ギフトのお礼と双子のはなし
読者様より ぶどう糖を箱で贈っていただきました🤗

糖尿病の薬(メトホルミン)を飲んでいるんですが、この薬は糖新生(肝臓で糖をつくりだして血糖値を一定に保つ働き)を抑制する作用があるのですが、単体では低血糖を起こしにくいものです。でもわたしの仕事では自転車に長時間乗っているので、たまに「あ、やばいな」と感じることがあります。低血糖の発作は以前飲んでいた薬のときに経験しているので、その予兆が分かるんです。
それで、仕事中にはゼリーとかスティック羊羹などをときどき補給するようにはしているんですが、いざ低血糖っぽくなってからだとこれらは吸収が遅いので、このぶどう糖をつねにバッグに忍ばせています。ぶどう糖って人間にとって純粋なエネルギーにもっとも近いものだからなのか、低血糖に関係なく運動中や空腹時に摂ると「すごく美味しい」んですよね。それで、緊急時(は実際のところそんなに頻繁にはありません)といわず、日々の補給食として重宝しています。糖尿でない方も、たとえば仕事中に眠気を感じたとき(って血糖値がすこし下がっていたりします)や疲れたときに補給すると、ちょっと元気になれるのでおすすめですよ。贈っていただいて、どうもありがとうございました😉✨️✨️
双子のはなし
5月生まれで星座は双子座ですが、今回はそっちではなく "双生児" の話です。
夏頃からこちらの本をちょっとずつ読み進めていて、まだあと少し残っているのですが紹介したいと思います。
この本は「双子の遺伝子」という邦題になっていますが、原題は " IDENTICALLY DIFFERENT ーWHY YOU CAN CHANGE YOUR GENES " というもので、そのまま日本語にすると「同じなのに違う - なぜあなたの遺伝子は変化するのか」という感じになるかと思います。一卵性双生児は遺伝的にまったく同一ですが、にも関わらず、性格や体質は必ずしもそっくりであるとは限りません。もちろん、普通の兄弟や二卵性双生児に比べると当然ながら「似ている度合い」は高いわけなのですが、一方で「ぜんぜん違う」ということもあるそうです。
この違いはどうして生まれるのか? すぐに思いつくのは「環境の違い」です。一卵性双生児といっても、生後間もなく別れわかれになって別の家庭で育てられるケースはたくさんあります。そういうケースだと、おなじ遺伝子を持つ者同士であっても、違いがでてきても不思議ではないように思えますね。ところが、まったく異なる環境で育った双子が大人になった後に再会してみると、性格どころか趣味嗜好までそっくり、なかには髪型までおなじだったりすることもあるそうです。そしてもちろん、予想通りというのか、ぜんぜん違う性格や体質に育っていることもあります。
前に紹介した 橘玲さんの本にも出てきた話ですが、実を言うと子どもがどのような人間に育つかに関して、「親の教育(というか子育ての仕方)」はあんまり影響していないそうです。もちろん影響はゼロではないのですが、主要因ではないことが大規模な調査によって明らかになっているんです。
つまり、離ればなれで育った一卵性双生児の場合でも、似ていたり似ていなかったりする理由は環境ではないということになります。おなじ家庭で育っても似ないことがあれば、異なる環境で育ってもそっくりということがあるわけです。似ている場合に関しては「そりゃあ遺伝子がまったくおなじなんだから」で説明がつくわけですが、じゃあ似ていないのは何故なんだぜ? ということの答えがこの本の主題です。それは "エピジェネティクス" という考え方です。エピジェネティクスとは日本語にするなら「後成遺伝学」となるでしょうか。要するに後天的に起こった遺伝的変化のことですが、ただし遺伝子そのものが変異するわけではありません。
遺伝子スイッチという言葉を聞いたことがあるでしょうか。そもそも遺伝子とは、DNAに書かれている遺伝情報のうち、特定のたんぱく質を作るための情報が書かれた一区切りの部位のことを指しています。この遺伝子は全身のすべての細胞にまったく同じものが備わっているのですが、それぞれの細胞は肝細胞だったり神経細胞だったりと、役割が異なっています。どうしてそんなことができるかというと、それぞれの細胞の役割(どのたんぱく質を作るか)ごとに、スイッチがONになっている遺伝子とOFFになっている遺伝子が違うのです。
このようにそもそも人体を構成するうえで遺伝子スイッチの切り替えによってたくさんの種類の細胞が造られているのですが、そういうのとは別に、人間が生きていくうちに、たとえば食生活だったり生活習慣だったり、あるいは精神に大きな影響を及ぼすような何らかの体験だったりによって、特定の遺伝子のスイッチがONになったりOFFになったりすることがあります。そしてそれによって性格が変わったり、体質が変わったりすることがあるのです。つまり、遺伝子そのものは変わっていないけれども、その発現の仕方が変化するということですが、これがエピジェネティクスというものです。
本書の邦題が「双子の遺伝子」となっているのは、エピジェネティクス(に限らず遺伝一般でもそうですが)について研究するうえで、一卵性双生児ほど理想的な研究対象はないからで、必然的にこの本では一卵性双生児に関するさまざまな事例が取り上げられているわけなのですが、とても面白く、また興味深いです。すべてがエピジェネティクスに関する話ではありませんが、これ一冊で遺伝に関する包括的で豊富な知識を得ることができると思います。すでに絶版のようですが、中古本の価格がすごく安いのでおすすめです。
そもそもわたしがこの本を読んでみようと思ったのは、魂についての見識を深めるような知見が得られるかもしれないと考えたからです。わたしは、一卵性双生児の魂は「どちらも同じ」ことがほとんどだと考えています。以前、in SPIRE に書いた下記の記事にて、ミラ・ケリーの「前世を超えて 並行現実、同時存在による癒やし、変容」という本の一文を引用しました。
その記事では本のタイトルのうち「並行現実」というものについて書いたのですが、いまここで指摘したいのは「同時存在」という言葉のほうです。この本では退行催眠の事例が出てくるのですが、そのなかでクライアントが語る別の人生が過去生ではなく、クライアントが生きている同じ時代の別の人物のものであるケースが登場します。つまり、同時代におなじ魂を持つ人間が複数存在していることをこの本では「同時存在」と呼んでいるのですが、これは嘘や間違いではなく、そういうことはあり得るはずです。
というのも、そもそもわたしが魂と呼んでいるコーザル体の次元では時間も空間も超越しているので、コーザル体から見れば過去生も現生も未来生もすべて同時に存在していることになるわけです。ですから、たまたま同じ時代に別の人生を歩んでいる転生体があったとしても、なにも不思議ではありません。
その前提で考えるなら、一卵性双生児におなじ魂が宿っていることはあり得るどころか、むしろ魂からしたらそれは面白い体験であるはずです。魂がおなじだと考えれば、一卵性双生児の間にテレパシー的なものが通じていたり、二人の動きが完全にシンクロしがちであったりするのも、遺伝子がおなじだから、ということ以上に納得できますね。ちなみに、異なる魂が宿っている場合もあるとは思います。それはそれで面白いですが、魂の次元のことは物質次元の人間の心ではとうてい理解しきることはできませんので、あまり考えすぎてもいけませんね。
さて、そのような思惑で読みはじめたこの本ですが、魂という観点から、新たに得られた知見というのはあまりありませんでした。まあ、それはそうでしょう、そういう本ではありませんから。
しかしながら、カルマという観点では気づきがありました。カルマが存在するということは、運命を認めるということとイコールです。とはいえ、運命が完全に決まっているのであれば、わざわざ生まれてきて色々な経験をする意味がありません。つまり、カルマとは「運命の傾向」であり、分かりやすくいうとそれは、どんな状況においても選びがちな選択肢とそうでない選択肢があるということです。選びがちな選択肢というのがまさにその人のカルマの中味であり、多くの場合、カルマを克服するとかカルマを浄化するとかいうのは、「選びにくいほうの選択肢」を選ぶことです。言い換えると「選びがちな選択肢を避ける」ことによってカルマは精算されるわけです。
選びがちな選択肢を回避すると、その分のカルマが浄化され、それによって同じ状況や似たような状況において「選びがちな選択肢を回避する」確率が高まっていきます。こういうことが積み重なってカルマの浄化がどんどん進んでいくと、いずれ人生はまったく違ったものとなっていくでしょう。
おそらくですが、そうした選択の変化によって、肉体にはエピジェネティックな変化も起きているんだと思いました。わたし個人のことでいえば、たとえば違法な薬物への依存を克服したのは意識レベルの上昇によるものですが、同時に肉体においてはエピジェネティクスな変化、つまりなんらかの遺伝子のスイッチがオンになった、あるいはオフになったということが起きていたのではないか? と考えると、そうかもしれないという気がします。また、意識レベルの高まりに伴って知覚も変化していきますが、これについては脳神経系上の回路がアップデートされるのだろうとわたしは考えています。しかしながら、この本を読んでみて、エピジェネティクスも関係しているかもしれないと思いました。
意識の変容といいますが、わたしは意識で起こった変化は肉体にも当然反映されると思っています。脳の構造や機能について学んでいるのも、そのことを確かめるために知る必要があると思っているからなのですが、遺伝についてももっと学ばなくてはいけないと思いましたね。
余談ですが、新卒で入社した会社の同期の女の子とつきあったことがあるんですね。その子とは大学(関西大学)が同じだったんですけど、わたしは法学部で彼女は社会学部であり、在学中に会ったことはありませんでした。
それなのに、入社前の内定後懇談会だかなんだかのイベントで初めて会ったときから、わたしはその子のことを「どっかで会ったことがあるような」という既視感とともに見ていました。そのことは本人には言わなかったんですが、入社後の研修中に色々話していたら、彼女には一卵性双生児の妹がいること、そしてその妹は関大法学部でわたしの一つ上の学年であった(つまり姉である彼女の方は一浪して社会学部に入った)ことを聞かされました。
つまり、わたしはその妹のことを、大学で何度か目撃していたんですね。学年も違うし、話したこととかはありませんから記憶には残っていませんでしたが、瓜二つの姉のことを好きになったくらいだから、妹の姿も目で追うくらいのことはしていたのかもしれません。まあ、それだけの話なんですがちょっとだけ不思議な巡り合わせでした。ちなみにその子とは1年くらいで別れました。
今回はこれで以上です。また次の記事でお会いしましょう。読んでくださってありがとうございました。
おまけ
これ、めちゃめちゃ気になるんですが!
おまけその②
ネクライトーキー、たまに聴きたくなります。物騒な歌詞とvo.もっさの声のミスマッチが唯一無二さを醸し出していますが、このバンドのよさは楽器がぜんぶ超攻撃的なところです。とくにキーボードがヤバい。こんなしゃしゃり出てくるキーボードは他では聴いたことないです(褒めてる)。
いいなと思ったら応援しよう!
記事へのリアクションや記事執筆への励ましのサポートありがたく頂戴します🙏 また、プロフィールにAmazonほしいものリストも掲載しています。こちらもぜひよろしくお願いします!