見出し画像

映画『花様年華』を観て。

「わかった?」  
「こんなんだっけ」  
「でもトニー・レオン、カッコよかった」  
「昔観たけど全然覚え…」

上映が終わって扉が開き、観客がぞろぞろと出ていくとき、  
あちこちからそんな会話が聞こえてきました。

そう、わたしも全然わからなかった。  

若い頃にウォン・カーウァイの映画を観ても、
映画史に残るような名シーンはたくさんあるのに、物語の流れについていけず、置いてきぼりになったような気分になってしまう。

『花様年華』は、
ジャーナリストのチャウ(トニー・レオン)と、  
商社で秘書として働くスー(マギー・チャン)。  
それぞれの夫婦が、偶然にも同じ日に、  
同じ階の隣同士に引っ越してくる。

チャウの妻とスーの夫は仕事で家を空けがちで、  
二人はそれぞれに孤独を抱えていた。  
やがて、自分の妻/夫が不倫していることに気づき始める。  
傷ついたチャウとスーは、  
互いに慰め合うように、少しずつ時間を共にするようになる……というストーリーです。

観終わったあとに残ったのは、  
トニー・レオンの静かな色気と、  
マギー・チャンの美しさでした。  
結局のところ、  
それがこの映画のいちばんの感想なのだと思いました。

ただそれだけの話なのに退屈にならず、  
ふたりの感情や喪失感が、なぜかこちらにも伝わってくる。

それはなんなんだろうと、家までの帰り道に考えてみました。

冒頭、孤独なふたりは、  
夜になると地下の中華食堂へ向かう。  
チャウはひとりで食事をし、  
スーは夕食を買いに行く。  
地下へ続く階段で、ふたりはすれ違う。  
そのとき交わす視線は、  
互いの孤独を知ってしまったような、  
どこか居心地の悪さと惹かれ合う何かを感じてしまう。

この映画でわたしが面白いと思ったのは、  
無数の小さなエピソードの積み重ねの中で、  
役者たちの目線やしぐさ、服装の色や質感、  
裏腹な会話から、ふたりの変化を感じられるところです。

喫茶店での会話、
レストランでの食事、  
大家たちが集まる麻雀の場、  
秘密を共有するために訪れるホテル、  
大雨のなかで雨宿りする路地。

そうした場所や道具、そのとき流れる音楽が、  
ときにはふたりの気持ちを代弁しているようにも感じます。

それはまるで、  
映像を通して小説を読んでいるような感じでした。

エピソードの積み重ねとともに、  
ふたりの感情も少しずつ重なっていく。  
そして映画が終わるころには、  
その余韻が観客のこころにも静かに残っていた。

だから、  
ふたりがよりいっそう美しく感じられたのかもしれません。

でもほんとのところは全然わかりません。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集