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『人生経験を積んで視野を拡げる』は本当か? という話と、その話をするおじさんがこないだ京都で縄文展を観てきた話

3I/ATLAS が気になりすぎる件

やっぱりあれはただの彗星ではないよねえ。でも宇宙船だとしても、よく分かりません。あの速度で別の太陽系から来たのだとすると、一番近いプロキシマ・ケンタウリからでも数万年かかるわけです(Gemini によれば 6万8900年前になるそうです)。仮に宇宙戦艦ヤマトみたいにワープ航法が可能だとしたら話は別ですが、そうでないなら目的が謎になりますね。もしも移住先を探しているのだとしたら地球にもっと近づく必要があるでしょうし、そうしないということは単なる調査船で乗員はいないということになりますが、数万年前の調査プロジェクトをどうやって引き継いでいるのか? というか、意味あるのかそれ? と思ってしまいます。


人間の成長について

さて本題です。唐突ですが人間は死ぬまで成長できると、わたしは考えています。もっとも、その話をする前に、そもそも成長とはなにか? ということについて述べておかないといけませんね。言うまでもなく、肉体的な成長は普通、20代がピークといえるでしょう。となると必然的にここでいう成長とは「精神的な成長」ということになるわけですが、一言に精神的な成長といったところでそれも曖昧なもので、具体的になにを示しているのかよく分かりません。

精神的な成長の中味として一般的に考えられるのは、「知能(知的能力)の向上」と「人格(人間性)の向上」でしょうか。知的能力の向上には知識の増加、思考能力、判断力、コミュニケーション能力などといった要素が含まれると思います。一方、人間性の向上というと、優しさや思いやりや誠実さ、共感性や包容力、あるいはモラリティといったものが上向くことを意味していると考えます。

知的能力と人間性はそれぞれ別個のものではなく、密接に関係しているといえるでしょう。たとえばですが、ホーキンズ博士の意識のスケールという知識を学ぶことによって人間性(意識レベル)は向上するでしょうし、人間性の高まりを経験したことによって新たな知識を学ぼうという意欲が湧いたり、それまでにはできなかったような思考や判断が可能になったり、またそれらの結果としてコミュニケーション能力が向上するということもあり得るでしょう。

ただし、人間性の向上は多くの場合で知的能力の向上にもつながる一方、知的能力の向上についてはそれが必ずしも人間性まで向上させるとは限らないと、わたしは考えます。これについてはあとでまた述べます。

いずれにせよ、わたしが考える「人間の成長」とはそうしたものであり、つまり人間は知的能力と人間性の両輪を揃えて伸ばしていくことによって生涯を通じて成長していくことが可能であり、なおかつ成長していくことが望ましい、というものです。ちなみに、成人発達理論というものがあることは知っているのですが、それに関する本を読んだことはありません。ですので、ここでわたしがしている話はあくまでわたしの持論であることをお断りしておきます。

わたしがこんなことを考えるのは、世の中を俯瞰したとき、かなり多くの人々(大多数の人々と言ってもよいです)が、20歳前後で成長が止まっていると見受けられるからです。

知的能力のある側面においてはとくに努力などしなくても、20歳以降も向上していくものです。会社員なら会社員としてのリテラシーを身に着けていきますし、仕事のさまざまな局面を経験していくことで(その仕事に必要な)思考力や判断力も鍛えられていくものです。また、単純に記憶力というなら若いときのほうが高く30代以降は衰えていくものだ、などとよく言われますが、仮にそうだとしても身につけた知識の量は年齢とともに増えていくのが道理でもあります。(わたし自身は記憶力も現在のほうが高いという自覚がありますが)

とはいえ、こうした知的能力は筋肉とおなじように、使っていれば伸びるが、使わなくなると衰えるものでもあります。自分の持っている知的能力の全側面を常にフル活用できている人は稀でしょうから、単純にいって、決まったパターンの生活を続けていくとその生活に必要な能力は養われ、そうでない能力は知らないうちに落ちていくわけです。ですから、どんな生き方をしているかによって知的能力のパラメータはまったくといっていいほど違ってきますし、会社員としての知的能力が非常に高かった人が独立してフリーになってみると、その世界では知的能力がまったく足りないということを思い知らされることも珍しいことではありません。

いずれにしても、知的能力というものを見ていくと、その能力は人生に適応するためのものという側面が強く、それだけが向上したところで人間として成長したというには不十分だということが分かるはずです。もちろんこれはなにをもって成長というのか? によって意見は異なるでしょう。実際、できることが増えることは成長と言えますし、そのことによって他者によりよいアドバイスもできるわけです。しかし、よいアドバイザーがよい人間かというと、それはまた別の話です。わたしがあえて「成長」と口にするのは、その成長によってその人自身がより幸せになれるだけでなく、その人の周囲の人々も幸せにできるもののことです。

自分だけが幸せ(幸せとはなにか? はともかくとして)になるのでしたら、知的能力を向上させるだけでも可能です。会社の社長にまで上り詰めることができれば自分とその家族は幸せにできるかもしれません。でも、その社長のもとで働く社員たちが幸せになれるかどうかは、社長の知的能力だけでどうにかなるものでないことは明らかでしょう。社長の家族だって、物質面では充足されて豊かさは享受できるでしょうが、精神面で満たされるかどうかは分かりません。もっといえば、社長自身も本当に幸せになれたかどうかも、場合によっては疑うべきかもしれません。

そのように考えて、人間性を向上させることなくして、人間の成長はあり得ないとわたしは思うわけですが、とはいえ知的能力の向上は大切です。なかでも知識の増大は、ある程度の段階まではそれだけでも人間性を向上させますし、間接的にも人間性を向上させる機会を提供してくれます。ここで多くの人が20歳前後で成長が止まっているということに話を戻しますが、そのように思ったきっかけがあります。高校生のときの友人たちとは 30歳になったくらいの頃までつきあいがあったのですが、それぞれが社会人になって以降は毎年一回、忘年会で顔を合わせるだけになっていました。細かい話は端折りますが、要するにわたしはこんなことを思っていました。

(こいつら、毎年毎年こうして集まっても、子どもができたとか嫁さんがああだこうだとか、いつも同じ話しかしてないよなあ。酒癖の悪いやつも一向に治らんし、話し方やボキャブラリーに変化のあるやつもいない。どうせ今回もこのあとカラオケにいってぐだぐだと10年前の歌を歌ってお開きなんだろうなあ)

そんな風に感じた側のわたしと彼らとで、なにが大きく違っているのだろうか? とわたしは考えました。高校、大学といった時代では、わたしは彼らと一緒でした。生きている世界も、興味の対象もほとんど同じです。そしてそれは、一般的なその年齢の男子の平均像とも一致していたでしょう。なので、違いが生じたとしたら、その後のことだろうということになります。

明確に違うものがあるとしたら、それは「読書量」でした。仲間はぜんぶで7人ほどでしたが、わたし以外の人間はほとんど本を読みません。なかには年に一冊か二冊くらいは読む人もいましたが、わたしからしたらそれは読まない人の部類に入ります。たとえばですが、週に最低でも1冊の本を読めば、年に50冊くらいは読む計算になります。50冊の本を読んだくらいで知的能力も人間性もそんなに変わることはないと思いますが、それが10年になると500冊で、もちろんどんな内容の本を読むかというのもありますけど、ざっくりいえば500冊というボリュームはある専門分野に精通するには十分ですし、広く浅くいったとしても相当な見識を得ることができるでしょう。

当時のわたしは若くて体力もありましたから、上に書いたよりももっと多く読んでいましたし、なんなら10代の頃から人並みよりたくさん読んでもいました。高校や大学の頃ではそのような知識量の差が仲間との違いを生み出すことがなかったとしても、子供の頃から蓄積してきた知識や知見が、20代で読んだ年間50冊の本のタイトルを決めるのには影響していたはずです。そうして連鎖的に増大していく知識や知見が20代のわたしの生き方に大きく影響を与えていたことは言うまでもないことです。すなわち、少なくとも30歳くらいまでの時期においては、(読書だけがその術ではありませんが)知識を増やすということは人間の成長にとって非常に重要なんだと、わたしは思いました。

もちろん、それ以降の年齢においても読書の重要性が下がることはありません。読書の本質とは「自分以外の人間が考えたこと、知り得たこと、経験したことを自分のものにする」ことですから、それが重要でないわけがありませんね。たった一人の人間の経験などはそれが誰であれ、取るに足らないものです。一方で、多数の人間による集合知はまさに叡智といってもよいものです。とはいえ、一人の人間にとってみれば、自分自身の体験、経験(読書もそのうちの一つですが)の意義というものも無視することはできません。石垣島に行って牛の糞に生えているキノコを食べてトリップするという体験などは、それを体験した人の話を本で読むだけではたいした価値はありません。そのようなことの意味は自分で経験するしか知りようがありません。でも、そのような経験をしようと決めるに至っては、本から得た情報が決定打であったりもするわけです。

ちなみに、よく「視野を拡げるためには人生経験を積まなくてはいけない」という話を聞きますよね。これは、ここまでの話に照らし合わせてみて、どうでしょうか? 本当といえるでしょうか? それとも、これは嘘でしょうか?

ここで問題としているのは「視野を拡大する、視野を広げる」ということです。視野を広げるというのはつまり、物事を色々な角度から見ることができるようになる、という意味でしょうが、言いかえると、物事を色々なコンテクストに置き換えて見ることができるようになる、ということです。そして、それを可能にするのは当然ながら、コンテクストを広げることです。すなわち、視野を広げるとはコンテクストを広げることですが、周辺視野を使って見ることがそのための訓練となるのは興味深いことです。もっとも、眼は外部に露出した脳ですから、眼の使い方と脳(心)の使い方が相似形の関係にあるのは道理でもあります。

人生経験を積むといいますが、どんな経験であれ、それはコンテントです。したがって、コンテクストを広げることなく漫然と色々な経験を積んだところで、それはむしろ視野の狭窄を招いてしまいます。「人生経験」という言葉がその人にとってどんなことを指しているかはもちろん人それぞれですが、なんであれそれはその人独自のものの見方であり、端的にいうとそれは「偏見」です。偏見をなくすにはコンテクストを広げるしかないのですが、そうせずにどんな人生経験を積んだとしても、それは偏見を強化し続けているだけということになるわけです。

さて、ではどうすれば人間は成長できるのでしょうか? 知的能力については見てきましたが、それだけでは十分ではないということが分かったと思います。そうすると、やはり人間性を向上させないといけないのだな? 人間性が向上してこそ、はじめて成長したと言えるのだな? ということになるのでしょうか?

まあ、結論から言うとその通りなのですが、じゃあどうすれば人間性を向上させられるのか? というと、それは知的能力のように簡単に述べられるものではありません。というのも、人間性が向上するというとき、そこでなにが起きているのかというと、それはコンテクストの拡大であり、視野の拡大であるからです。

心のコンテクストが拡大すると、コンテントの統合が進みます。これは苫米地流でいうと心の抽象度が上がるということですが、心とはそもそも意識におけるコンテントですから、要するに心がより統合的になることだと表現することができます。心が統合的になると、自己中心性がなくなり、その人はより調和的な人間へと変容していきます。人間性の向上とはつまるところこのことです。すなわち意識レベルが上がること=人間性の向上ということです。

成長とは、意識レベルの向上とともに知的能力をも向上させていくことであると、わたしは考えています。意識レベルの上昇は、もちろんそれだけで人類全体への貢献になります。しかしながら、それに高い知的能力が伴えば、その人間性を周囲の世界へと表現することがずっと可能になります。そして、そのことがさらに意識レベルを上昇させるはずですし、その結果として知的能力もさらに高まるでしょう。

わたしが考える人間の成長とは、この知的能力と人間性における正のフィードバックループのことを指しています。ですから、わたしが教えているジュニャーナ・ヨーガ(知恵の道)は単に意識レベルを高めるだけではなく、霊的な探求とは直接関係がないような知識や能力までも高めることを狙っています。前者の意識レベルを高めることについてはこれまでたくさんの話をしてきましたが、これからは後者の話、つまり知的能力を高めることについても触れていこうと考えています。

さて、今回はこれで以上です。続いておまけです。


京都で縄文展を観てきた話(ただしカレーは食べていない)


先週の金曜日、雨の中でしたが京都文化博物館まで縄文展を観に行ってきました。

撮影者は母です

前回ここに来たのは約1年前で、シルクロード展を観にきたときでした。京都文化博物館の旧館の方はなかなかの趣がある古い建築で、この写真の入口から入れます。展示は新館の方になります。

今年の春に大阪市立美術館で国宝展を観ましたが、その際に縄文土器の展示もありました。ただ、そのとき観ることができたのは火焔土器で、縄文土器といえばこれだろ、というアイコン的存在である「遮光器土偶」には残念ながらお目にかかれませんでした。

それからたった半年後に開催されている今回の縄文展は、そんなわたしを呼んでいるに違いないわけで、行くしかありませんでした。結論から言うと大満足な内容でしたが、ここでは遮光器土偶をメインに少しばかり写真をシェアさせていただきます。京都まで足を運べる方はぜひ観に行くべきですよ。寺町通りまで歩いて行けるので、ご飯やお茶はそちらでどうぞ。おすすめは寺町大丈夫というスパイスカレーのお店です。

では遮光器土偶を 5連続でどうぞ!

複製ですが、これが一番精巧に作られているように思いました

最近の学説では、遮光器土偶は "オニグルミ" をモチーフにしているんだそうですが、わたしは「んなわけあるかっ!」という立場をとっています。まあ、オニグルミで画像検索してみれば分かりますが、たしかにそんな雰囲気はあります。ただ、これらの写真をそれぞれよくご覧いただくと分かるんですが、これらの遮光器土偶の意匠は細かいところまでほぼ同一なのです。全体の大きさや形のバランス、そしてディティールの細かさ(ラフさ)は異なっているのですが、頭の上の飾りのようなものやサングラス(遮光器)と呼ばれる眼の部分、それから衣服の細部のデザインまでほとんど同じ。元になっている仕様が一つでなくては、このようにはならないはずです。ちなみにそれぞれの遮光器土偶は出土した場所も、作られた時代もまったく違います。とくに時期は縄文後期から晩期にわたっていますが、最長で1700年ほどの開きがある可能性があります。

つまり、遮光器土偶というものはこういうものである、というのがかなり厳密に決まっていて、適当にアレンジすることは許されていないように、わたしには思えるんです。これが本当にオニグルミがモチーフなのであれば、もっと適当なデザインのものが多種多様に存在しているはず。

じゃあ遮光器土偶はやはり昔から言われているように「古代に訪れた宇宙服を来た宇宙人」がモチーフなのかどうかは、わたしにも分かりません。でも、その可能性はあると思いますよ。縄文人が実際にその目で見たなにかを忠実に表現したとして、忠実に表現しなくてはならなかったのは、それが彼らにとって畏怖すべきもの、あるいは非常に神聖に感じられるものだったからだろうとわたしは考えます。つまり、それは変えてはいけないものであり、だからこそ1000年以上の間、広範囲な地域において同じ形のまま伝わり続けてきたのではないでしょうか。

いままでは写真でしか見たことがありませんでしたが、今回こうしていくつもの遮光器土偶を見比べてみて、そのように思った次第です。あとまあ、それはともかくとして、遮光器土偶のデザインはエモいです。縄文式土器はだいたいどれも芸術が爆発していますが、遮光器土偶はやっぱり別格でしたね。もちろん他にも土器や石器がいっぱい展示されていました。あと、ところどころに貼られていたこのマンガが面白かったです。

のちの海原雄山である

あと、ちょっと意外に思ったのがこちら

漆器なんですが、他にもいくつかありました。縄文時代に漆器があったことを知らなかったのですが、知ってみると縄文人の生活のイメージがちょっと代わりましたね。竪穴住居に招かれてみると、こうした器に食べ物や飲み物を入れて出してくれるわけです。塗りの芸術性も、現代と遜色ないと思います。縄文は文明と呼ぶべきだという意見もあるようですが、たしかにこれは文明度高いです。

最後までお読みくださってありがとうございました。また次回の記事でお会いしましょう。

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