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『28歳。CAの夢、デリヘル、異国での逃避を経て、私が山の宿坊で「本当の自分」を取り戻すまで』

今、私は深い山の中にあるお寺の、静かな空気の中にいます。

28歳。
「キャリア」や「結婚」といった言葉が、まるで人生の正解のように飛び交う年齢。少し前までの私は、その見えないプレッシャーの中で必死に息をしていました。

かつての私は、「CA(客室乗務員)」という華やかな世界に憧れていました。でも、最終試験で不合格に。今ならわかります。私は「キラキラした自分」という表面的な肩書きに憧れていただけで、本当の意味で「自分自身」とは向き合えていなかったのだと。
そこから、私の人生は少しずつ狂い始めました。

新卒で入った会社でのパワハラ、そしてうつ病。半年で退職し、行き着いたのはデリヘルの世界でした。

心を麻痺させないと立っていられない日々。その場所で、私は一人の人に出会いました。今の夫です。

彼と付き合い始めてからも、私はその仕事を辞められずに働き続けていました。「こんな場所で出会った私に、愛される資格なんてあるのだろうか」「彼は本当に、心から私を愛してくれているのだろうか」。そんな強い不安と自己否定が常に渦巻いていました。
愛されたいと願う気持ちと、自分を切り売りし続ける現実のギャップは、以前よりもさらに激しく私の心をすり減らし、私は再び重い鬱に陥ってしまったのです。

限界を迎えて仕事を辞めた時。麻痺していた感覚が解け、本当の「痛み」が後から襲ってきました。

働いていた時は何も感じないように蓋をしていましたが、そこには結婚している人や、彼女がいる男性がたくさん来ていました。「人の愛なんて、結局こんなものなんだ」。
その現実を目の当たりにし続けていた私は、いつの間にか人の愛がまったく信じられなくなっていました。そして何より、自分自身をこれっぽっちも大切にできていなかったことに、辞めてからようやく気づいたのです。

この底なしの鬱と人間不信から逃げ出すように、私は彼との結婚にすがりつきました。「30歳まで」というワーホリの期限にも焦っていました。彼と共にオーストラリアへ飛び立ち、環境さえ変えれば、きっとすべてが治る。そう思い込んでいたのです。

でも、待ち受けていたのは激しい「対人恐怖症」でした。
人が怖くてたまらない。それでも「ここで変わらなきゃ」と自分に鞭を打ち続ける。しかし心が限界を迎え、3年間の滞在期間中「1年のうち半年は日本に逃げ帰って休養する」という生活を繰り返すことになったのです。
なんとか頑張ろうとしては引き返す。その苦しい往復の中で、オーストラリアで生きる道も完全に閉ざされました。

しかし、異国で孤独にもがいたからこそ、気づけたことがありました。
それは「私がいかに、自分の国である日本の文化を知らないか」という事実でした。海外に出て初めて自分の足元の空っぽさに気づいた私は、日本の文化を根本から学び直すため、帰国後、ご縁のあったお寺に身を置くことを決意しました。
そうしてやってきたお寺で、私はひとつの答えに行き着いたのです。

日本人は「無宗教」だと言いながら、実は「世間の目」や「同調圧力」「ルール」という名の『日本教』を熱心に信仰しているのではないか、と。周りに気を遣い、誰かの正解に合わせて、自分を殺して生きている。

場所を海外に変え、もがきながら往復を繰り返しても、私自身がその『日本教』の呪縛から抜け出さない限り、本当の自分を生きることなんてできなかったのだと。

ボロボロになり、人を信じられず、暗闇の底にいた私。
それでも、決して私を見捨てることなく、不器用な私にまっすぐ向き合い、無条件の愛を注ぎ続けてくれた夫。彼の揺るぎない愛と、今身を置いているお寺での時間が、凍りついていた私の心を少しずつ溶かしてくれました。私が本当にしたかったのは、華やかな肩書きを得てキラキラ見せることではなく、いろんな国へ行き、いろんな世界を自分の目で見るという純粋な願いだったのだと気づけました。

「情けは人のためならず」

今、私はお寺の宿坊で働いています。
あんなに人が怖くてたまらなかった私が、お寺を訪れる方々をお迎えし、温かい同僚や街の人々と関わる中で、少しずつ「人の温かさ」を肌で学んでいます。音信不通になっていた友人たちともまた連絡を取れるようになり、ようやく自分を取り戻してきました。

傷ついた私に人が温かさを教えてくれたように、巡り巡って、誰かへの優しさは自分を救ってくれる。

その実感を胸に、私はもう一度歩き出します。
春からは新しい一歩としてご縁のあった接客の仕事を始めます。対人恐怖だった私にとっては大きな挑戦です。そして秋からは、美容の道へ進むための勉強を。
自分を飾り立てることより、心と身体の痛みを知っている私だからこそできる「美容」で、今度は私が誰かを温めたい。そう気づいたからです。

これは、「日本教」から脱会し、泥だらけになった28歳の私が、山の宿坊で見つけた出会いを通してもう一度「本当の自分」を生き直すための記録です。

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