マルクス・トゥッリウス・キケロ
この人を現代のアメリカ人に置き換えてみたら、どんな人物で、一体誰になるだろうか?やはり政治家で、上院議員辺りに収まるのだろうか?アメリカの現役の政治家であれば、100人名前を諳んじる事ができる。フランスや日本の政治家だと、10人もいかないが。
それでも具体的に誰とは言えないが、イメージはある。例えば、January Sixでは民主主義を壟断した国家の敵として、ドナルド・トランプを徹底的に断罪するが、大統領選を制して、二期目が始まれば、政権の要職欲しさに眼が眩んで、不世出の英雄とトランプをぶち上げる。そしてトランプ関税が始まれば、様子見しつつ、やはり人類の敵かもしれないとSNSで呟く。
共和主義者だから、共和党で、口うるさい古株の重鎮になるのだろうか?ミッチー・マコーネルはボケているからダメだし、そもそもトランプを褒めたりしない。人をけなしたり、ほめたりするのが上手くて、同一人物相手でも180度変節できるのが、キケロの凄い処だ。
ギリシャ寄りの当方から見ても、癖の強いローマ人で、やたらとキツイ冗談を飛ばして人を嗤う。底意地の悪さは、ドナルド・トランプとか、タッカー・カールソンとか、イーロン・マスクとほぼ同じで、キケロとは現代のアメリカ人かなと思う時がある。特に東海岸の。
アメリカ人のキャリアでよくある弁護士スタートというのも、キケロの場合も同じだ。だが伝説の弁護士という点で、アメリカン・ドリームならぬローマン・ドリームを体現している。キケロの舌に乗れば、たちまち白は黒に、黒は白に変わる。正義とはキケロの舌三寸だ。
ギリシャの弁論術を研究し、ローマ社会向きに解き放った。キケロが弁護すれば、ほぼ勝ってしまうのだから凄い。カエサルだって、こいつは悪人で犯人だと言っていた被告の弁護に、キケロが立てば、読んでいた書類を落して、感動のあまり、被告を無罪放免してしまう程だ。
もっともカエサルの場合、人類愛が凄過ぎて、悪人なんか存在しないので、感動すれば誰でもすぐに許してしまうだろう。キケロともズッ友?(死語?)だ。クラッススはスネオで、ポンペイウスはジャイアンで、自らはのび太の立ち位置で、三頭政治を取り仕切った。
カエサルは本気で仲良し三頭政治をやっていたと思う。クラッススは危うく破産しそうになったので、イーロン・マスクにバトンタッチしたかっただろう。カエサルであれば、君の人類火星移住計画の夢を叶えてあげよう。ガリア征服ならず、火星征服だ!と言うかもしれない。
その火星征服の演説の原稿を書くのは、デキスギであるキケロに委託されるだろう。ちょっと妄想が楽しかったので冗談が過ぎた。マルクス・トゥッリウス・キケロの名前から始めたい。

ひよこ豆
その男は、ヒヨコ豆を食べていた。
煮てよし、炒ってよし、焼いてよしのお豆さんだ。
「……改名した方がいいんじゃないか?」
タベルナで弁護士仲間が、キケロに言った。CiceroとはCicer(ヒヨコ豆)から来ている。何でも先祖の一人に、鼻の頭に豆ができている人物がいたらしい。それが家名になった。
「何、この家名をスキピオ家を凌ぐ程轟かせてみせるさ」
25歳のキケロは立ち上がると、
伝説のキャリアへと第一歩を踏み出した。
紀元前81年、プブリウス・クィンクティウス弁護では、当時有名だった弁論術士ホルタルスを打ち負かして、デビュー戦で勝利を収めた。無名の新人弁護士が、ベテラン相手に白星を勝ち取ったのである。しかも論敵には監察官、法務官がついていた。反体制側で勝った。
紀元前80年、ロスキウス弁護では、親殺しの疑いが掛けられた息子の弁護についた。これはかなり分の悪い裁判だった。だがキケロは何と別の真犯人を作り出す作戦に打って出た。この裁判ではhumanitas(ユマニタス=人間性)なる新語が初出した。キケロの創作である。
のちに人文主義とか、ヒューマニズムという言葉の元になった。ルネサンス期にラテン語文献を研究する人文主義者を指す事から始まり、現代では人道主義と同列に語られたりするが、そもそも出自はキケロのいんちき逆転裁判で使った造語であり、急造の出来合い品だった。
それにしても、キケロが言葉を発せれば、西洋2,000年の歴史を語る用語が次々出て来るのだから、よほど才能があったのだろう。キケロはホント言葉のビックリ箱だ。パンドラかもしれないが。その後はアテナイを遊学し、結婚した。ローマに帰ると30歳で財務官になった。
紀元前69年、37歳で按察官(アエリディス)、紀元前66年、40歳で法務官(プラエトル)、紀元前63年、43歳で執政官(コンスル)になった。勿論、弁護士で得た人脈と評判と財産をフルに使って、最短でスターダムを駆け上った。勿論、元老院議員でもある。
この時期、あのカティリナ事件が起きてしまう。ルキウス・セルギウス・カティリナによる国家転覆未遂事件だ。このカティリナという男、カエサルより少ない借金を苦にして、借金全額取消という徳政令めいた公約を掲げて、執政官に立候補した。だが元老院が認めなかった。
この後、カティリナは三年連続選挙に出馬したが、元老院も経済原理に反する徳政令を嫌って、あの手この手で手を回して、カティリナを落選させた。だがある時、当選者の不正が発覚し、裁判次第では、カティリナが繰り上げ当選となりそうになった。元老院は慌てた。
そこで不正で落選しそうな当選者の弁護に、キケロが立つ事になった。実際に不正があったとしても、そこはキケロである。例のhumanitas(ユマニタス=人間性)なる新語を振り回して、この裁判も勝ち取った。元老院側の勝ちである。カティリナ派は絶望した。
現代日本でもone issue 政党が現われて、その政策一本槍で議席を取る事があるが、古代ローマで借金で食い詰めた連中が結集したカティリナ派は党員3,000名を超えた。カティリナは元スッラの武将で、党員もスッラの元兵士が中心だった。こうなれば、武装蜂起しかない。
カティリナは執政官キケロを殺害して、ローマを乗っ取る計画を立てた。だが計画が漏れて、女奴隷がキケロの家に走り、陰謀の全容を伝えた。キケロは直ちに元老院を招集し、カティリナを弾劾し、元老院最終勧告を出すように議員に求めた。だが元老院は証拠が薄いとした。
結局、中途半端にバレた陰謀は一人歩きし、カティリナの黒幕がいるのではないかと、議員たちは噂した。一人は金持ちクラッスス。カティリナを使って、キケロやポンペイウスを排除しようとしているとされた。そしてもう一人はカティリナ以上の借金があるカエサル。
特に小カトーは、カエサルが怪しいと思い込み、議会でしつこくカエサルを追及した。根っからの共和主義者である小カトーにとって、カエサルは国家に将来禍根を与える厄災だと思われていた。だから議会で審議中に外部から手紙をもらったカエサルを見て、小カトーはカティリナからの手紙だと論難した。呆れたカエサルは、その外部からの手紙を小カトーに渡した。
「ふ、ふざけるな!ここは学校じゃないんだぞ!」
それはセルウィリアからのラヴレターだった。エロかったかもしれない。これでカエサル黒幕説は消えてなくなった。だが事態は何も解決していない。議席には堂々とカティリナが座り続け、キケロは議員たちに、元老院最終勧告を迫る。だが堂々巡りで終わった。
「Quo usque tandem abutere, Catilina, patientia nostra?」
クオ ウスクエ タンデム アブテーレ カティリーナ ペイシェンツィア ノストラ?
(どこまで悪用するつもりだ?カティリナよ。我々の忍耐を)
史上、有名なカティリーナ弾劾の冒頭だ。キケロの名文とされる。塩野七生によると、ヨーロッパの高校生は、授業で一度は訳されると言うが、今のフランスのリセでは、ラテン語は必須科目ではない。選択科目だ。逆に今の日本の高校でも、古文漢文は必須科目だが。
カティリナはローマを去った。キケロは反乱の証拠集めをして、カティリナ一派の5名を逮捕した。そして市民による裁判なしで即刻死刑を求刑した。これはやり過ぎだった。だがキケロは元老院の同意を取り付けた。しかしここでカエサルが反論した。やり過ぎだと指摘した。
元老院は再び動揺した。確かに裁判なし即刻死刑はやり過ぎかも知れない。だがすかさず小カトーが立ち上がり、国家に危機が迫っているのだ「彼らに死を!」と言って反論した。これは利いて、元老院は5名を即刻死刑にして、キケロに「国家の父」の称号さえ与えた。
この日カエサルは議会から出る時、議員たちから本気で殴られ、危うく殺されそうになった。カティリナはその後、党員3,000名で武装蜂起したが、全員戦死した。事件はこれで終わったが紀元前58年、やはり裁判なしの死刑は法に反するとされて、キケロはローマ追放になった。
この時、キケロは余程こたえたのか、ギリシャに行き、傷心の哲学旅行をしている。
キケロ追放では護民官プブリウス・クロディウス・プルケルが動き、裏ではポンペイウスがキケロ追放を支持していたが、のちにポンペイウスは後悔して、キケロを呼び戻した。この時、「イタリアが私を肩に乗せてローマまで運んでくれた」とキケロは喜びを述懐している。
キケロは、ローマに戻ると、護民官クロディウスのした事は全て無効であると宣言した。理由はクロディウスはパトリキ(貴族)で、プレブス(平民)ではないからとした。これに対して小カトーが不快感を示し、反論があった。結果、二人の仲は悪くなった。
紀元前49年、ローマ内戦が始まると、キケロは中途半端な行動を取った。最初、ポンペイウスについて行かず、日和見な行動をして、状況の推移を見守った。曰く、カエサルは武力はあるが、正統性に欠ける。ポンペイウスは正統性があるが、武力に欠ける。
この見方は少し奇妙で、世間ではポンペイウスは正統性もあるし、武力もあると見ていた。キケロはカエサルが勝つと考えていたのだろうか?だが遅れてポンペイウスの陣営に入り、大した役目も与えられず、くさしたキケロはブラックジョークを飛ばして、幕僚もくさした。唯一の収穫は、この陣営で、マルクス・ユニウス・ブルトゥスと親しくなった事だった。
そしてポンペイウスの陣営には小カトーもいた。
そしてなぜここに来たとキケロを責めた。
「私は最初から守り続る国政の持ち場がある。だが君は違う。ローマに留まって中立を保つ方が国家にとっても、我々の共通の友人にとっても有益だった筈だ。なぜ日和見を捨てた?」
紀元前48年、ファルサロスの戦いで、ポンペイウスが敗けると、身勝手な行動でキケロはポンペイウスの長男の怒りを買い、殺されそうになった。この時、小カトーがキケロを助けた。小カトーの死後、キケロは『カト』を書いて称えた。だがカエサルも『反カト』を書いた。
その後、政治に嫌気がさしたのか、別荘に引っ込んで、著作や手紙に勤しんだ。その間、何回かカエサルの敬意訪問があり、哲学的談義をするギリシャ風のσυμπόσιον(シュンポシオン=饗宴)が開かれた。キケロとカエサルは、ラテン語の完成者という意味では対等だった。
「……プラトンの哲人王は独裁者だろうか?」
キケロは終身独裁官に就任したカエサルに尋ねた。
ローマ共和政は終わるのだろうか?
「哲人王だろうが、独裁官だろうが、
いい政治をしなければ、追放される」
カエサルは笑いながらそう答えると、
その時が来たら、君が立ってくれと言った。
紀元前44年3月15日、ローマは嵐だった。黒い鴉が飛び交い、不吉な噂が流れた。カエサル暗殺の知らせがキケロの元に届き、ブルトゥスたちが危機に陥っていると聞き、助けに出た。
「君たちは共和政、希望の星だ。顔を上げたまえ」
キケロはそう言って励ましたが、
ブルトゥスもカッシウスも下を向いたままだった。
「独裁者は斃れた。今こそ共和政へ帰るべきだ」
だが事態は第二次三頭政治に進む。
謎のpuer(プエル=少年) オクタヴィウスが現われた。
まだポンペイウスやカエサルが生きていた頃の話だが、ある時、キケロは夢を見た。大神ユピテルが現われて、カピトリウムの丘に、元老院の子弟を集めさせた。次代のローマの支配者を決めると言う。大神ユピテルは一人のpuer(プエル=少年)を選ぶと、こう宣言した。
「ローマの人々よ。この者が次の支配者だ。
この者がローマ内戦を終わらせる」
キケロはこの少年の顔を夢でしっかりと覚えていた。そしてある時、キケロの前に現れた。キケロはこの少年を可愛がり、それがオクタヴィウス、後の初代皇帝アウグストゥスになった。
第二次三頭政治は凄惨だった。三人はそれぞれの政治的生贄を決めて、政局の打開に努めた。オクタヴィウスは抵抗したが、アントニウスにキケロの死を要求された。キケロが処刑された時、黒い鴉の群れが来たと言う。キケロの頭部と右手は切り離され、ローマに持ち去られた。
シン・聊斎志異(りょうさいしい)』補遺074
ローマ内戦 5/5
