「何の役にも立たない」と鍵をかけた欠片たちが、noteの街で最高の武器になるまで
学級新聞を作っていた子。
漫画を描いていた子。
人間観察ばかりしていた子。
「何の役にも立たない」と切り捨てたあの頃の私が、
今の私を支えてくれている。
子どものころの私は、空想好きでした。
イラストを書くのが好きで、
自分で考えたキャラクターを漫画の中で動かして遊んで。
友達のことを観察するのが常で、
「毎日いちばんに登校していた」
「保健室に行く友達に付き添っていた」
「教科書を忘れたときに見せてくれた」
そういう小さなことを、よく覚えていました。
学期の終わりに、
友達のいいところを手紙に書いて発表するときには、
全員分書いて。
作文を書くのも好きでした。
自分が感じたこと、面白いと思ったことを
原稿用紙何枚にも渡って自由に書いて。
小学校での係はもっぱら「新聞係」で、
毎月B4の紙に◯年◯組新聞と題して、
自分でコーナーを考えて貼り出していました。
そんなかけらたちを、私は
人生の途中で、「無駄」だと切り捨ててきました。
点数がつかない。
成績にも役立たない。
将来につながる保証もない。
こんなもの、何の役にも立たない。
漫画もイラストも、もっと上手い人がいる。
作文も、外から与えられたテーマで論理的に書く小論文は苦手。
それでは「強み」とは言えない。
どんどん自分に自信がなくなって、
好きな気持ちごと鍵をかけてしまって。
好きなものを信じられなくなった私は、
「安定した仕事につける人にならなきゃ」
そう思うようになりました。
そんな私が発信を始めたのは、
ほんの興味本位でした。
頭の中にある思考の70%くらいを、
言葉にしてみたい。
それくらいの気持ちだった。
でも、せっかく誰かに読んでもらうのだから、
何を届けたいのか。
どんな視点が役に立つのか。
そんなことを考えながら書いていく中で、
ふと気づいたんです。
あれ?これって新聞みたいだなって。
テーマを決めて、
読んだ人が少し面白くなったり、
何かを持ち帰れたりするように考える。
その感覚が、
昔の「新聞係」とよく似ているな、と。
「誰かに届けたい」
「伝えるって楽しい」
そんな気持ちは、忘れていただけで
ずっと前から私の中にありました。
その後、
アイキャッチイラストや
Kindleの表紙を自作したいと思いたったときにも、
絵を描いていた頃のワクワクする感覚が
自然と蘇ってきたんです。
切り捨てたはずのものたちが、
発信を始めた今、
少しずつ力を貸してくれている。
漫画を描いていたことも。
学級新聞を作っていたことも。
人間観察ばかりしていたことも。
全部、価値なんてないと思っていました。
もっと役に立つことを身につければよかった。
もっと評価されることを頑張ればよかった。
本気でそう思っていた。
でも発信を始めて、
気づいたことがあります。
役に立たないと思っていたものにも、
ちゃんと価値があった。
学級新聞を作っていた経験は、
記事の構成を考える力になりました。
人間観察ばかりしていた時間は、
人の気持ちや行動を言葉にする視点になりました。
漫画やイラストを描いていた経験は、
アイキャッチや表紙づくりで活きています。
どれも当時は、
「何の役にも立たない」と思っていたものばかり。
でも実際は、
ちゃんと価値があった。
私が、その価値の使い道を知らなかっただけでした。
もしあなたにも
「こんなもの何の役にも立たない」
そうやって鍵をかけてしまったものがあるなら、
それもいつか、
思いがけない場所で
あなたを助けてくれるんだと思います。
私も何か新しい才能を手に入れたわけじゃなくて、
ずっと前から持っていた欠片たちが、
ようやく力を発揮できる場所に出会えただけ。
発信は、置き去りにしてきた
あの頃の自分を思い出させてくれました。
今日も、“ちょうどいい”を探してる🪴
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