着るものまでもボロボロ、頭の中はいつでも仕事で一杯。そのくせ仕事は大してできない。今の自分を20歳の自分が見たらどう思うだろう。絶望するだろう。

絶望の理由は、この環境のせいではない。自分が本当は何もできない人間だったことに、27歳にして気づいてしまったからだった。


その夜は布団に入ってもなかなか寝付けず、ベッドの横の窓を少しだけ開けた。


窓の細い隙間から風が入ってくる。ぬるくて平らな風だった。隙間風とは、冷たくピューピューしたものではなかったか。そんな私の思い込みなど知る由もなく、風はひらひらと流れこみ、窓辺の私にぶつかっては、荒れた頬を適当に撫でる。

はじめて感じたその風は、昔どこかのフードコートで食べたぬるいきしめんのようだった。


「きしめんみたいな風」
この一節を昔どこかで聞いたことがある気がした。何だっただろう…歌詞だろうか。寝返りを打ちながら「きしめんみたいな風」と調べる。
ざっと見てもそれらしい内容は一つも出てこない。勘違いだったか。半ば諦めながらもそのままもう少しスクロールすると「風がきしめんみたいだよ」という文章が引っかかった。


それは見知らぬ誰かの個人ブログだった。私と同じように、風をきしめんのようだと思った人がいるのだろうか。フィットチーネも入れると、世界にはもう少しだけそんな仲間がいるのかもしれないが、きしめんだ。きしめんならば運命と言えるだろう。


そこには引っ越した先の窓の立て付けが悪く、毎日ひゅるると入ってくる隙間風が、きしめんみたいだと書いてあった。なんだと、本当に同じじゃないか。
建付けが悪そうな古いサッシの前にふてぶてしく寝ころぶ猫の写真もあった。アカウント名は数字の羅列。そのブログを勝手に「きしめん」と名付けてブックマークに入れた。


その日から、仕事で溢れかえっていた私の脳みそに、きしめんブログ専用のスペースができた。


名前も顔も性別も知らない人が、ただ穏やかに暮らす日々の記録は、私の生活と全く無関係な場所でいつも淡々と更新されていく。不安や怒りに心がざわつく事のない、優しさだけを束ねたその生活は、日々粗く削れていく私の心を少しだけ溶かして滑らかにした。

「挨拶に行ったおとなりさんから、なぜかスリッパと卵をもらったこと」
「猫の毛が抜ける季節が来たこと」
「今朝、庭先に立った霜柱が美味しそうに見えること」
「買ったばかりの鍋を1日で焦がしてしまったこと」

眠る前に触れるその生活は、いつも優しい眼差しで、ほんの少し食い意地が張っていた。いろんなことを面白がって試しては、失敗もする。その失敗はあまりに想定外で布団に潜った私の肩を小さく震わせた。そんな眼差しを少し分けてもらった日の私は、しんどい打ち合わせの前でも、街に漂うコーヒーの香りに幸せを感じ、信号と同じ色順に並んで歩くランドセルの3人組にも気が付けた。

自分と似た感覚の人が、遠いどこかの世界で健やかに暮らしている。たったそれだけのことがなぜかものすごく嬉しかった。離れた自分の分身を想うように、遠くの見知らぬ誰かの日々に想いを馳せる。私はこの世界でどうにか生き抜くから、そちらもどうか幸せでいてほしい。
絶望に近い夜の淵で、何かを託すように毎晩眠りについた。

転職して1年が経つ頃には、新しい職場にもずいぶんと慣れていた。複雑な仕事も任されるようになり、同僚たちとはよく飲みに行くようになった。「間に合わないぞ」と言い合いながら必死にPCと睨みあい、相変わらず段取りをミスした現場に夜な夜な出向く。

仕事がうまくいった日には近くの餃子屋で乾杯した。肩を組んで田園を熱唱しながら、残業中の同僚の誕生日を祝い、夏には事務所でそうめんを茹でた。茹ですぎて鍋からほとんどが溢れ出たそうめんを、箸ですくっては顔を見合わせ、笑いながら食べた。

事務所から花火を見た日もあった。残業中でも花火はきれいですね。と後輩が言った。


ある日の帰り道、数日読めていなかったきしめんブログを開くと、そこにはいつもと違う画面が表示された。回線の不具合を疑って何度リロードしても変わらない。きしめんブログは、きれいさっぱりと消えてなくなっていた。


今までも沢山の読者がいるわけではないことには気づいていた。いつか更新が止まってしまう日が来るかもしれない。そんな不安が頭をよぎったことは、一度や二度ではない。けれどまさかその場所ごと消え去ってしまうなんて、思いもしなかった。

私がこちらの世界で、私の生活を頑張り続けている限り、あちらの世界もずっとそこにある。
そんなどこまでも根拠のない自信だけが私を支えていた。


帰宅してからも思いつく限りの言葉を検索窓に打ち込み続けた。いつも画面の向こうにいた猫の名前、日記によく登場していた商店らしき店名。あらゆるキーワードで探しても、きしめんブログは見つからない。

本当に全てなくなってしまったのだ。


翌朝、目覚めてすぐに机に向かい、きしめんブログについて知っている全てを手帳に書き殴った。書くほどに呼吸は荒くなり、紙はぐしゃぐしゃによれていく。文字のほとんどは滲んで読めなくなった。
私は何をやっているのだろう。たまに正気に戻る瞬間がある。古典の授業以外で、顔も知らぬ他人の日記をこんなにも必死に思い出して書き出す人間がこの世にいるのだろうか。土佐日記でもないだろう。

それでもあの生活の破片を、どうしてもこの世界に留めておきたかった。

ブログがなくなったあの日以降も、当たり前のように私の人生は続いていく。あっという間に月日は経ち、私は事務所でも古株になっていた。後輩も増え、担当業務も変わり、泥臭かった業務の割合はどんどんと減っていく。スーツを着て、ヒールを履き仕事をする。相手先との打ち合わせ後には、プライベートでは立ち入ることのないようなお店で会食をした。お酒を酌み交わし、いつもより少しだけ砕けた話をして、にこやかに駅まで見送る。もうそこから私が事務所に戻って仕事をする必要もなくなった。


変わったなぁ。
こうしてあの泥臭すぎた日々のことも、少しずつ思い出せなくなっていくのか。小汚い格好でミッドタウンを走り抜け、リッツカールトンのエントランスで派手に転び、大事な書類をぶちまけた日のことも、リムジンから降りた同世代の男女が、書類を拾い集めてくれた時の微笑みを。そこで膝を付いたまま、しばらく立ち上がれなかったみじめな自分のことを。少しずつ忘れていってしまうのだろうか。


もう10年が経つ。その間で私は東京を離れ、出産し2児の母になった。仕事も変わり、住む場所も変わり、生活のすべてが変わった。一緒に肩を組んで田園を熱唱していた1人は、同僚から夫になった。


こんなに全てが変わった今でも、私は間違いなくあの頃に生かされている。
仕事も、子育ても、生きる全ての瞬間にあの頃がある。何も忘れてなどはいなかった。膝をついたまま立ち上がれなかったあの時、手に触れたタイルの感触も、そこから立ち上がった時の強く震えるような気持ちも。決して忘れることなどないのだろう。


泥臭かった日々と共にあった、あの優しい眼差しの先に、私は今を生きている。


又あの文章に触れたいという想いは、その後何度も繰り返されながら、私の中で少しずつ形を変えていった。次は私が書く番だ。自然とそう思えたのは今年に入ってからのことだった。

公園の小さな丘を登る時、何気なく娘の手を引くと、娘は迷わずもう片方の手で弟の手を引いた。当たり前のようなその素振りに驚きながらも、ああ、世界はこうして回っていくのだと知った。

人にはきっと、優しさ以外受け付けない夜がある。
仰向けになると全身がばらばらと崩れていきそうだったあの夜、私を人の形にとどめてくれていたのは、顔も名前も知らない「誰かの生活」だった。


次は私が誰かの手を引く番だ。
優しくて優しくて、優しいだけの「誰かの生活」を書こう。
優しさだけを求める誰かの夜に、優しさだけをしっかりと届けたい。

きしめんみたいな風を追って、フラフラとあの文章にたどり着いた夜のように、いつの日か、誰かにとってのきしめんの風になろう。

木漏れ日を見つけて駆け込んだり、結露の水滴をつなげたり、水溜りに映った空に葉っぱの舟を浮かべたり。
こんなにも小さな生活の粒が、何年も何年も私の中で光を放ち続けるように



たった1人が眠りにつく3分前、最後に触れたい「誰かの生活」に私はなりたい。


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