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子どもは、なぜ同じ絵本を何度も読ませるのか。

我が家では、同じ絵本が何度も登場する。

昨日も読んだ。
一昨日も読んだ。
たぶんその前の日も読んだ。

こちらとしては、もう内容を覚えている。
ページをめくる前に、次の展開がわかる。
なんならもうボロボロでテープで継ぎはぎだらけだ。

どうも
本より絵本を読む回数が増えてしまったナオです。
老眼には絵本の文字のサイズが有難いです。


大人はすぐ、新しいものを探す。

新しい情報。
新しい刺激。
新しい正解。

スマホを開けば、次から次へと新しいものが流れてくる。
少しでも見たことがあるものには、すぐ飽きる。

でも子どもは違う。

同じ絵本を持ってくる。
同じページで笑う。
同じ場面で指をさす。
同じところで、こちらの顔を見る。

大人にとっての「またこれ?」は、子どもにとっての「これがいい」なのかもしれない。


育児的に見ても、同じ絵本を何度も読むことには意味があるらしい。

何度も聞くことで、言葉を覚える。
何度も見ることで、絵を覚える。
何度も同じ展開をたどることで、次に何が起きるかを予測する。

そして、その予測が当たることで、世界を少し信じられるようになる。

つまり、子どもにとって同じ話は退屈ではない。

繰り返し読むことで、子どもは言葉、音、展開、絵、安心感を覚えるらしい。


このページをめくると、あの絵が出てくる。
この言葉のあとに、あの場面が来る。
ここでお父さんが変な声を出す。

世界が、ちゃんと昨日と同じように動く。

それを確認しているのかもしれない。
知らんけど。


もちろん、新しい絵本も大切だと思う。

新しい言葉。
新しい絵。
新しい世界。

そういうものに触れることで、子どもの中の引き出しは増えていく。


こちらはつい、効率を考える。

もう読んだ。
早く寝てほしい。
できれば短いやつにしてほしい。

特に夜やお昼寝の時間などは、親の本音がにじむ。


でも子どもは、ただ絵本を差し出してくる。

読んで。

もういっけ。(もう一回)

もういっけ。(もう一回)

舌足らずでせがんでくる。


たぶん子どもは、話の続きを聞いているだけではない。

昨日と同じ父が、今日もここにいることを確認している。
そう思うと、同じ絵本を何度も読む時間が、少しだけ尊く見えてくる。

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