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コンビニの明かりと、役に立たない夜

夜の十一時。
郊外のコンビニは、昼よりも人の輪郭がはっきりする。

佐藤は、牛乳と缶コーヒーを手にレジに並んでいた。
仕事帰り。営業職。数字に追われる毎日。
今日は一件も決まらなかった。

レジの若い店員が、ぎこちない手つきでバーコードを通す。
少し遅い。袋詰めも不器用だ。

後ろに並ぶ人が、わずかにため息をついた。

佐藤は、ふと自分の中にある言葉を思い出す。

「役に立たないやつだな」

その言葉は、かつて上司に言われたものでもあり、
いつの間にか、自分が誰かに向けている言葉でもあった。

だが今日は、なぜか口に出なかった。

店員の手が震えているのに気づいたからだ。



「大丈夫ですよ、ゆっくりで」

気づけば、そう言っていた。

店員は一瞬、驚いた顔をして、
小さく「すみません」と言った。

その声は、ほっとしたようにも聞こえた。



店を出ると、春の夜風が少し冷たかった。

佐藤は思う。

(今の、何の役に立ったんだろうな)

売上が上がったわけでもない。
誰かに評価されるわけでもない。
記録にも残らない。

ただ、ほんの一言だ。



帰り道、街灯の下を歩きながら、
佐藤は今日一日のことを振り返る。

朝から動いて、断られて、頭を下げて、
結局ゼロ。

会社にとっては「役に立たない一日」だ。

その事実が、胸に重く残っている。



家に着くと、妻はもう寝ていた。
テーブルの上に、ラップのかかった夕飯が置いてある。

「おつかれさま」と書かれたメモ。

たったそれだけなのに、
少しだけ力が抜けた。



レンジで温めながら、佐藤はぼんやり考える。

自分は、役に立っているのか。

会社には?
家族には?
社会には?

答えは、すぐには出ない。



食事を終え、ソファに座る。
テレビはつけない。

静かな時間が流れる。

昔の自分なら、この時間に耐えられなかった。
何かしなければ。
成果を出さなければ。
無駄な時間を過ごしてはいけない。

そう思っていた。



でも今日は、違った。

ただ座っているだけの時間を、
少しだけそのままにしてみた。

何も生まれない時間。
何の役にも立たない時間。

それでも、不思議と不安は暴れなかった。



ふと、コンビニの店員の顔が浮かぶ。

あの一言は、役に立ったのだろうか。

わからない。

でも、あのとき店員は少しだけ安心した顔をしていた。

それだけは確かだ。



(役に立つって、こういうことかもしれないな)

誰かの時間を、ほんの少し軽くする。
誰かの緊張を、ほんの少しゆるめる。

大きなことじゃなくていい。

記録に残らなくていい。



そして、もうひとつ気づく。

今日の自分は、
「何もしていない時間」にも耐えられた。

それは、少し前の自分にはできなかったことだ。



役に立たない時間が、
自分を壊さずに守っていたのかもしれない。

止まらないことで、
むしろ自分を追い詰めていたのかもしれない。



深夜。
窓の外に、まだコンビニの明かりが見える。

誰かが働き、誰かが買い物をし、
誰かが何も考えずに立ち寄る場所。

そこには、数えられない小さなやりとりがある。

役に立ったかどうかもわからない、
小さな言葉や、表情や、間。



でも、たぶん。

そういうものが積み重なって、
人はなんとか一日を終えている。



佐藤は電気を消す。

今日は、何も成し遂げていないかもしれない。

でも、完全に無価値な一日だったとは、
もう思わなかった。



布団に入ると、
体の力がゆっくり抜けていく。



何も生まない日にも、
自分は消えていない。



その静かな事実だけが、
夜の底で、確かに残っていた。




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