一輪のダリアがくれたもの
仕事帰りに立ち寄ったスーパーで、とても可愛いダリアを見つけた。
最近はエコキュートやエアコンの買い替え問題もあり、節約モード。
それでもどうしても欲しくなって、一輪だけ買って帰った。
帰宅して、一輪挿しに生ける。
ゴキゲンです。
たった一輪の花で、こんなにも気持ちが満たされる。
私は草木や花が好きだ。
見ているだけで元気をもらえるから。
花は本当に不思議だ。
どうしてこんなに美しい色になるのだろう。
草木も同じ。
暑い日も寒い日も、黙ってその場所で力強く季節を越えていく。
人間は食べなければ生きていけないし、ストレスで心も弱る。
だから私は、ときどき花や草木を眺めて、少しだけ力を分けてもらっている。
きっと多くの人も、無意識に同じことをしているのではないだろうか。
疲れを感じたとき、
「海を見に行こう」
「森林浴をしよう」
というような感じに。
花を眺めていると、同僚に
「病んでるの?」
と冗談で聞かれることがある。
でも違うのだ。
私は草木や花を崇め、今日も静かに元気をもらっている。
花や木々が、ただそこにあるだけで心を和ませてくれるように、ラブちゃんも、ただ元気にいてくれるだけで、私は幸せだ。
ラブちゃんを草木と同列にする訳では無いが、
「ただ、元気に居てくれるだけ」
で幸せなのだ。
これは、ラブちゃんが障がい児だからではない。
私は、人は存在しているだけで意味があり、それぞれの役割があるのだと思っている。
よく親が、
「宿題して偉いね」
「テスト頑張ったからご褒美よ」
と、条件付きで褒めることが多い。
私もそうだった。
それが当たり前だった。
けれど、人によってはその習慣が、
「何もしてない自分は価値がない」
という認識に変わることがある。
親を責めているわけではないが、私も認めてもらえるようにいつも頑張っていた。
けど、うつになったことや、ラブちゃんの存在によって学ぶことができた。
「何もしなくても、存在自体がありがたい」
ということ。
ラブちゃんが存在していることで、学ぶことが沢山ある。
例えば、
戦争や民族争いのない日本に生まれたことに感謝だ。
彼女が生まれたことで、海外の暮らし、特に発展途上国に目を向けるようになった。
日本ではラブちゃんのような障がい児でも、医療、福祉を受けることができ、暮らしていけることはありがたい。
不満はゼロではないが、謙虚でいられる。
私はダリアを見るたびに、そのことを思い出す。
「何かを成し遂げる前に、まず存在していることに感謝する。」
私はそこから始めたい、と思う。
この曲の「未来は自分で描いていける」というような温かな空気が、ダリアを眺めながら感じた気持ちと重なりました。
よかったら、記事の余韻と一緒に聴いてみてください。
A Million Dreams(The Greatest Showmanより)

