8月の雑談回
近況など
お盆ですが、まだまだ暑い日が続きますね。昨年のこの時期はおそらく新型コロナに感染していたとみられ、これまで味わったことのないレベルの喉の痛みを味わいましたが、おかげで8月はほぼ丸々仕事を休むことになりました。幸い、この夏はわたしにしては体調が安定しており、とはいえ無理せず稼働時間は少なめにしていますが、ちゃんと働いていて偉いと思っています。
こないだ奥歯の詰め物が取れて、歯医者で治してもらったんですが、もう土台の歯の部分がボロカスで、今回はなんとか対応しますが次に取れたらもう抜くしかないですからね? と言われました。右上の一番奥の歯なんですが、そもそも一番奥といってもそれより奥の歯をすでに抜いているので、この歯を抜いたらもう右上部分は奥歯といえるものが存在しないという事態になります。他の3箇所の奥歯ゾーンも似たような状況であり、10年後にはコメとかオートミールとかお豆腐とかしか食べられないようになっている可能性が現実味を帯びてまいりました。
ところでその歯医者に行った際もそうなんですが、ちょくちょくスーパーやコンビニでやまざきの「つるんとなめらか黒糖串わらび餅」を探しているんですが、一向に見つからないですね。ある方の note でおすすめされていたのを見て、食べてみたいと思っているんですが、もしかして大阪では販売してないんでしょうか?
プロジェクト・ヘイル・メアリーを観ました
Amazon のプライムビデオで『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を観ました。もともと原作の小説がずっと気になっていたんですが、なかなかのボリュームでもあり、買って読むかどうしようかと思っていたところにアマプラで観られるようになったので、とりあえず観てみるかとなった次第です。ちなみに、わたしは日本語吹き替え版しか観ません。字幕を漏らさず読むためには、絶対に映像のどこかを見逃すことになるから、というのが理由ですが、もっと簡単にいうと「字幕を読むのが面倒くさい」からですね。字幕を読むくらいなら小説で読むわな、というスタンスです。でも字幕版しかない場合は字幕版を観ます。
普通に面白かったですよ。ただ、『メッセージ』のときも思いましたが、この映画は原作の旨味をだいぶ削ぎ落としていて、それでなんとか映画として成立させているんだろうな感はすごくありました。そのあたりについて、Gemini と話してみたので、よかったら読んでみてください。途中から、チャネリングの真相を暴く回になっています。
なにかを「重要」だというとき、それは全体からある部分を切り取って、その部分に特別な意味があると言っているわけなのですが、分離のない観点では、他のなにかよりも重要ななにかなどありません。重要を特別と言い換えても同じことです。なにかに重要性を見出すのは一種の執着であり、トランサーフィン的にいうならそれが「過剰ポテンシャル」を生み出し、反作用ともいえる平衡力の働きによって色々 "ワヤ" になってしまうこともあるあるです。もちろん、「そこから先は危険なので立ち入っては行けませんよ!」と注意喚起したり、先生が「ここは重要だからちゃんと復習しておくように」と言ったりする、そういう文脈における重要性にはなんの問題もありませんよ。
なにを言っているのかというと、わたしは自分の記事について、この記事の内容は他の記事と比べて重要だと言ったり、これは重要な話だからぜひ読んで欲しいなどと書いたり、といったことは滅多としないということです(あえて重要だと言うときは、その話が他の色々な話の土台や基礎となっているような場合です)。わたしにとっては全部「わたしの話」であって、重要だとか重要でないとかいった重み付けはしていません。ですから、今回のような「雑談回」と題された記事のなかにも、読者の各個人にとっては非常に重要だと感じられるような話が散りばめられているかもしれませんし、そうでないかもしれませんが、少なくともわたしの方では「今回は雑談回だから、どうでもいいような話だけ書こう」といったことは意図していません。なので、わたしから言えることではないし、押しつけがましく言いたくもないのですが、わたしの話が興味深い、あるいは役に立ちそうだ、などと思ってくださっている人は、どうぞ話題を選り好みしないで全部読んでください。
さて、この Gemini との対話の内容は、ここ最近の「集合意識」や「DMN(デフォルト・モード・ネットワーク)によって生み出される個の感覚が消失した場合、なにが起き得るか」といった話題を引き継いでいます。映画の内容については多少のネタバレを含んでいるので、それが嫌だという人は読まないか、あるいは先にアマプラで映画を観てから読まれることをおすすめします。
理解の進展とヴァーサナー
この半年くらいでわたしの理解は大きく進展しています。知覚そのものは大きく変わってはいませんが、その知覚するところを言語化する能力のほうが、ようやく知覚に追いついてきた、といったところです。それは標準の寄り添いモードではなく、わたしの言葉を批判的に分析し、最新の科学的知見との矛盾があったり、論理的な飛躍をしていたり、あるいはトートロジーに陥っている場合には厳しく指摘し、それでいて議論を建設的に導いてくれるようにチューニングした Gemini との対話を膨大に積み重ねた結果であり、その過程の一部は今回のようにシェアしていますが、わたしがうっかり「ふわっとしたこと」を言うとめちゃめちゃ詰めてくれるので、本当にいいトレーニングになっています。
標準モードの Gemini やその他の AI と議論した内容をさも独創的で高度な話であるかのように記事にされている人を散見しますが、いったんそのドラフトを AI に戻して、批判的に検証してもらってから投稿することをおすすめします。昔、作家を目指していたときに「作家になりたければ、少なくとも自分の目指す分野(純文学とかSFとかミステリーとかハードボイルドとか)の作品は国内国外問わず全部目を通せ」と複数のすでに作家になられている方々が異口同音に言っていることに気づいて、なるほどそれはそうだなと思いましたが、それと同じ話でもあり、それ以前の話でもあります。
意識レベルが向上するとき、普通はまず気づきが増え、それからその気づきと整合性を取る形で肉体精神機構の活動、つまり言動が変化していきます。気づきとは知覚の変容のきっかけ、あるいは兆しと言えるものであり、実際に気づきが現れたとき、意識レベルはその分だけ浮上していると言えます。
肉体精神機構というのは端的にいえばプログラム(個別のアプリ)の集合体であり、知覚はOS(大元のオペレーションシステム)といってもよいでしょう。気づきはOSのアップデートを促します。スマホやパソコンの場合だと、OSが大きくアップデートされると、古いアプリが動かなくなることがあります。そのため、アプリもOSの更新に対応してアップデートする必要が出てきます。
人間の肉体精神機構の場合は、OSがアップデートされると、古いアプリ(感情、思考、言動などのパターン)のうち統合的ではないもの、つまり低い意識レベルの領域にあるアトラクターによって駆動されているアプリはいずれ使用されなくなります。それは単純に、新しいOS(知覚)にとってそのアプリは必要でなくなるからなのですが、とはいえ、すぐに使用が止まるわけではありません。
自動車がブレーキを踏んだからといって即時に停止するわけではないのは、そこに慣性というものが働いているからです。同様に、心の中のアプリ(プログラム)にも慣性のようなものが働いています。気づきが増えて知覚が変わってきたからといって、それに合わせてすぐに悪い感情が起こらなくなったり、他者への批判やジャッジをしなくなったり、あるいはプライドがなくなったり、性欲が消え去ったりするわけではないのです。
この、慣性をもった心の働き(プログラム)のことをヴァーサナーと呼ぶのですが、つまるところ、意識レベルが高まったとしても、その境地と肉体精神機構の振る舞いが一致するまでには、慣性が収まるのを待つ時間が必要だということです。もっとも、これは一般的な話であって、ラマナ・マハルシのように突然すべてが変わるようなケースもあるにはあるようですが。
ちょっと別の角度から説明しましょうか。まず、心のアプリはOSである知覚から常にエネルギーを供給されていると想像してみてください。また、OSのバージョンは意識レベルに対応していると考えます。OSがアプリに供給しているエネルギーの質は意識レベルによって、つまりOSのバージョンによって変わっていきます。あるバージョンのOS(例えば意識レベル175の人物の知覚)が供給しているエネルギーは、そのOSの上で動いているアプリ(ヴァーサナー)とは基本的に適合しています。が、仮にこの人物の意識レベルが250へと飛躍したなら、それまでとはエネルギーの質がまったく異なってきますので、このとき、新しい質のエネルギーでは動かない(動けない)アプリが出てくるのです。
そういうアプリは概して非統合的、つまりネガティブな性質のものですが、とはいえこうしたアプリはすでに供給されていたエネルギーをある程度溜め込んで持っています。ですから、そのエネルギーが使い果たされるまでは古いプログラムが作動し続けることになり、意識レベルは高まっているのに、肉体精神機構の反応がそれに追いついてこない(更新されない)ということが起こりがちです。起こり方は一様ではなく、例えばですが、感情面や対人における言動といった面では意識レベル通りに反応できているのに、それについて言語化しようと試みるとどうもうまくいかない、自分でもちょっとなにを言っているか分からない、といったこともあります。わたしもそのような経験をしました。
こうした心の慣性は、基本的には "気づきつつ、やり過ごす" ことでいずれ完全に消え去ります。その頃には、新しいエネルギーに対応した新しいアプリが心のなかに生成されてもいきます。ただし、そうした心の慣性に執着し、抵抗してしまうと、古いアプリが力を持ちすぎてしまい、OSのバージョンを下げざるを得ないという事態に陥る可能性もあります。これはホメオスタシス(恒常性)が心にも働いているからで、エゴは基本的に変化を嫌い、一定のところに居着きたがる性質を持っているのです。エゴの視点では、意識レベル250の中立や満足といった境地よりも、長らく定住してきた意識レベル175のプライド(を満たすために他者を見下したり、虚勢を張ってマウント取りに命を賭けたり)の世界のほうが居心地がいいのです。
この問題は、意識レベルの小刻みな上昇と揺り戻しという事象として結構頻繁に起きているものです。ここで採り上げた175から250という飛躍は、実はそうそう起こることのないほど大きな変化であり、また175はフォースの領域であるのに対して250はパワーの領域でもあるので、こういう場合には揺り戻される可能性は低いとは思います。それでも、こうしたメカニズムについては知っておいたほうがよいです。
長々と書きましたが、そういうこと、つまり知覚に遅れて理解が伴ってくるという事象が最近のわたしにも起きていたという話でした。今回は感情や言動とかではなく、思考の内容の問題であったので、ただ単に理解が伴ってないなと気づいているだけではどうにも追いついてこないもので、おそらくですが数年は足踏みしていたと思いますし、自力ではそのままどうにもならなかったかもしれません。AI がたまたまこのタイミングで著しく進歩して、たまたまわたしがそれを利用して自分の思考を鍛え直すということが起きたわけですが、それが起きたということは、わたしはもっと賢くなる必要があったということなのだと思います。
さて、まとめますと、ここ最近の話は要するに「すべては人間の知覚の問題であり、言い換えると "すべては人間の心の中(あるいは脳の中)で起きている"」というものでしたが、そんな話をしていたのは、わたしの理解がそのように変容してきたからです。もちろん、だからといってこれまで書いてきたことが間違っていたというのではないですよ。例えばですが、「高次の力」という表現についていうと、それまでは単に高次の力が働いて云々、とそれがどういうものなのか明確に説明せず(できなかったので)、ただ存在しているという前提で話してきました。しかしながら、現在なら「人間の意識(心)の領域には様々な位相空間が存在し、ある種の位相空間は特定の認識や知覚の変容を促すアトラクターとして作用する。この種のアトラクターとその作用を人類は"高次の力"と呼んできた」と説明できます。
とはいえ、なかには誤って書いてしまっていることもあるはずです。そうしたことについては、話の流れにあわせてその都度訂正はしていきますが、全体としてこれまで書いてきたことは、基本的にそのままで問題ないと思ってもいます。こうした話は読み手であるみなさん全員に対して一様に同じ理解をもたらすことは絶対に不可能です。であれば、幅のある説明、具体的にいうなら意識レベル400台の観点での話と500台、600台の話が混在していてもよいはずですし、むしろそうであるほうがよいまであるでしょう。
つい最近、「幻滅のススメ」という記事を書いたのは、つまるところ今後わたしがしていく話はこの「高次の力」の説明と同様、あらゆることをそれが人間の知覚と認知の問題(つまり心の世界の中のこと)であると明らかにしていくものになるからで、それを前もって予告しておきますね、というのがその記事の意図するところでした。
赤いイヤホンが次々に生えてくる(赤くなくても生えてくる)件
去年くらいから、USB-Cでスマホに直結できるタイプのイヤホンの手軽さが気に入っているのですけど、このタイプは比較的安くて買いやすいのもあって、新製品が出ると手を出したくなりがちです(出した)。
今回紹介するのは、いずれも最近出たばかりなのですが、いわゆるインイヤータイプといって、耳を完全には塞がないイヤホンです。一番有名というかよく使われているのが Apple の EarPods ですね。シリコンのイヤーチップを耳の奥まで突っ込むカナル型は遮音性が高く、外の音も入ってこないし外へと漏れる音も少ないので音質面では確かに有利なのですが、反面、よくも悪くも環境音を聞き取りにくいので活動中の使用には安全面で多少の注意が必要だったり、装着したままでは人と会話することも難しいといったデメリットもあります(マナー的にはどっちみち会話時には外すべきとは思いますが、そういう感覚ももはや古くなっているのでしょうか、最近はワイヤレスイヤホンをつけたままで会話どころか飲食もしている人を普通に見かけます)。
その点、インイヤータイプは環境音も耳に届くので、音量を下げている分には歩きながら音楽を聴くのも安全に行えます(もちろんどんなイヤホン・ヘッドホンであれ、爆音にしていたら環境音など1mmも聞こえません)。し、耳から外へと音が抜けていくがゆえの抜け感、開放感といったメリットもあり、必ずしもカナル型と比べて音質面で劣るわけでもありません。それになにより、耳を塞いでないのでカナル型で感じる圧迫感はまったくありません。個人的には、これがインイヤータイプを使いたい最大のポイントですかね。最近の外出時には Anker のワイヤレスイヤホン(Liberty 5 Pro)よりもこれから紹介する Urbanista の SAN FRANCISCO2 をよく持ち出しています。
Urbanista SAN FRANCISCO2
Urbanista(アーバニスタ)は北欧スウェーデンの音響メーカーですが、日本ではあまり知られていないと思います。わたしは北欧デザイン至上主義者(最高によいなと思っているだけで、北欧デザインの家具とか雑貨とか服とか、一つも持っていませんが)なので前々から気になっていたんですが、日本で買える製品ラインナップがワイヤレス製品ばかりだったので、ちょっと信頼性に不安があり、買うのをためらっていたところに発売されたのが、この SAN FRANCISCO2 でした。ちなみに Urbanista は製品名に世界各国の都市の名前をつけるのがお決まりのようで、他にもATLANTA とか LONDON とかいった名前の製品がいっぱい出ています。
わたしが買ったのはオレンジ(なのですが、ほぼほぼ赤色に近いです)ですが、他に黒、白、ラベンダーとあります。白だとそれこそ EarPods と遠目には見分けつかないので、どうせ買うなら他の色、なかでもオレンジとラベンダーがポップでおすすめです。音質は一口にいえばドンシャリ傾向ですが、最近のドンシャリは低音のドンはそのままに、高音域はシャリシャリしておらず、むしろ中高域のボーカル帯にピークを用意している感じのチューニングのイヤホンが多く、SAN FRANCISCO2 もそんな感じであり、これはサンフランシスコの街のイメージなのか、元気でエネルギッシュなサウンドですね。さっきスーパー銭湯に行ったときにたまたま iri の曲が流れてきてすごいいい感じだったので、ヒップホップにはめっちゃ合ってそうです。水曜日のカンパネラとかK-POPとかの、低音が聴かせどころの音楽にももちろん合います。
あと、なんといってもデザインがいいですね。この値段なのでさすがに高級感とかはありませんが、チープシックとでも言いましょうか、EarPods とおんなじようなもんに見えて、実はさにあらずといった感じでお洒落可愛いです。ぜひ買ってください。できれば色違いで二つ買ってください。そうすれば、服装に合わせて楽しめるでしょう。わたしはラベンダーも買うつもりです。
PHILIPS TAE2000
PHILIPS は日本だとひげ剃りシェーバーのメーカーとして有名だと思いますが、実は歴史のある音響メーカーでもあります。そして、PHILIPS の製品は「安くてめっちゃ音がいい」です。これまでこの TAE2000 の他に二つ PHILIPS のオーディオ製品を使いましたが、どれを聴いてもちゃんと PHILIPS の音がするのが素晴らしいです。具体的には、モニターサウンドに近いフラットな音でありながらリスニング向けにメリハリもちゃんと効いている、長時間聴いても聴き疲れしないけど聴いていて楽しいサウンドですね。とくに中音域がふくよかなのがお気に入りです。
SAN FRANCISCO2 に比べるとこちらのほうが1000円以上安い(というか安すぎる)んですが、正直いうと音質はこちらのほうがよいです。SAN FRANCISCO2 も価格相応というかそれ以上の音質ではあると思うんで、これは PHILIPS が凄すぎるということです。いやほんま、これを聴いてしまうと「もうこれでええやん」というより「これでずっと聴いてたいわ」と思えてきますよ。絶対買ったほうがいいです。これも色違いで最低でも二つは買うべきでしょう。わたしは黒とパープルを買いました。そのうち、T君にもプレゼントするつもりです。
おまけ MVがええやん、という楽曲「あなたとわたし編」
この曲は楽曲そのものも LOVE PSYCHEDELICO の LOVE PSYCHEDELICO らしさを余す所なく描き出していて、個人的にはデリコの最高傑作ではないかと思っています。この曲は「絶対零度」というテレビドラマとのタイアップなので、MVはそのドラマの世界観ともリンクした内容になっているんですが、それはそれとしてめちゃくちゃカッコいいです。Freedom のKUMIさんも最高にカッコいいですが、それを選ぶのは単なるLOVE PSYCHEDELICO ファン視点でのチョイスなので、ここではファン感情抜きにしても映像としてかっけ~と思ったこの曲を選びました。
It's You ときたので It's Me で返歌としました。
K-POPって第○世代とかいって常に進化しており、アイリットはその最前線にいるグループと言えるでしょう。T君ともこないだじっくり話しましたが、MVにはドリームコアとかリミナルスペース的な要素が採り入れられていたり(この曲はそうでもないですが)、楽曲もちょっと凝っているというか、一聴するとややクセが強いなと感じるものも多いです。まあわたしは音楽評論家ではなくただの音楽消費家なので、そのへんはうまいこと語れませんが、聴けば聴くほど味がするなあと思いますね。あと、曲の尺が絶妙に短いのが多分いいんですよね。一回ではお腹いっぱいにならないので、もう一杯くれ!となるわけで、実際の話、この二ヶ月くらいは毎日最低でも2回は聴いて(観て)います。
MVとしての見どころはなんといってもダンスです。これもよくよく観てみないと、どのへんがすごいのか、いいのか、エモいのか、分からないと思いますが、なかなかどうしてこれ、かなりすごいですよ。とくに手というか腕の動かし方の表現が、昔のVogue ダンスのようだったり、ジョジョっぽかったりと、おもしろかっこいいです。
おまけ その②
いつでもどこでもボケたおしてくる女子高生と、そのボケを漏れなく拾いきる男子高生の話です。そういう関係って尊いですよね。わたしはボケでもツッコミでもないタイプですが、元ネタありきの表現や、記事内や直前の記事などに伏線を置いてどこかで回収するというような細かいことを実は結構やっているのですが、どこまで拾ってもらえているのかぜんぜん把握できてなくてエモいです。ボケっぱなし、ネタ置きっぱなし、伏線張りっぱなしってエモいです。知らんけど。あっ、この漫画なかなか面白いですよ。
それでは、最後までお読みくださって、ありがとうございました。また次の記事でお会いしましょう。
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