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【2020sアルバム】dexter in the newsagent「Time Flies」(2025)

作品情報
タイトル:Time Flies
アーティスト名:dexter in the newsagent
リリース日:2025/11/07

「Album Portraits in Sound」

過ぎ去る季節の片隅で、僕たちは時間を愛おしむ「Time Flies」が紡ぐ、静かな対話の記録

時間の流れというものは、私たちが捕まえようと手を伸ばした瞬間に、指の隙間からこぼれ落ちてしまう砂のようです。日常のふとした瞬間に漂う空気、何気なく通り過ぎる街の風景、そして胸の奥にそっと沈殿していくささやかな記憶。
dexter in the newsagent(デクスター・イン・ザ・ニュースエージェント)が2025年にリリースした『Time Flies』は、そんな「移ろいゆく時間」にそっと耳を澄ませたような、叙情的な響きをもった作品です。
音楽を聴くという行為が、時代や自身の過去との対話になるとすれば、今作はそのための穏やかな空間を提供してくれます。派手な音像や過度な主張で聴き手を圧倒するのではなく、隣にそっと座り、同じ景色を見つめながら語りかけるような柔らかな手触り。ここには、加速し続ける現代社会の中で私たちが失いかけている「立ち止まるための時間」が、丁寧に編み込まれています。
アルバムを再生してまず心に広がるのは、セピア色の写真を開いた時のような、どこか懐かしくも少し寂しげな温度感です。『Time Flies』というタイトルの通り、テーマの核にあるのは、時間の不可逆性と一瞬の愛おしさ、そして大人の入り口で誰もが経験する迷いや切なさです。
しかし、この作品が描く「時間」は、単なる過去への感傷やノスタルジーにとどまりません。刻一刻と変化していく世界の中で、自身の中に芽生える孤独や変化への戸惑い、そして日常の隙間にひっそりと存在する美しい瞬間を取りこぼさずに掬い取ろうとする、誠実なまなざしが感じられます。全体を通して漂うのは、寂しさを否定するのではなく、その寂しさを優しく受け入れるような温もりです。聴き進めるうちに、自分自身の記憶の奥底にある風景と彼女の歌声がいつの間にか重なり合い、胸の深いところが静かに揺さぶられるのを感じるでしょう。

アルバム構成・フロー
アルバム全体の展開は、短編小説をめくっていくかのように、自然で滑らかなフローを持っています。
オープニングから提示されるのは、穏やかな空気感です。序盤では、日常のざわめきを思わせる電子音とアコースティックな響きや親しみやすいメロディが中心となり、聴き手を緩やかに作品の世界へと引き込んでいきます。中盤へと差し掛かるにつれ、サウンドのレイヤーは静かに深みを増し、夜の静寂や自問自答の時間を思わせる内省的なトーンへとグラデーションのように変化していきます。
過度にドラマチックな展開を強いるのではなく、感情の波が自然に寄せては返していくような構成になっており、最後の曲が終わった時、聴き手の心には静かな余韻と、どこか晴れやかな心地よさが残ります。
リリックのテーマとメッセージ
語られる言葉たちは、部屋の片隅で感じた小さな孤独、誰かとの距離感に対する戸惑い、窓から見える季節の移り変わりといった、誰もが人生のどこかで経験したことのある「ありふれた一コマ」が丁寧に拾い上げられています。
言葉の行間から滲み出るのは、「完璧ではない自分や日常をそのまま受け入れる」という姿勢です。
時間が過ぎ去っていくことへの焦りや、過去の選択に対する小さな後悔。そうした胸の内に抱える割り切れない感情に対して、強引な答えを出すのではなく、「それでいいの」と静かに寄り添ってくれるような優しさが宿っています。
「時間は過ぎ去ってしまうけれど、私たちが確かにそこで感じた想いや、誰かと分け合った温もりは消えない」というメッセージは、押しつけがましさを一切感じさせず、聴く人それぞれの人生の記憶へとそっと寄り添うように響きます。
アーティストの姿勢・コンセプト
「dexter in the newsagent(街の新聞売店にいるデクスター)」という名義が象徴するように、彼女の立ち位置は常に「街の日常の風景の中にある、静かな観察者」です。ベッドルームという極めて私的な空間から世界に向けて音を送り出してきた彼女だからこそ持てる、親密で飾らない視点が作品全体のコンセプトを支えています。
主役としてスポットライトの中心で誇示することよりも、日常の片隅で通り過ぎる人々の営みや時代の移ろいをそっと見守り、音楽を通じて聴き手との間に静かな対話の場を作ること。トレンドを追いかけることよりも、自分自身の素直な感情と手触りのある表現を紡ぐこと。そうした誠実な姿勢が、アルバムの端々から感じ取れます。
作り手の自我が前面に出すぎないからこそ、聴き手は自分の感情や物語をこの音楽の中に自由にあずけることができます。
サウンド・プロダクション
サウンド面における特徴は、DIYな温もりを感じさせる質感と、空間を活かした音作りです。
過度に加工された完璧な音ではなく、アコースティックギターの弦が擦れる音やシンセのやわらかな音、声の息遣いといった「人間の温度」を感じさせる要素が大切に残されています。それらの音が、まるで部屋の空気をそのまま録音したかのようにナチュラルな響きで配置されており、非常に親密で心地よい聴感を生み出しています。
派手な装飾に頼らず、旋律の美しさと響きのニュアンスだけで情景を描き出す手腕には、確かな美意識が光っています。
ジャンル的文脈(他アーティストや時代との比較)
ジャンルという枠組みで語るならば、ベッドルーム・ポップやUK R&B、フォークなどの要素が溶け合った現代的なDIYポップスに位置づけることができます。
アコースティックな手触りと親密な歌声は、70年代のシンガーソングライターの伝統を思わせる一方で、ルーツにあるUK R&B的なビート感やローファイな質感は、現代のベッドルーム・ポップシーンを象徴するアーティストたちの佇まいとも共鳴します。
往年のオーガニックな響きをベースにしながらも、現代の若者が抱く特有の空気感や距離感が保たれており、古典的な温もりと現代的な感性が実に自然なバランスで融合しています。
社会的・文化的文脈(政治、時代、社会運動などとの関係)
現代社会は、あらゆるものが高速化し、短時間で効率的に消費されることが求められる時代です。SNSのタイムラインは絶え間なく更新され、人々は常に新しい情報や刺激に追い立てられています。
このような「加速する時代」において、2025年に世に出された『Time Flies』が提示する「静けさ」や「ゆったりとした時間の流れ」は、大きな意味を持っています。政治的なメッセージや急進的な主張を直接口にするわけではありません。しかし、効率や速度ばかりが重視される社会の中で、あえて「立ち止まり、過ぎ去る時間を慈しむ」という選択を提示すること自体が、ある種の静かな抵抗であり、現代人の疲れた心に対する救いとなっています。
街の小さな新聞売店(newsagent)が、情報の洪水の中で人々がふと足を止める場所であるように、この作品もまた、過剰な情報と速度にさらされた私たちに「本来の自分を取り戻すための時間」を与えてくれています。

『Time Flies』は、流れる時間の中で誰もが通り過ぎてしまう微小な感情や風景を、宝石のようにそっと輝かせた作品です。
静かでありながら深く胸に染み入るサウンドと、誠実な語り口。効率と速度に追われる日々に少しだけ疲れた時、このアルバムを開けば、そこにはいつでも変わらない温かな時間が待っています。

引用

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