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コメントを書くとき、つい“自分語り”になってしまう件について

noteで素敵な記事を見つけた時、
あなたはどうしますか?

スキを押す。
マガジンに保存する。
コメントを書く。

私は、本当に胸に響いた記事に出会うと、
つい長々とコメントしてしまいます

そして後で気づくんです。

「相手は私の話、求めてなかったよな…」って。

こんなはずじゃなかった…事態に陥ることが多い。

私の爆弾をぶつけられて困らせてしまった方々、
本当にすみません…🙇‍♀️


なぜそんなことが起きるのか

ポイントは、無理にコメントしようとすると
自分の話が前に出てしまう
こと。

コメント欄って、本来
「記事を読んだ感想」を書く場所。

「共感しました!」
「気づきをありがとうございました!」

でも、毎回それでは定型文みたいで嫌なんですよね。

だから、もっと伝えたくなる。
「私はあなたの記事をちゃんと読んだよ、
すごく響いたよ」って。

その“もう一歩”が、自分語りにつながってしまう

「私もこんな時あったよ」
「そんな気持ちになる時、私もある」
「私もこうしていきたいな」

気づけば、文章の主語が“私”になってる。

もちろん、コメントは自由。
寄り添う必要もないし、
相手が欲しがっている言葉を当てにいく必要もない。

それでも、私はつくづく「下手だなぁ」と感じる時があります。


だったら、無理にコメントしなくていいんじゃない?

そう思うこともあります。

相手の気づきに反応せず、そっとしておく。
余韻に浸って終わる。
それなら、相手の世界を邪魔しない。

でも、どうしてもコメントしたくなる時があります。
共感というより、共鳴している時。

「あなたの視点、本当に素晴らしい!」

そんな記事に出会った時は、
やっぱり言葉を残したくなる。

だから、私の場合は
“深く反応した記事にだけコメントする”
くらいがちょうどいいのかもしれません。


中庸的な視点で見ると

私は今、暮らしの中に「中庸」を取り入れています。

中庸とは、
“自分にとっても、相手にとっても心地よい”
バランスを選んでいく
こと。

中庸的な視点で見ると、コメントは

  • 自分語りをする場ではなく

  • 相手の言葉を受け止める場

に切り替えると、
自然にちょうどいい距離感が生まれる気がします。

  • まず読むだけにする

  • 感想や共感を、いったん頭の中で整理する

  • 一言に絞る
     「素敵な視点ですね」「考えさせられました」

  • 無理に補足しない
     「自分も…」「私の場合は…」は今回は置いておく

こうすることで、コメントは
相手を邪魔せず、自分も安心できる場所になると思います。


おわりに

コメントって、距離の調整がむずかしい。
でもそのぶん、“その人らしさ”が出る場所でもありますよね。

自分語りが悪いわけじゃない。
ただ、場所を間違えると苦しくなることもあるから。

私は私のペースで、
ちょうどいい距離を探していこうと思います。

今日も、ちょうどいいを探してる🪴


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