「いくらだと思う?」というプロレス
数字を当てるゲームではない
「これ、いくらだと思う?」
日常会話でよくある質問だ。
一見すると数字当てクイズのように見えるが、実は違う。
この質問で相手が本当に求めているのは、正解ではない。
「実は○○円なんだよ!」
というリアクションを、気持ちよく返すための"受け"なのである。
たとえば答えが5万円だったとしよう。
こちらが「10万円!」と言ってしまうと、
「いや、5万円なんだけど……」
となる。
せっかく用意していた「思ったより安いでしょ?」というオチは消えてしまう。
逆に「500円」と答えてしまうと、今度は話が離れすぎてしまう。
数字を考える気がないようにも見えてしまう。
では、何が一番気持ちいいのか。
おそらく「3万8千円くらい?」だ。
惜しい。
でも届かない。
だから相手は、
「惜しい! 5万円!」
と気持ちよく返せる。
ここで会話は完成する。
つまり、このゲームで求められているのは正解ではない。
「相手が一番気持ちよく返せる数字」を投げること。
それが、このゲームの本質なのだ。
最難関は「何歳だと思う?」
気温も同じである。
「今日、何度あると思う?」
35℃の日に、
「50℃!」では話が終わる。
「20℃」でも現実味がない。
「33℃くらい?」くらいがちょうどいい。
「惜しい! 35℃!」
このラリーが成立する。
数字そのものではなく、会話を成立させることが目的なのである。
ただ、このゲームには例外がある。
「何歳だと思う?」
である。
これは金額や気温より難しい。
年齢という数字は、その人の自己イメージに直結するからだ。
若すぎても、お世辞に聞こえる。
高すぎれば、言うまでもなく危険である。
だから年齢を当てるゲームは、数字を当てるゲームではない。
「相手がどう見られたいと思っているか」を読むゲームなのである。
会話というリングの上で
このやりとりは、プロレスによく似ていると思う。
プロレスは、自分の技を出すだけでは成立しない。相手が受け、返し、また受ける。
それらを積み重ねて、一つの試合を作っていく。
会話も同じだ。
数字を当てることが目的ではない。
相手が次のセリフを、いちばん気持ちよく言える位置へボールを投げる。
だから「いくらだと思う?」という質問は、数字の問題ではない。
これは、会話というリングの上で行われる、小さなプロレスなのである。
私たちは、そんな小さな攻防を一日に何度も繰り返しながら、人と人との距離を少しずつ縮めたり、探り合ったりして生きているのだと思う。
今日もどこかで、誰かが小さなプロレスをしている。
あなたも、私も。
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