60代からゆっくり歩く旧街道歩き 旧日光街道 9 間々田宿から小山宿
2023年2月4日
小山市立車屋美術館の見学
前回訪ねられなかった、小山市立小山市立車屋美術館から。ここは江戸時代から続く肥料問屋「車屋」を営んだ小川家の旧住宅を改装した美術館です。明治45年(1912年)に建てられた建物で、2階には漆喰天井の洋間もあり、当時の豪華な住宅様式を感じられます。
逢の榎(あいのえのき)と琴平神社の歴史
美術館見学後、日光街道に戻り「逢の榎」へ。ここは江戸と日光の中間地点にあり、かつて「間の榎」と呼ばれていたことが名前の由来です。近くの琴平神社境内にある手水石には、文化15年(1818年)の刻印が残っています。
龍昌寺
龍昌寺は、三代将軍徳川家光の亡骸が日光山輪王寺へ移送される際に仮安置された場所です。寺院内ある碑には「家光公」および戒名「大猷院」の文字が書かれています。本尊は「寝起不動」と呼ばれる赤いお堂です。
間々田宿の伝統工芸
間々田宿では、刀の下げ緒や甲冑に使われた組紐「間々田ひも」が無形文化財に指定されています。問屋場や本陣は現在は残っておらず、説明板のみで少し残念でした。
間々田八幡宮
間々田八幡宮は、街道沿いの一の鳥居から続く長い参道があります。境内には源頼朝が手植えしたと伝わる松があり、本殿は日光東照宮の大修理を手掛けた宮大工によって再建されました。
浄光院・行泉寺と千駄塚古墳
街道沿いの浄光院を参拝後、間々田宿の日光口にあたる行泉寺へ。さらに千駄塚古墳標から浅間神社参道を通り、古墳を訪問しました。浅間神社は古墳の上に建てられていますが、地震による損傷が激しく修理がされていません。
西堀酒造と幕末の尊攘思想家訥庵ゆかりの地
西堀酒造には国登録有形文化財に指定された酒蔵があります。近隣には幕末の尊攘思想家・訥庵が婿入りした大橋家旧居跡とされる敷地もあります。
安房神社と小山市保存木ムクノキの現状
平安時代から続く安房神社を通りました。かつての保存木であったムクノキは伐採され、現在はコンビニ駐車場の一角に切り株が残るのみですが、その大きさから往時の姿が偲ばれます。
持宝寺・須賀神社
天満宮を経て持宝寺へ行きました。立派な鐘楼があり、徳川吉宗の日光社参の休息所として知られています。須賀神社は徳川家康が関ヶ原の戦勝祈願をした神社で、二の鳥居近くには「小山評定」の碑が建っています。神社前の通りは「小山評定通り」と名付けられています。
現聲時と妙建寺
須賀神社の近くには、小山氏の開祖・藤原秀郷が創建した時宗の現聲時があります。山号は「秀郷山」で、一遍上人が4度立ち寄りました。妙建寺は本堂の格天井に百人一首が描かれていますが、訪問時は工事中で見学できませんでした。
小山宿の本陣・脇本陣跡と問屋場
小山宿の若松脇本陣跡では唐破風の玄関が一部見えました。本陣は「あまのや」付近にあり、控えの脇本陣も隣接しています。控え本陣の奥には常光寺があります。問屋場は現在の常陽銀行あたりにありました。
小山御殿広場と小山評定
小山市役所横の小山御殿広場には「小山評定」の碑があり、石田三成の挙兵を受けて光成討伐の軍議がここで行われました。
小山城址と元須賀神社
少し足を伸ばして小山城址へ行ってみました。小山氏の居城で、曲輪跡は公園として整備されていますが、そのため城の全容はわかりにくくなっています。元須賀神社は小山宿の日光口(北口)にあり、須賀神社の旧地とされています。
光照寺
最後に光照寺に立ち寄りました。ここには日限地蔵尊と一遍上人像があります。
小山駅から帰途につきました。


