ネタバレなし&あり『スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ』映画感想
ネタバレなし情報
ネタバレを食らいたくないので初日、有給を取得して朝一で観に行きました。イオンシネマ市川妙典は比較的穴場の映画館でしたが、駅に着くとそれらしい人たち――スパイダーマンのTシャツを着た人たちが集まっていました。ほぼ満席。こういうお祭りに参加しているような感覚は好きだ。
前作『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』から4年。ジョン・ワッツ監督のホーム3部作の集大成はトビー・マグワイア、アンドリュー・ガーフィールドのスパイダーマンとトム・ホランドの競演という超話題作であったことから、非常に期待度の高い作品となった。
監督はデスティン・ダニエル・クレットン。MCUでは『シャン・チー/テン・リングスの伝説』の監督を務め、アクション表現に定評のある監督だ。
さて、感想に入る前にひとつの問題提起をしたいと思う。それは「観客が望む要素を網羅した映画は最高の娯楽映画と言えるのか」である。
一見もっともらしい話だが、それが正しければ世の中の娯楽映画はもっとシンプルに大資本を賭けて客の望むものを作れば儲かるという図式になるだろう。しかしそうではないことを多くの映画ファンは知っている。
スパイダーマンを観るということ
先の問題提起には前提となる条件をそろえることが不可能であるという問題がある。それはスパイダーマンの映画を観る人たちは果たして誰なのかという問題だ。
映画である以上スパイダーマンファンではない映画ファンも映画館に足を運ぶ。さらにスパイダーマンファンも、原作コミック、アニメ、過去の映画、MCUのスパイダーマン、ヒーローの中の一人、ピーター・パーカーの物語を観たい人、そのレイヤーは様々であり、すべてを満足させようとプラスになる要素をすべて盛り込んだらどうなるのか。
主演のトム・ホランドらキャスト陣が「心底嫌った」バージョンがあったと「Quotable」のインタビューで明かしている。
この10年、つまり2016年公開の『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』から三代目スパイダーマンを演じてきたトム・ホランドは今回、脚本など、制作に積極的に参加し、観客が望むスパイダーマンの要素を収集し、今回の作品に盛り込んでいったという。
そのバージョンは破棄された。「心底嫌いだった」という強い言葉が意味するものは、先の問いの答えとなるのではないだろうか。
めけめけの立ち位置
サム・ライミ三部作が公開されたとき、ほとんど新作映画を観ない生活をしていた。そしてどれだけ話題になろうと3作目でだいたいトーンダウンするだろうという予測はそれまでの経験に基づく正しい直観であることを証明するものだった。少年時代に感動したスーパーマンしかり、ティム・バートンのバットマンしかり、必ずその轍を踏む。
めけめけがMCUにはまるきっかけになったのはジェームズ・ガン監督の『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』なのだが、それすら公開時にはスルーしていた。
決定的だったのは『アベンジャーズ:インフィニティウォー』を観たあと『おまけの夜』というyoutubeチャンネルでアメコミ侍や柿沼氏、斉藤氏らの考察感想動画を見あさったことで、すっかりMCUファンになってしまったのだが、スパイダーマンの映画を見直したのはこの時だった。
『アベンジャーズ:エンドゲーム』で最高潮を迎え、その後のMCUもしっかりと追いかけているし、ドラマも観ている。
前作『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』を観たとき、二つの感想を持った。祭りとしては楽しかったが映画としては評価できない作品という比較的厳しい感想だ。
その理由は全体的にテンポが悪く、演出や設定がどうにも雑に見えて仕方がなかった。もちろん感動的なシーンでは涙を流したし、コミカルなスパイダーマン三人のやり取りには笑いはしたが、繰り返し観たいとは思えなかった。それくらい映画の文脈に筋が通っていないという点、ヴィランが過去作からの流用でしかない点、ドクター・ストレンジが間抜けすぎる点など、列挙すればきりがないのだが、それはお祭りとして、消化することにした。
それらをふまえてのネタバレなし感想

トム・ホランド版ではオリジンをやっていない。4作目にしてやっとオリジンを観れたこと、ウェブを使った様々なアクションがどれも秀逸だったこと、MJやネッドとの関係、全年齢対応パニッシャーがいい人過ぎて笑えたところなど、いいところはたくさんあったので、満足度は高かった。
特にスコーピオンとの戦闘やハルクとの戦闘――パニッシャーとの共闘からの一騎打ちは何度でも見たくなる名シーンだった。
またザ・ハンドとの戦闘シーンもニンジャ対クモ男ならこうなるという最適解のアクションだった。過去一番と言っていい。
サプライズもかなりのご褒美であったし、MCUとのつながりも過不足ない程度でノイズにはならなかったことも評価できる。ポストクレジットも考察しがいのある内容だった。概ね誰にでも薦められる良作だと言える。
ここで比較したくなるのがスターウォーズスピンオフ作品の『マンダロリアン&グローグー』だろうか。これからスターウォーズに触れようという人にとってはとても見やすい作品だった。それは今回のスパイダーマンにも言えることだ。ただし、めけめけの立ち位置からするとやはり不満がないわけでもない。それは否定的な意見や感想というよりもMCUスパイダーマンがソニーを無視しては存在しえないなど、制作環境によるハンデキャップやユニバースの中のスパイダーマンの立ち位置の難しさなど、映画単体ではない評価の難しさの靄がどうしても素直に喜べない不満として残ってしまう。
また予告で見せすぎ問題も言及したくなるほどに映画の見せどころが露呈しすぎていることも不満だ。
ネタバレあり感想

結局ジーン・グレイなんだ。まずはそれにつきる。めけめけはX-MENのシリーズを見ていない。
ジーン・グレイ
「恵まれし子らの学園」の最初の5人の生徒の内の一人。エグゼビアには及ばないがサイコキネシスとテレパシー能力を有し、エグゼビアのアシスタント的な役割も果たす。ティーンエイジャーの頃はマーベルガールと名乗っていた。恋人は同じ最初の生徒のサイクロップスことスコット・サマーズだが、事実上のX-MENの主役キャラであるウルヴァリンとも互いに想い合っていた三角関係であった。何度も生死を経験しており、その都度実はクローンや偽者だったという後付けが加えられ復活しているが、2003年にマグニートーの偽物であるエクゾーンによってとうとう殺されてしまった。この出来事で夫のサイクロップスは激しく落ち込んだ。物理的に死んだジーンはフェニックスフォースと一体となり、高次元の存在となった。また、サイクロップスに「X-MENを存続させないと未来が破滅する」と助言し、チーム残留を決意させた。
つまりめっちゃチートキャラであり、彼女が今回の表向きヴィランとなった。これは正直やってほしくなかった展開だ。実際、ダメージコントロール局(DODC)が黒幕ということになるのだが、エンドゲームまでのサノスやウルトロンのようなヴィランに比べると物足りない。
なぜ物足りないかと言えばホーム三部作でいえば、バルチャーやミステリオといったスパイダーマン・ワールドのヴィランとの戦いを観たかったし、『サンダーボルツ*』や『デッド・プール&ウルヴァリン』は結局精神世界の戦いで、敵をやっつけるというより、災害を未然に防いだような展開がここの所続きすぎている。
今回はザ・ハンドとの戦闘がクライマックスバトルであり、トム・ホランド版スパイダーマンの覚醒というカタルシスはあったものの、ザ・ハンドは操られていただけだ。傀儡との闘いは『キャプテン・アメリカ:ブレイブ・ニュー・ワールド』でレッドハルクとサムの戦いで見ている。
スパイダーマンの特徴はウェブとトリッキーな動き、最強クラスの身体能力がありながらピーターの性格が邪魔をして相手を取り逃してしまうようなわきの甘さ、それを軽口でなかったことにしてしまう軽妙さが魅力なのに、それが長らく発揮されていないことの不満は臨界点近くまで来ていながらうまいことガス抜きをされているような状況が続いている。
それもこれも、フローレンス・ピュー演じるエレーナ(2代目ブラックウィドウ)のサプライズ登場や、全年齢対応のパニッシャー:いい人フランク・キャッスルの好演によってチャラにされていると感じてしまうと余計につらい。
しかしながら、これらを踏まえて低評価であるかと言えば、ノーだ。ホーム三部作を踏まえて作られた今作は間違いなく近年のスパイダーマン映画の中では最高傑作と言っても過言ではないだろう。
先に紹介した「客の要望全部入り編集」を出演者たちがノーという結論に至り、今回の2時間半の映画になったことは称賛に値する。欲を言えば2時間にまとめたらもっと見やすかったのかもしれないが、それによってブーメランやタランチュラの場面が削られるくらいなら、あと10分伸ばして彼らの活躍をもう少し観たかったというのが正直な感想だ。
ファンというのはわがままで不条理な存在なのだ。理屈ではない。
特に評価すべきはアクションシーンがどれも観たかったスパイダーマンだったことだろう。ハルクとの戦闘、パニッシャーとの「ハルクとはやりたくない」という軽口やりとりや、いざ戦闘になると決してハルクに引けを取らない戦闘力を発揮し、バナー博士に訴えかけ、正気を取り戻しそうになるハルクがビルから落下するとしっかり助ける。実にスパイダーマンらしく、ピーター・パーカーらしい。
ジーン・グレイが覚醒した後のネッドとMJのあの涙は考察しがいがあり、しっかりと余韻を残す演出もいい。めけめけは「深層心理にすら消滅していたピーターの記憶を再構築した可能性」を支持する。MCU版のネッドは闇落ちしてほしくないし、MJとの関係は恋人に戻る展開はなくていい。
ジーンがやらかした「キスで記憶がよみがえる世界」の否定はディズニーに対するいい皮肉に思えてにやりとしてしまう。
そしてこの作品を映画として評価するうえで最も重要なネタバレ。それは「VMAX」のなぞ解きだ。これにはやられた。そこだけで100点あげてもいいくらいに「なんと!」と思ったし、すごく切なくなった。
シーンの姉サラが最後に観た文字は換気口(エアコン)ブランドである「VENTMAX」のロゴの文字が剥がれ落ちて一部だけ残ったものだったという真相は驚きでもあったし、人の命を弄んだDODCのビル・メッツガー長官はどこに消えたのだろうかという嫌な結末が微妙に尾を引く。
ちなみにパンフレットにはフローレンス・ピュー演じるエレーナのクレジットも画像もなかった。これは友情出演ということなのか、或いは追加の編集で資料に盛り込む暇がなかったのか謎だ(見逃していたらごめんなさい)。
アメコミを実写映画化する歴史的積み上げの意味
この映画を通じて一番考えさせられたことは「アメコミを実写映画化する歴史的積み上げの意味」だ。1978年のクリストファー・リーブ主演の「スーパーマン」、ティム・バートン監督の『バットマン』(1989年)、クリストファー・ノーラン監督の『ダークナイト』三部作(2005〜2012年)。サム・ライミ監督の『スパイダーマン』三部作。さらに20世紀フォックスの「X-MEN」シリーズとそれらを統合したMCU。さらにジェームズ・ガンによるDCU。
あまた作られてきたアメコミ映画の実写化はすべてが成功したわけでもないし、これが正解という方程式が完成されているわけでもない。
ファンはそれぞれの体験の中でヒーローとヴィランの対決を夢見ている。「ウォッチマン」や「ザ・ボーイズ」といったカウンターや「ジョーカー」といった社会現象を引き起こした作品までファンが望むアメコミの実写化は、映画ファン、コミックファン、娯楽アクション映画ファンなど様々なニーズが目まぐるしく時代と共に流転している。
めけめけの中ではその最高峰は「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」であり、「ザ・フラッシュ」であり、「ジョーカー」でもある。
その祖となった「スーパーマン」や「バットマン リターンズ」或いは「リーグ・オブ・レジェンド/時空を超えた戦い」といった作品に肩を並べるほど今回のスパイダーマンは振り切れてはいない。しかし今後に期待が持てる素地は固まったと言える。はたしてスパイダーマン5があるのかどうか。そしてそこでマイルズ・モラレスとの共闘が観れるかどうかはわからないが、大いに期待できる作品であることは間違いない。

