見出し画像

【鶴亀杯】みんなの俳句大会は、俳句道選手権ではございません(ノシ*`ω´*)ノシ


06/25の投句開始が近づいてきた鶴亀杯。今回オイラは俳句大会の審査員を務めます。前回の宇宙杯で大賞取って調子乗ってんのか。それも3%くらいあります。あるんかい。

今まで企画運営のお誘いは全てお断りさせて頂いてきたオイラ(すんません)。常にお気楽な一参加者でいたい、我儘なオイラ。今回審査員を受諾した理由や経緯は様々にありますが、内情をベラベラと喋るべきではないのでここでは割愛します○┓


何偉そうにナンバリングしちゃってんだよ

参加者のみなしゃまに、審査員としてオイラが伝えたいことは3つです。
①みんなの俳句大会は、俳句道選手権ではないからね
②俳句のべからずルールに囚われ過ぎないでね
③他人の評価への恐れを手放してね

「前回大賞を取ったからって、随分エラそうだなコイツ・・・」と自分にツッコミたくなる気持ちを抑えて続けます٩(๑•̀ω•́๑)۶


みんなの俳句大会は、オールカマーのお祭りでございます。ゴリゴリの手練れの方々の句を見たりすると、「自分が参加して良いのかな・・・」とか「こんなん出して恥ずかしくないかな・・・」って思うかも知れません。


いいの!関係ないそんなの!他者は他者!
鶴亀杯は、俳句道選手権ではないのだ(ノシ*`ω´*)ノシ

「そりゃお前は大賞取って余裕の立場だからそんなこと言えるんだよ・・・」って自分にツッコミたくなる気持ちを抑えて続けます(*✪д✪*)


審査員のお一人であるriraしゃんが、今朝の記事で良いこと書いてました。

投票も審査も「つながる、とどける」の想いを基盤に作られたものです。結果としての勝敗はあれど、私たちは勝つために創作しているわけじゃない。「作ることは楽しい」「届くのは嬉しい」繋がればもっと楽しい場所になる。そんな気持ちをこの大会に関わる多くの人たちの中の生み出すことができたらと思っています。

【鶴亀杯】つくる、つながる〜私なりの企画意義【6月25日0時スタート】記事より


riraしゃんの本意を曲解されたくないので、ちょいと補足。参加者の中には、ガチで勝ちにいく方もいらっしゃいます。そういう方を否定しているわけではありません。それが、その方の一番のみん俳の楽しみ方というだけです。勿論大会である以上、レギュレーションはあります。それを守りさえすれば、あとの楽しみ方は百人百様で良いと思っております(・・・で合ってるよねriraしゃん笑)


まあね。審査があって、予選・決勝がある以上、もちろん選ばれたいよね。選ばれなかったら、ガッカリするよね。周りと比べちゃうよね。みんなすごいな、それに比べて自分は才能無いなとか考えちゃうよね。宇宙杯前まで予選すら掠らなかったオイラですから、気持ちはめちゃくちゃ分かります。


何だかんだ言って、結局最後は好みなのよ

審査の基準は審査員によってまちまちです。経験や知識も異なります。でも、全員感情のある人間ということは共通しています。ということはですよ、究極的にいえば、結局みんな好みで選ぶんですよ。


この際ですから、誰かに怒られることを覚悟でぶっちゃけますけどね。審査員は講評でここが良かった等書きますけど、それは後付けです。その前に「俺(私)はこの句が好きだ!」って感情があるはずなんですよ。だって、俳句は創作だもん。

100m走みたいにタイムを計るわけでもないし、砲丸投げのように距離を測るわけでもない。創作ですから、客観的な記録で順位付けするのではなく、審査員のゴリゴリの主観で選ぶわけですよ。


ということは。ということはですよ。

みん俳の審査は俳句として優劣をつけるわけではございません(ノシ*`ω´*)ノシ
好みのあった審査員が、たまたま評価してくれるだけどす(ノシ*`ω´*)ノシ


暗黙の「べからず」へのリスペクトはあるけども

俳句のレギュレーションって、本来は①五七五で詠む②季語を入れるの2つしかないはずなんですけど、個人的には「暗黙のべからずルールで評価する人が結構多いな~(´めωめ`)ンムゥ」って思うんですよ。

「散文的×」「三段切れ×」「詰め込み過ぎ×」「季重なり×」「詩情がない×」「直接的×」「説明的×」「類想句×」

全部どこかで見たことあるような


先人達がここまで培ってきた俳句の歴史の中で、こういった文化が醸成されたのは理解していますし、オイラ個人としてはそこへのリスペクトもあります。ただし。自分がリスペクトしているからといって、他者の俳句にも「そうありなさいよ」と押し付けたくはありません


オイラの少ない経験から思うこと。こういう「べからず」に囚われ過ぎると、だんだん詠めなくなります。窮屈さを感じて、楽しめなくなると思います。


大事なことなのでもう1度書きます。
みんなの俳句大会は、俳句道選手権ではありません。
オールカマーのお祭りです。


季語なし、季重なりも良いんですってよ奥さん

実際に今回の募集要項には、以下しか書いてないんですよ。

【投句方法】
 夏っぽい句(季語なし、季重なりも受付けます)
 1人、1記事(三句まで投句可)
 過去発表済みの作品も可
【ハッシュタグ】
  #鶴亀俳句

【募集要項】鶴亀杯みんなの俳句大会【審査員発表】記事より



特に初心者のみなしゃまは、ここに書いていない「べからずルール」に囚われ過ぎず、好きに詠んでみて下さい。審査に関して言えば「運よく審査員の好みにあえば、予選通過するかも知れないな~」程度に思ってもらった方が健康的だと思います。


個人的には「みんな三段切れ×だって言ってるから、やっぱ三段切れは×だよね~」といった思考や判断は、俳句に限らず創作の場において、とても危険だと感じています。自分の中に根拠がない。大衆心理ってやつですね。


審査する時に「これは俳句においてはダメだと言われているっぽいからな~」みたいな、思考停止のマイナス評価だけはしないようにしたい。これは強く思っています。創作は好みですから。オイラはただひたすらに、好きな句を選びます。好みには好みで返す。そこに迷いはありません。ただ、好きな句が多すぎて、選びきれなくて泣くとは思いますけど(´めωめヾダハハ


他者の評価って怖いよね。分かるよ(´;ω;`)

白状すると、オイラも沙々杯までは、審査員のことをメッチャ意識しました。この人に選ばれようと狙ったりもしました(こういう時の常で、まあカスリもしない笑)。審査員の審査のポイント記事を読んで、それに捉われ過ぎていた。こんな句を出したら、色々言われるんじゃないかとか。

要は、他者の評価を恐れていたんですね。

宇宙杯ではそれを手放しました。開き直ったといっていい。審査なんて知らんやんけって(言い過ぎやろ笑)。自分が好きに詠んで、楽しめればそれでええやんって。肩の力を抜きまくって詠んだら、ああいう結果になった。不思議なものです。


創作は好み。
創作は自由。
創作は自己満足。

心の真ん中には、常に自分を置く
それがオリジナリティになる。

他者の評価を恐れていたら、自由な創作は出来ない。
オイラはそう思っています。


というわけで、最後にもう一度。
審査員としてオイラがみなしゃまに伝えたいことは3つです。
①みんなの俳句大会は、俳句道選手権ではないからね
②俳句のべからずルールに囚われ過ぎないでね
③他人の評価への恐れを手放してね

あ、もう1個ありました(´めωめヾダハハ

④みんなで楽しみまくろうぜ٩(๑•̀ω•́๑)۶




★短歌大会も更にパワーアップなのだヽ(•̀ω•́ )ゝ✧ 

★もちろん川柳もあるぜよ( ●´ސު`●)

★つるかめ人気投票ですって(*✪д✪*)



【鶴亀杯以外にも楽しい企画がイパーイの夏(๑→ܫ←)】
★ショートショートといえば夏ピリカ!
審査員大幅増員でこちらも大盛り上がり必至だぜ(✧≖‿ゝ≖)



★「夏の香りに思いを馳せて」。こちらはエッセイも写真もOK。くれぐれも企画名を間違えないようにお願いします(☆ФωФ)




★あなたは七夕に何を願う ~2022~
安西先生・・・現金が欲しいです(´めωめ`)←罰当たり野郎



★俳句で猫助けプロジェクト。思いを形にするって簡単なことじゃない。関係者全員にリスペクトを。


いいなと思ったら応援しよう!