「食権力」という概念でナチスドイツとイスラエル、さらに西欧植民地主義の根源的問題を貫く意欲的論考~藤原辰史『食権力の現代史:ナチス「飢餓計画」とその水脈』(人文書院)

今月出たばかりの著者最新刊を早速私も読んでみた。著者は京都大学大学院修了後に同大学助手などを経て、現在は京都大学人文科学研究所教授。専門は農業史・環境史。私はこれまで著者による『ナチス・ドイツの有機農業:「自然との共生」が生んだ「民族の絶滅」』や『ナチスのキッチン:「食べること」の環境史』を読んで多くを学び、また各種シンポジウムやネットプログラムでの彼の発言などからも多くの啓発を受けてきたが、本著もこれまでの研究成果に現在のパレスチナ情勢などを踏まえた最新の知見も取り入れた、非常に意欲的で挑戦的な論考だった。
著者は序章を米国の文化人類学者:マーシャル・サーリンズの著書「石器時代の経済学」にある「(現代という)最大の技術力を持っているこの時代に、飢餓が一つの制度となっている」という言葉の引用(原語のinstitutionを著者は本著では「制度」ではなく「施設」と訳しているが、言わんとすることは同じである)から始める。そして第一次世界大戦期にさかのぼって、当時の英国によるドイツ海上封鎖や国内での食糧配給失敗などによるドイツでの大飢饉発生~その飢餓の記憶と恐怖からのナチ党政権掌握後の東欧圏への「生存圏」獲得の強烈な意志と目論見~ウクライナを始めとした「チェルノーゼム」と言われる肥沃な「黒土地帯」を占領し、そこにドイツ人を「植民」し、現地住民(ロシア人・ウクライナ人・ユダヤ人など)を飢餓化あるいは奴隷化させる企て・・・スラヴ民族3000万人の飢餓による抹殺という「史上最大の殺人計画」=所謂「バルバロッサ作戦」について、その計画立案から実行まで、豊富な史料を駆使しながら詳細に論じられていく。また著者は、これまでナチスドイツがユダヤ民族抹殺を目指した「ホロコースト」があまりに前景化されすぎて、この東欧での「膨大な飢餓殺人計画」に焦点が当てられてこなかったことの意味を再三にわたって力説する。
また、1930年代前半のソ連スターリン政権によるウクライナを中心とした穀倉地帯での農業集団化失敗と輸出による外貨獲得のための穀物強制徴収がもたらした「ホロドモール」~当時の飢饉による餓死者は諸説あるが300万人あるいはそれ以上とも言われる。
そして20世紀前半から、あるいはそれ以前からの「穀物メジャー」と言われる巨大穀物商社やモンサント(現在は独バイエル社により買収・吸収)などバイオ企業の台頭・急成長と世界の穀物市場独占。それら巨大企業による「穀物の投機的取引」による価格高騰と、世界各地で古来から続けられてきた在来種を主とした農法から、「収穫量の高い」バイオ企業からの新種農業への転換誘導と半強制。そしてそこには高額な種苗・肥料購入が紐付けられていて、結局、農業自体も「グローバルアグリビジネス」の支配下に置かれる状況。
また、20世紀前半のナチスドイツによる究極の蛮行やスターリンのソ連で起きた悲劇は、そのまま現在のイスラエルによるパレスチナ弾圧に繋がっていく。「土地なき民に、民なき土地を」というシオニズム運動のスローガンがナチス東欧植民政策と見事に共鳴するアイロニー。そこに「民はいる(いた)」のだ。パレスチナは断じて「民なき土地」だったわけではない。パレスチナ人の土地を強奪し、ガザ・ヨルダン川西岸地区という狭い地区に押し込め、さらにそこでの水利権を奪い、漁業権を奪い、貿易権を奪い、生殺与奪の実権をほぼ全てイスラエルに握られた状態のパレスチナ人。まさにイスラエルという国家による「食権力」を最大限駆使した「奴隷化&抹殺」計画がそこにある。
私はこの中で、イスラエルに移住したユダヤ人女性が、政府によって与えられた(元々パレスチナ人が暮らしていた)住居に初めて入った時の食卓テーブルやその上の皿などを目にしたときの「葛藤」の様子がとりわけ印象的だった。その住居を奪われ出て行ったパレスチナ人の「生活の跡」がそこにはまざまざと残されていて、その住居の様子はかつてユダヤ人たちが欧州各国から迫害を逃れて出て行った時と「同じ」だったからだ。同様の思いは、この著書によると、ロシア帝国キエフで生まれポグロムを逃れて米国に移住~その後シオニズム運動に加わりイスラエルに渡ってキブツなどでの生活を経てやがてイスラエル首相に登り詰めたゴルダ・メイアも抱いた経験を持つ。しかし、彼女がそれでイスラエルによる「植民政策と言う名の土地収奪政策」を止めることはなかった。
著者がこの論考を通して最も強調しているのは、戦争などでの武器による殺害や強制収容所での大量虐殺のように『分かりやすい殺人』ではないが、「食権力」という人々の生殺与奪の実権を握る世界のほんの一部の権力者(政権中枢・巨大企業など)によって、「普通の人々」の人生がいかに蹂躙されているか、あるいは蹂躙されてきたか~ということだ。そしてその「食権力」の最悪の行使が現在のパレスチナ・ガザ地区で今この瞬間も続けられている。我々は、その意味をこの著作を読むことで改めて深く認識することができるし、「世界史的な大きな視点で」現代社会に向き合うことができるだろう。
最後に「あとがき」で著者は本著執筆にあたり多くの研究者にお世話になったことに謝辞を述べながら、特に早尾貴紀氏の名前を挙げてその助言・批判に感謝する旨を述べている。そういう意味では、本著はドイツ現代史研究者とパレスチナ問題研究者の「幸福な邂逅」がもたらした成果、なのかも知れない。いずれにしろ、非常に優れた濃密な論考だった。一読をおすすめする。
<付記>私は先日、論壇誌「地平」10月号巻頭に掲載された藤原辰史氏による「小論考(コラム)」についてFB上で多少批判したが、「あれはあれ、これはこれ」だ。優秀な研究者から学ぶことも多いが、しかし批判すべきときには遠慮なく批判する。あまりに当然のことだろう。
