病気は「頑張る理由」も「頑張らない理由」もくれる。病気あるある
乳がんが見つかって約1年半。今回は治療を続ける中、インスタやnoteで、病気と向き合う方々の投稿を見て思った「頑張る」について語ります。本日の1話と1枚は「ウナギとうな蒲ちゃん」。
まだ死ねない、悔いなく生きたい。だから頑張る
病気、とりわけ余命を意識する病気や、一歩間違えば命が危うかったような病気を経験すると「まだ死にたくない!」「まだ死ねない!」と、多くの人が思いますよね。とくに年齢が若いほど。
ワタシは、乳がんの投稿用のインスタアカウントをもっています。また、noteでは乳がん経験者としての暮らしや思いなどを綴っていて、どちらも同病や近い病気の方を多くフォローし、閲覧しています。
その中で、辛い治療に耐えたり、リハビリに取り組んだり、食生活を変えたり、今まで躊躇していたことに挑戦したり。
病気と向き合いながら、今までと違う何かを頑張って生きる人たちの姿をたくさん見てきました。
「まだ死にたくない」「この子を残して死ねない」「できるだけ長く健康に生きたい」「悔いのない人生を送りたい」。
そうした切なる思いを胸に、治療や新しい挑戦に向かって頑張る姿にワタシも大いに励まされて、この1年半を過ごしてきました。
もう十分頑張った、もう頑張らない
一方で、病気になって辛い治療を乗り越えたり、後遺症や副作用を抱えながら生活する中で、もっと自分を大切にして生きていきたいという気持ちも沸いてくるのです。
評価を気にしたり、期待に応えようとしたり 、苦手な人・身勝手な人に振り回されたりしながら、頑張りという名の無理や我慢をするのではなく。
不要なものを手放し、やりたいこと、やること、関わる人を選んで心身ともに穏やかに健やかに生きていきたいという思いが強くなります。
だって、病気をすると健康の大切さはもちろんのこと、本当に大切なモノやコトやヒトが見えてくるから。
それまでは、みんな頑張ってるとか、こう思われたいとか、こう思われたくないとか。いろいろ考えて、ちゃんとする波、評価される波に必死で乗っていたけど。
ホントはこうしたい、こうありたい、もうやめたいに、もっと忠実でいいんじゃない?と、気づくわけです。
でも人って「しょうがないよね」って思える理由がないと、なかなか頑張らない自分を許してあげられないものです。
病気は、そんなマジメさんに「頑張るを手放す」「自分を許す」切符を、するっと手渡してくれるような気がします。
はい、頑張り列車から降りて降りて~と。
大きな病気を経験すると、いちばん大事なものが健康であることに気づきます。それを守ることがベースになると、自ずと優先順位も変わってくるんですよね。
そして、他人と比べることのくだらなさ、見栄を張ることの愚かさ、変な使命感で無理をすることのバカバカしさに気づき。
「病気になって気づいたの」という自他ともに通用する言い訳(理由)を手にして。
「頑張らない」を安心して受け入れる、堂々と表明することができるようになるんです。
50代で乳がんになったワタシの場合
20~40代のワタシは、仕事も遊びも子育ても、あれこれ全力投球。時期によって凸凹はありつつ、2割増しくらいで生きてきました。
でも、40代の終わり。更年期障害のピークがやってきて、疲れやすさやホットフラッシュ、手指のこわばり、心臓パクパクなどを経験。体の衰え、変化を如実に感じるようになりました。
それらがやわらぎ始めた頃、コロナ渦に突入。世の中は一変し、終息後は元に戻るというより、これまでとは違う時代が到来しました。
そして、この間にワタシは50代に突入。顎骨嚢胞が見つかって手術し、その手術で全身麻酔をするために降圧剤も飲み始めました(素では血圧170超えなの)。
その3年後、バセドウ病を発症し(治療継続中)、さらにその1年後。2025年2月に乳がんが見つかったのです。
この前後、体だけでなく、ワタシを取り巻く環境も大きく変わりました。
同居していた義父と実家の母は、50代突入の一歩手前で他界。一昨年の秋、介護していた犬も亡くなりました。お別れのさみしさと引き換えに、さまざまな責任から解放されました。
そして、コロナの緊急事態宣言が出たとき小学校だった娘は高校生に。手がかからなくなりました。
2割増しで全力疾走していたワタシは、今や2割減くらいのランニングモードで生きています。
年齢を重ねるにつれ、体だけでなく、記憶力や理解力、集中力も衰えが加速。
その現実と今までの自分とのギャップは大きくて、認めたくなかったし、周囲に失速しているように思われたくなくて。
少しずつ少しずつ手放しながらも、まだ頑張る自分がいました。
でも、ちょうど体の変化や環境の変化を実感する50代に乳がんという大きな病気を経験して。
力を抜いて今の自分に合ったスピードで歩くことに抵抗がなくなり、ある意味、楽になった気がします。
乳がんになってよかったなんて、これっぽっちも思えないけど。別の視点や長い目でみれば、乳がんはワタシを助けてくれたのかも。
つまり、こういうこと
整理します。
大きな病気を経験すると、ほんとに大事なものとそうでないものや優先順位が見えてくる
↓
自他ともに認める「頑張らなくていい」理由を手にし、「頑張る」に費やしていた時間や体力を、心置きなく堂々と減らすことができる
↓
そうして手に入れた時間や体力を、真に「頑張りたいこと」に振り分けられ、今の自分に合った暮らしを送ることができる
↓
日々の暮らしや心が穏やかになる。めでたし。
もちろん、大きい病気を経験したすべての人に当てはまるわけじゃないけれど。病気あるある話をしてみました。
おしまい。
本日の1枚と1話「国産ウナギとうな蒲ちゃん」
毎年、土用の丑の日は生協でウナギを買って食べます。ところが、今年の土用の丑の日は娘も食事不要、ワタシもナイトマルシェ出店で不在。
ということで、ウナギは翌日いただきました。

宍道湖のしじみ汁とともに
国産ウナギは、いいお値段なので、ちょっとサイズ小さめ。庶民のわが家は、それをカバーすべく「うな蒲ちゃん」をプラスしてます。えへへ。でも、これ以外と美味しいんですよー。
本文とは全く無関係です。悪しからず。
