見出し画像

100メートルダッシュ

わたしは、中学時代、陸上部に所属していました。

短距離走は、そんなに早くはなかったのですが、長距離走は、それなりに走れたので、長距離選手として練習していました。

部活動は、男の先生二人が担当していましたが、中学校から離れたグランドを使っていたため、あまり見掛けませんでした。

代わりに、ジュニア陸上(小学生の陸上)を教えている男の先生が、たまに指導にやってきました。

一年生のときは、男女別々の練習だったと思いますが、この先生の提案でしょうか…二年生のころから男女一緒のメニューで練習するようになりました。

この先生の練習プログラムは、当時の最新のスポーツ科学を取り入れた徹底したものだったように記憶しています。

練習プログラムは、こうです。

まずは、軽いジョギング、トラック2周400mを走ります。

そのときも、
その先生の指導で、途中に腿上げをしたり、体を左右にひねったりする動きを加えながら走るように、変更されました。

その後、体操をします。

体操もただの体操から、当時では目新しいストレッチを取り入れた体操に変更されました。

体をほぐしたら、本練習です。

どういう走力を鍛えるかを説明してから、練習に移っていたように思います。

また、短距離選手と長距離選手で練習内容を変えるときもありました。

例えば、
長距離選手は、中距離の走力を鍛える目的で、200m×10本。

200mを自分が設定した時間で走ることで1本とし、200メートルジョギングを間に入れる。

その横で、短距離選手は、別メニューで走っていました。

本練習が終わったら、トラックをまた
2周し、軽いストレッチをして終了…
だったと思います。


ある夏の暑い日の練習のときです。

その日、先生は、100m×20本を部員全員に課しました。

やり方は、こうです。

直線100mを全力ダッシュで走り抜けます。そのあと、ジョギングで、スタート位置に戻ります。そしてまた
100mをダッシュするという練習内容でした。

短距離の走力を付けるとともに、持久力も付けるという目的だったと思います。

でも、これが、地獄でした…

100mダッシュする度に、徐々に体力が失われていき…

そこに、暑さが追い打ちを掛けました。

男子も女子も、みんな汗だくで走りました。

当時は、スポーツを始めたら、水を飲むという行為が許されておらず、練習が終わるまで、水は、飲めませんでした。

そこは、昭和のスポ根精神ですね…

10本を過ぎた辺りから、女子の様子がおかしくなりました。

フラフラと倒れ込む者、

泣き出す者が出てきました。

叱咤激励していた先生は、やむなく、女子部員の棄権を許しました。


わたしも、汗が吹き出して、そのうち辛くて辛くて、涙も流れて…

あんなに、苦しい練習はしたことがありません…

それでも、最後まで走り切りました。

当時の自分に、拍手したい気持ちです。


同じ高校に進んだ陸上部員から、「陸上部に入らないの?」

と聞かれましたが…
いやいやと首を振って答えていました。

逆に、よく陸上部に入る気になったもんだ!…と

炎天下のトラックを走る…


もう二度とあんな苦しい目には、会いたくありませんから。



#言葉の庭

いいなと思ったら応援しよう!

山野すみれ いつも読んでくださり、ありがとうございます。いただいたチップは、本代や取材、創作活動の励みにさせていただきます。これからも日々の小さな発見を綴っていきます。