胎教映画として観た『ファイト・クラブ』〜約20年後の再鑑賞〜
私の推しが最近、おすすめしてた映画『ファイト・クラブ』を20年以上経って、久々に観返した。
私にとってこの映画は特別な思い出がある。
当時、第二子を妊娠中だった私。
ブラッド・ピットが好きで、話しの内容も理解せずにリアルタイムで、映画館で観たのだ。
まさに「ファイトクラブ」が末っ子の胎教映画となった😅
だが正直、あまりに過激でグロテスクなシーンが多く、胎教には向かなかったかもしれない(笑)
当時はブラピの肉体美ばかりに目を奪われていた。
しかし改めて観ると、デイビッド・フィンチャー監督の徹底した演出に唸らされる。
【あらすじ】
主人公ジャック(エドワード・ノートン)は不眠に悩みながら日常に虚しさを感じていた。
ある日、自由奔放でカリスマ的なタイラー・ダーデン(ブラッド・ピット)と出会い、「ファイト・クラブ」という秘密の喧嘩クラブを始める。
暴力を通して自己解放を求めるクラブはやがて過激化し、社会への挑戦や破壊活動へと発展していく。
映画『ファイト・クラブ』は、資本主義社会への痛烈な批判が全編を貫く作品だ。
消費やブランド、社会的成功に縛られ、虚ろになった現代人の姿が、主人公のジャックとタイラー・ダーデンを通して鮮烈に描かれている。
画面の一瞬に潜むサブリミナル、脂肪吸引から作られた石鹸‥。
その不穏さが全編を覆っている。
そして物語の途中から、「あれ、何かおかしい」と違和感を感じ始めたことを思い出す。
細かな違和感が積み重なり、突きつけられる衝撃の真実。
ここではネタバレになるので詳しくは言えないが――。
初めて観たときの衝撃はいまも忘れられない。
暴力と混沌の中で描かれるのは、消費社会に囚われた人間の虚無。
自分も知らず知らずのうちに消費社会の奴隷になっていたことに気づく。
タイラー・ダーデンは反抗の象徴であり、同時に危うい「もう一人の自分」でもある。
そしてふと思う。
この映画を胎内で聞いていた末っ子は、やっぱり少し独特な感性を持っている。
あの哲学的で暴力的な世界を“胎教”として浴びたせいかもしれない。
胎教映画としては刺激が強すぎたが、20年以上経って再び作品と向き合うと、その鋭さはまったく色あせていなかった。
そして、今の自分もまた、お金やモノに振り回されていることを思い知らされるのであった。
他にも映画の感想を書いています😊
ぜひご覧ください♪
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