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得意を伸ばすほうが、ずっと早かった

高校時代、仲のいい友達4人で作った勉強会で、僕はずっと「足を引っ張る子」だった。

数学が壊滅的に苦手で、みんなで同じ範囲を解いていても、一人だけ全然終わらない。友達に何度も同じところを聞き直しては、申し訳ない気持ちになった。「自分はこのグループに向いてないのかも」と何度も思った。

転機は、期末前に誰かが「教え合いにしよう」と言い出したことだった。数学は得意な子が教え、英語は僕が教える。人に教えるのも、質問にわかりやすく答えるのも初めてだったのに、教えた友達から「めちゃくちゃわかりやすい」と言われた。自分では意識していなかった得意なことに、他人の言葉で初めて気づいた瞬間だった。

そこから、勉強会のやり方がガラッと変わった。全員で同じ範囲を黙々と解く時間から、得意分野を教え合う時間へ。同じメンバーでやっているのに、まるで別のグループのように成果が出るようになった。数学でつまずくこともまだあったけれど、置いていかれる感覚はなくなった。むしろ「英語、また教えて」と頼まれることが増えた。学力が急に上がったわけではない。ただ、自分の力が生きる役割に立っただけだった。

この経験から思うのは、「適材適所」というのは会社や組織だけの話ではなく、勉強のような場でも同じだということだ。誰かにとっての「足を引っ張る存在」が、役割を変えた瞬間に「頼れる存在」になる。それは本人が急に賢くなったからではなく、担う役割が噛み合っていなかっただけのことが多い。

もちろん、苦手な数学から逃げたわけではない。むしろ、みんなで同じことに挑戦してみたからこそ、自分の得意・不得意がはっきり見えた。挑戦した上でどうしても差が縮まらないなら、それは努力不足ではなく、単純に得意・不得意の相性の問題だ。誰にでも得意なことと不得意なことがある。それは優劣ではなく、ただの個人差にすぎない。

だから今、うまくいかない場所にいる人に伝えたいのは、「向いてない」という結論を急がないでほしいということだ。挑戦してみた上でなお噛み合わないなら、それはまだ自分の役割に出会っていないだけかもしれない。歯車は、どんなに優秀でも違う機械にはまらない。逆にどんな歯車にも、ぴったり噛み合う機械が必ずどこかにある。

成長の仕方にも、苦手を克服するやり方と、得意を伸ばすやり方がある。あの勉強会をきっかけに、僕たちは後者を選んだ。全員が全教科を平均点まで引き上げようと頑張るより、それぞれの得意を教え合うほうが、グループ全体としてずっと早く結果につながった。適材適所とは、結局のところ、自分の得意を最大限に活かせる役割を見つけるということでもある。

適材適所とは、優劣の話ではなく、相性の話だ。自分がダメなのではなく、まだ役割が違うだけ。そう考えられるようになってから、僕は自分にも他人にも、少しだけ優しくなれた気がしている。

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