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NLPについてあれこれ勧めてきたおじさんがついに入門書を紹介する回(NLPシリーズ⑤)

10日ほど前に強めの夏風邪を発症してしまい、半端ない喉の痛みに襲われてしばらく苦しんでいました。ようやく日曜日くらいからまともに食べられるようになりましたが、それまでは inゼリー でしのいでいました。inゼリー有能ですね。まだ倦怠感が残っていて本調子ではありませんが、なんとか回復しております。そういえば昨日、久しぶりにコーヒーと緑茶を飲んだんですが味がしませんでした。食べ物の味は分かるので、どうやら嗅覚がおかしくなっているようです。それで、もしかして新型(っていつまで言うつもりやねん)コロナだったの!? と考えましたが、昔からひどい風邪を引いたあとはしばらくこんな感じだったことを思い出しました。なんにせよ、治ってよかったです。

さて今回は NLP シリーズの第5回目の記事となります。基本的にはこれが NLP シリーズの最後の記事になると思っていますが、もしかしたら関連する内容の記事を追加で書くかもしれません。

今回紹介する本はこちらです。

この本は2019年に出たもので、わたしが以前 NLP を学んでいたのはもっとずっと昔でしたので、今回はじめて読みました。本当は、わたし自身が昔読んだ別の入門書を紹介する予定だったのですが、改めて入手して読んでみると内容があまりよくないように感じたので、こちらを選び直しました。

ここまで NLP についていくらかお伝えしてきましたが、NLP について体系的に概説するようなことはしないで、あくまで霊的探求者のみなさんにとって役立つ概念やテクニックについて書かれた本を個別的に紹介してきました。これにはいくつか理由があって、まず NLP というもの自体が体系化という言葉には馴染みにくい代物だからです。NLP の真髄というと大げさですが、その核にあるのは「モデリング」という考えです。

NLP におけるモデリングとは、「うまく行っている人がなぜうまく行っているのか」といういわば物事のコツのようなもの(卓越性)を抽出し、だれでも利用可能な技法として一般化するその過程のことですが、NLP の本で紹介されている様々なテクニックはこのモデリングによる成果といえます。したがって、ほんとうの意味で NLP を学ぶとは、このモデリングについて学ぶことだと言えるでしょう。逆に言うと、一般的な読者が NLP を学ぶというとき、それは正確には NLP の成果を学ぶということです。そういうものなので、そもそも NLP はこれが基本で、これは応用で、といったような体系的なまとまりを持っていません。これが一つ目の理由です。

二つ目には、例えば言語を学ぶとして、単語や文法から学びはじめるよりも、最初から話す練習をしたほうがよい、というのは言うまでもありません。NLP のモデリングの方法論はまさにこの考え方を採用しているのですが、わたしもそれに倣って、みなさんにまずすぐに使える実用的なテクニックを紹介したわけです。

今回紹介する本を読んでもらうと分かっていただけると思いますが、すでにいくばくかのテクニックを学んで自分でも使ってみた人であれば、この本に書いてあることは比較的すんなりと入ってくると思います。でもそういう経験なしにこの本を読もうとしたら、たぶんほとんどの人は序盤で挫折してしまうでしょう。

とはいえ、NLP の本としてはこの本はなかなかよく出来ていますし、文章には独特のお固さのようなものがにじみ出ていますが、含蓄があって面白いです。解説書という体裁でありながら、読み物としての楽しさも兼ね備えている名著だと思いました。

この本を一通り読めば、NLP について一通りのことを知ったと言えると思います。が、先ほども言いましたが、NLP を本当に自分のものにするとは、モデリングという方法論を自分のものにすることです。モデリングについては最終の9章にてすこしまとまった形で触れられてありますが、本書の全編が言ってみればバンドラーとグリンダーがいかにモデリングしてきたか(=卓越したモデルから学んできたか)という話でもあるので、その点も念頭に置きながら読まれるとなおよいでしょう。それは「学び方について学びはじめる」キッカケとなるはずです。

資格をとったり語学を学んだりと、学業を終えてからも学び続けている人はけっして少なくないと思いますが、学び方そのものについて学んでみようと考える人は珍しいんじゃないでしょうか。学び方について教えてくれる本というのは実はそんなにはありません。それもそのはず、教え方について研究している人はたくさんいても、学び方について研究している人というのはあまりいないからです。

わたしがなにかを学ぶときは、なにはともあれ、まずそのなにかについての最高峰とみなせる人を探します。それが学問系のことであればその人自身が書いた本を読み、それがスキル的なものであればその人のやり方を丸パクリします。最高峰を見つけるまでに紆余曲折する場合ももちろんありますが、その場合は最高峰にたどり着いたらそれまでに学んだものはいったん捨て去るのがよいでしょう。

マッサージセラピストになろうとしたとき、幸いにもわたしにはすでにその世界の最高峰の一人といってもよさそうな人物の施術を何度も受けていました。おかげで接客デビューしたその週にはもう指名がつくようになれました。店の先輩スタッフに教えてもらった基本的な技術はほとんど役に立ちませんでしたが、それはその先輩スタッフが三流以下だったからです。

非二元を学んだのはラメッシ・バルセカールからでしたが、彼の『意識は語る』を入手して読みはじめてすぐ、わたしにはラメッシが最高峰であることが分かりました。それで、それまで読んでいたネイサン・ギルやアジャシャンティといった著者の本はまとめて処分しました。彼らの本を読んでいたおかげでラメッシがいかに傑出しているかが分かったのですからまったくの無駄ではありませんでしたが、手元に残しておく価値はまったくないと判断しましたし、その判断は正しかったと思います。

なんの話をしているかというと、「まなぶ」とはもともとは「まねぶ」であり、つまり真似ることこそが学びの本質であるということです。最高峰を探すというのはつまり、誰をモデルにするのかということですから、つまるところこれも NLP から学んだことです。

ともあれ、こうしたことが直接的に意識レベルを高めるわけではありませんが、学ぶという行為それ自体が統合的なので、学び方を学ぶというのはそれよりももっと統合的なことだと言えます。以前に紹介したように、NLP のテクニックにはトラウマや悪癖といった心の中のネガティブな要素を直接除去することで意識レベルを浮上させることができるものもありますが、そういったテクニックばかりではありません。NLP が全体として目指しているのはコミュニケーションを良好、良質なものにすることです。

NLP を覚えることでコミュニケーションの質が向上したなら、それは当たり前ですがその人のコミュニケーション能力が向上したということです。他者と統合的で良好なコミュニケーションをとる能力があるということは、その人の意識レベルが統合的な領域にあることを示しています。つまり、NLP を学ぶことはいずれにしても意識レベルを高めてくれます。しかしながら、それだけにとどまらず、NLPを学ぶことを通して学び方を学べば、それ以降なにを学んでもそれは意識レベルを高めてくれるでしょう。なぜそう言えるかというと、あなたはもう「誰から学ぶべきか(学ぶべきでないか)」を知っているからです。

モデルにするべき人は、その分野で卓越している人(最高峰が望ましい)、そしてその卓越性が明らかに周囲によい影響を及ぼしている人です。そのような人はたいてい意識レベル 500 台で測定されます。

さて、体調もぼちぼちなので今回は短めですがこれで終わりにしたいと思います。読んでくださってありがとうございました。また次の記事でお会いしましょう。


おまけ

またまたルパート・シェルドレイク博士の動画です。ここでは意識について語っています。面白いですよ。※ 追記:YouTube の自動翻訳機能を使って視聴してください。


おまけ②

最近聴いたAudible

紙の本はやたら高いですが、Kindle版は1000円以下です。Audible にサブスクしている人にはおすすめですが、買って読むかどうかというと、ノイマンに興味あればどうぞ、という感じですかね。

天才の中の天才という存在がいるんだな、ということを知るのは悪い経験ではないと思います。こういう人たちがごく少数とはいえ存在してきたからこそ、わたしたちの現代の生活があるのですねえ。

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