見出し画像

スパイダーマンとアベンジャーズ~予告からの考察

 今年3月に『スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ』の予告について記事にしたのだけれど、最終予告が公開された。ご覧になっただろうか?

 この予告に特に新しい情報はない。むしろスパイダーマンのことを忘れかけていた人たちに向けた「スパイダーマンってこんな話だったよね」「この話の続きを観たいでしょう?」というスマートな予告となっている。これは非常に評価できる。

スパイダーマンの定義

 スパイダーマン登場以前のヒーローはスーパーマン、バットマンといった神の力、とてつもない経済力と知能などスーパワーを持つ大人のヒーローだった。そこに現れたのがキャプテンマーベル、のちにシャザムとなる普通の少年が魔法の力で変身し、スーパーパワーを持つ大人(スーパーマン)になって活躍するヒーローだ。
 シャザム!という呪文を唱えてスーパーヒーローになるという設定は当時の子供たちを熱狂させ、スーパーマンをしのぐ人気があった。しかし、まぁ、いろいろと問題があり、説明するのも大変なので割愛するが、世界的なメインヒーローにはなれなかったと言える。
 しかしながら、シャザム!という呪文は今でもハリウッド作品でしばしば使われる。
 そしてスタン・リーが生み出したのがスパイダーマンである。
 スパイダーマンのアイデンティティは、ごく普通の青年であり、むしろお人好しでヒーロー的な存在ではない。その彼が自分の傲慢さ、油断からベンおじさんを失い「大いなる力には大いなる責任が伴う」という言葉を胸に刻み込み、親愛なる隣人として「窓の外を除けばそこにヒーローがいる」というスーパーマンの神々しさ「空を見上げればそこにスーパーマンがいる」とは違うヒーロー像を生み出し、世界的な人気を得た。
 しかしながらMCUスパイダーマンではかなり異質な立ち位置になってしまっている。

MCUにスパイダーマンは返ってきたのか?

 最終予告では、これまでのスパイダーマン、ピーター・パーカーの歩みが丁寧に描かれている、ネッドやMJにはそうそう正体がバレているし、だからこそ築けた友情や愛情がしっかりと描かれている。
 原作コミックに置いては「シビル・ウォー」はスパイダーマンの正体がバレる作品だったがMCUに置いてはトニー・スタークに説得されて彼の庇護の中でヒーロー活動をすることになる。
 それはそれで、面白いし、ベンおじさんを失う代わりにメンターであるトニーをピーターは失うことになる。そこでヒーローとして覚醒すると思いきや、ミステリオの策略で全世界に彼の正体がバレてしまう。
 つまり長い時間をかけて本来の「シビル・ウォー」と同じ状況を作り上げ、ドクターストレンジに頼み込んで、記憶を消すという「孤独」を選び、本来のスパイダーマンの姿を取り戻した。
 その意味で言えば、スパイダーマンはまだ帰ってきていない。まさに「ブランド・ニュー・デイ」がマーベルスタジオが描くスパイダーマンとなるのだ。

いまだ明かされぬメインヴィランの存在

 これまで公開された予告にはこれでもかというくらいにたくさんのヴィランが登場しているが、それらはおそらく秒殺クラスで「スパイダーマンはニューヨークの市民をこうして守ってきました」みたいな振り返り程度しか登場しないだろう。
 見せ場があるのはスコーピオンのところくらいだろうけれど、そこはピーターのクモ化がどれだけすごいかという噛ませ犬でしかない可能性が高い。
 さらにザ・ハンドとの戦闘も見た目は派手だけど彼らは雇われの可能性が高く、おそらくはダメージコントロールが雇った警備隊くらいの存在ではないだろうか。問題は何を警備しているのか、ピーターはなぜそこに足を運んだのか。
 ここには暴走したハルクが絡んでいるのかもしれない。ブルース・バナー博士が腕にしている制御装置はおそらくDCCがからんでいる。ピーターは自分の力を制御するため、また暴走したバルクをもとの姿に戻すために制御装置の秘密を探りに来たのか。
 そして見えない敵の存在、ニューヨークの街中で人から人に乗る写る敵。その目的はなんなのか。なぜスパイダーマンの正体を知っているのか。もともと知っていたのか、それともピーターとMJやネッドが再会した後に知ったのか。そして目的はなんなのか。
 予告ではかなり情報が出ているようで、実は肝心なところをはぐらかしている。

時系列の示唆

 メイおばさんの墓参りのシーンから時間がどれだけ経過したのかがわかる。そしてMCUはこのあと『アベンジャーズ:ドゥームズデイ』の公開を12月に控えている。

 この作品にはバナー博士、ピーターの出番がないことはすでにわかっている。問題は時系列だ。MCUにおいてニューヨークで起きたことを振り返ってみよう。
 スパイダーマンの予告ではMCUドラマ「デアデビル:ボーン・アゲイン」に登場したキング・ピンの秘書が登場している。どうやら市長になっているか、それに近い存在だ。つまりマッド・マードックが刑務所に収監され、フィスクはニューヨークにいない。
 パニッシャーは行動の自由を得ている。
 その間、スパイダーマンがニューヨークを守っているとなれば時系列は「スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム」でメイおばさんが命を落とし、ピーターの記憶が世界から消され、キングピンが暗躍し、デアデビルと相打ちになったあとの物語ということになるのだろうか。
 そして『サンダーボルツ*』でボイドが暴れたときピーターはニューヨークにいなかった。つまり今回の作品はサンダーボルツの前ということになるのだろう。
 つまり今作でスパイダーマンとハルクは退場する可能性が高い。それはどういうことなのか。

考察

 そもそもなぜ、バナー博士なのだろうか。それは単にピーターの身体の異変=クモ化を止めるピースというだけではないのではないか。ブルース・バナーとハルクの関係はクモ化によって凶暴化が進むピーターの苦悩に近しいのかもしれない。
 そう考えるとどんなヴィランにせよ、それを倒した結果、クモ化がより進み、制御が利かない状態になる。ハルクは「シーハルク」においてすでにサカールでスカーという息子を得ている。もしかしたら物語の結末にサカールにいってピーターの治療をするという展開になるのだろうか。
 だとするとあの予告の中でニューヨーク市民が一瞬で凍結したようなシーンはもしかしたら謎のヴィランの仕業ではなく、ピーターが得た新しい能力のなのかもしれない。だからパニッシャーは呪縛されず、人から人に移る謎の敵を一時的に封じ込め、MJを救い出してパニッシャーに保護を求めたのかもしれない。

 いやいや、それは出来ずぎな気がする。それにスコーピオンとは2度対決するが、一度は謎のヴィランに乗り移られている節がある。ピーターはパニッシャーがマインドコントロールされないように守ったのかもしれない。

映画「スパイダーマン」で見たかったもの

 スパイダーマンの映画化はこれまで何度もされてきたがファンが見たかったスパイダーマン、そしてピーター・パーカーがこれまで描かれてきたのかと言えば必ずしもそうとは言い切れない部分がある。
 サム・ライミ監督がもし4作目まで作っていたら、或いはアメージング・スパイダーマンが打ち切りにならずに3作目まで作られていたら。そんな声も聞く。トム・ホランド版に関してはアベンジャーズとの絡みからかなり難しい立ち位置になっていたものの、インフィニティウォーでの活躍は確かに見たかったスパイダーマンではあったものの、結果としてトニーというメンターを失う展開、そしてノー・ウェイ・ホームでのピーターの暴走は面白み、おかしみはあったが望んでいたものではなかった。少なくとも筆者はそう感じた。
 だからこそ、今回の『スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ』には期待してしまう。次の集合作『アベンジャーズ:ドゥームズデイ』そして『シークレット・ウォーズ』による幕引きからのリブート。そのための終わりの始まりであり、マイルス・モラレスのスパイダーマンへの第一歩であることに期待をしてしまう。

 ピーターとマイルスがスクリーンに並ぶシーンが見たい。

いいなと思ったら応援しよう!