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自分にとって絵とはなんだろう?

絵とは、感情を現すもの。


それは多分間違いない。


だけども、感情自体が余り沸かなかったり

忙しくて、感受性が乏しい時に描けなかったりする。


 人生が充実していると、描きたくなる意欲に駆られるが。

人生がしぼんでいるとか、作業的になっていると、描きたい気持ちがなくなってくる。


何かしなきゃいけない。

習慣化しようと思う。

効率よく行きたい。

お金が必要。

夢に向かって動く。


そういう感じで、今を生きていない思考になっていると絵が描けなくなってくる。

絵が描けないから、余計に描こうとして、焦ると、余計に描けなくなってくる。

そこで無理やり描いても、ただただ、絵を描かなきゃいけない疲弊した作業的な絵が出来上がるだけで、何も魅力を持たない絵になる。

練習は練習として、割り切って、毎日、自画像を10分だけ描いているが、気持ちが乗らない時は、全く手が進まない。

進まないというより、無理やり頭で動かしている感じだ。


逆に調子の良い時は、ここを強調したいとか、この色をどんどん置いていきたいというのが湧き出てくる感じだ。

そして、色を置いていくと連鎖的に、次の色を置いていきたくなる感じだ。


後、これを書いていて思ったのは、線や形には、描いている途中で、気になったりしないという感じがある。

後から、モチーフと比べて、形や大きさが違うなーとは思うけども。

形や大きさが違ったからと言って、自分の中では違和感なく進んでしまっている様だ。

 ただ、流石に、逆遠近法の様な、普通とは違う現象が起こっている絵だとオカシイと思うくらいはありそうだけれども。

 速く直観で描いていく様な練習ではそういうのは気にしなかったりするし、後から写真でその辺りは気にしたりはする。

だけども、形を気にしすぎて細部に囚われて、大きな形や雰囲気を壊しかねないので、その辺りの形との距離感は、あえて大雑把にみている。


ただ、それよりも、明暗の具合や、メインと背景との色の関係性、質感がより出ているかどうか?その辺りをより見てはいる。

その辺りが雰囲気が出るのに大切と思っている。


そしてどうすれば、絵を描いて自分は満たされるのだろうか?

 いや?描くという感じではいけないのかもしれない。


 絵は自分に対してどの様に導びいているのだろうか?

そう表現する方が正しい気がする。

自分が描いているのでは、ない。


絵に描かされているのだと思う。

その導きには、何か意味合いが込められている気がする。

それは、本当に自分の心と向き合っているのかどうか?

 何か未来に対して下心や計算がある様な。

 または過去の負債を返そうとして取り返す様な。

要するに、今の気持ちを優先して生きているのだろうか?


計画も習慣も本来はいらないのかもしれない。

ただ弱いから、その様な補助線を引いているだけなのに、いつの間にか自分を押し込める金型になってしまったのではないか?

もう少し自分の感覚を信じてあげようじゃないか。

もう少し、自分の感受性を信じてあげてもいいじゃないか。


頑張った先には、より頑張る未来しかない。

心に寄り添う未来には、より心に寄り添う未来が見える。


頑張ってお金がある人生より。

お金がなくても、今あるものを大切に幸せをより感じられる人生を歩もうじゃないか。


そうしていけば、自ずと、感情がより膨らんでいく様になるはずだ。

 感情が膨れ上がっていけば、見え方が変わって、感謝出来るようになり、絵が描きたくなると思うんだよね。

 そうなるように、明日から、いや?今からどう過ごしていこうかな?


そう、自分にとって絵というのは、


幸せを感じ取れるかどうか?


その判断材料になるものなんじゃないかな?

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