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中田敦彦さんの帰国ニュースを見て、子どもの英語教育について思ったこと

最近、中田敦彦さんが、シンガポール移住から日本へ戻ることを決めた、というニュースを見ました。

そのニュースを見て私が考えたのは、海外移住が良いか悪いか、ということではありません。中田敦彦さんご本人の事情も、外からはわかりません。ただ、今回のニュースをきっかけに改めて感じたのは、海外移住は、英語が身につくという一面だけで語れるものではない、ということです。

私は英語教育の仕事をしていることもあり、子どもの英語教育について相談を受けることがあります。その中で時々あるのが「英語ができるようにするために海外へ行った方がいいでしょうか」「子どものうちから英語環境に入れた方が有利ですか」という相談です。

もちろん、海外移住そのものを否定したいわけではありません。実際、海外で素晴らしい経験をしている人もいますし、英語圏で力を発揮している日本人もたくさんいます。

ただ、英語教育に長く関わってきた中で、英語のための海外移住は、教育だけでなく、母国語、思考力、アイデンティティまで含めて慎重に考えた方がいいのではないか、と感じることがあります。

この記事では、そのことについて書いてみたいと思います。

英語が有利だから、で移住することの難しさ

最近は、子どもの英語教育を目的に海外移住する家庭もチラホラと出てきました。

本気で覚悟を決めて、家族全体で英語圏に根を張り、親自身も英語でコミュニケーションを取り、子どもを英語をメインで使う人として育てていくのであれば、それは一つの生き方だと思います。

ただ、英語ができた方が有利そうだから、という理由だけで、十分な準備や長期的な設計なしに海外移住することには、かなり慎重になった方がいいのではないか、と私は感じています。

子どもの教育は、一度方向を大きく切ると、あとから簡単には戻せない部分があります。

もちろん、どの選択にもメリットとデメリットがあります。日本にいることが絶対に正しいわけでも、海外に出ることが間違っているわけでもありません。ただ、英語が身につきそう、という一点だけで決めるには、子どもの人生に与える影響が大きすぎるのではないかと思うのです。

母国語が中途半端なまま第二言語を入れる難しさ

特に気になるのは、日本語の力と、日本人としての価値観の形成です。

日本語というのは、実はかなり複雑で難しい言語です。大人が使うような抽象的な表現、空気感、文脈理解、文化背景――そういったものを含めて日本語ができると言えるようになるには、かなりの時間がかかります。

その前に、生活の中心言語を英語へ切り替えてしまうと、日本語も英語も中途半端になるケースがあります。

私はよく、第一言語が80点なら、第二言語も80点止まりになりやすい、という感覚を持っています。もちろん、これは数字で正確に測れる話ではありません。ただ、私の指導経験上、どちらか一つの言語で深く考える力が育っていないと、もう一つの言語も伸び切りにくい、という感覚があります。

どちらかの言語で深く考えられるレベルまで育っていない状態だと、もう一つの言語も、単なる会話力以上のところで伸び悩むことがあるのです。

特に日本語は、一見ペラペラに話せていても、本を読んだり、日本文化の文脈を理解したり、複雑な感情を処理したりする段階になると、かなり差が出ます。

単に日本語を並べて正しく繰り出すことができたり、文章の表面的な意味を理解できたりするだけでは、コミュニケーションがうまくいかないことがあります。

それは子どもの頃はあまり問題にならなくても、大人になって生活やビジネスをすると、簡単には埋めにくい問題として表面化することがあります。

私は英語教育だけでなく、海外の人や、英語で考える時間が長くなり、日本語で共有される文脈や感覚から少し距離ができた日本人と、ビジネスや研究をすることがあります。

その中で、先に書いたような問題を経験してきました。

もちろん、すべての人がそうだとか、そういう人がほとんどだと言いたいわけではありません。あくまで、そういうケースもあるという話です。

日本語を後から母国語レベルに戻すのは難しい

英語を第一言語に近い形で身につけたあと、やっぱり日本語をちゃんとやろう、と思っても、日本語を母国語レベルまで育て直すのは、かなり難しいように私は感じています。

もちろん、不可能とは言いません。
でも、単に日常会話ができることと、日本語で深く思考できることは別です。日本語で書かれた文学や評論を自然に読み、日本独特の空気や行間を理解し、日本人としての感覚を共有する──そこまで含めて母国語だとすると、後から取り戻すのは相当大変です。

また、日本語で書かれた本、たとえば物語や専門書など内容が濃いものを理解して楽しむ、書いてあることを自分のものとして取り込んで応用する、といったレベルの読解力を身につけるのもかなり難しいです。

理由は詳しくここでは書きませんが、英語は音から入ってくる情報をそのまま取りやすい面がある一方で、日本語は漢字や表記から得る情報が非常に大きい言語だと私は感じています。特に漢字の知識が乏しいと、本や長い文章を読んでも、内容を十分に消化しきれないことがあります。

私の姉は英語生活の方が長くなって、英語の方が得意なのですが、先日、カタカナを見ても意味がすっと入ってこないと言っていてびっくりしました。

日本語が優位な人にとって、カタカナはそれが外来語であることをパッと理解するのに役立ちます。でも、英語の世界で生きている姉にとっては、その機能が少し鈍ってしまったようでした。英語の国の人には、英語でそのまま書いてあった方がわかりやすいのだと思います。

これは姉個人の例なので一般化はできませんが、言語の優位性が生活によって変わることを実感した出来事でした。

一方で、日本で育ちながら、大人になってから高い英語力を身につけた人は実際にいます。数は多くないですが、探しても見つからないほど珍しいわけではありません。だから私は、日本語をしっかり育てた上で英語を伸ばす、という順番の方が、長期的には安定しやすいのではないかと思っています。

現地語を深く使わない移住の限界

これはあくまで一般論ですが、移住先の主要言語を深く使わないまま海外で暮らすと、どうしても人間関係や社会参加に限界が出やすいです。

表面的な生活はできます。でも、深い雑談、価値観の共有、信頼関係の構築、文化理解――そういった部分には、やはり言語力が大きく関わります。

英語は、ネイティブのように話せなければいけない、というものではありません。

実際、英語を道具として割り切って使う人もいますし、それで十分に仕事や生活が成り立つ場面もあります。

ただ、海外移住となると、話は少し変わります。

旅行や短期滞在なら、英語を道具として使えれば十分な場面も多いと思います。しかし、長期的にそこで暮らす、子どもを育てる、現地社会の中で人間関係を作るとなると、言語は単なる道具以上の意味を持ちます。

つまり、海外で暮らすということは、英語を習得する場に身を置くというだけでなく、その社会の中でどう関係を作り、どう生きていくかという問題でもあるのだと思います。

英語ができることのメリットも、もちろんある

ここまでリスク側の話を中心に書いてきましたが、英語圏で生活や教育をして、英語ができるようになることには、当然メリットもあります。

ここは意図的に多めに挙げておきたいと思います。

世の中には、有名人の成功談を通じて、英語ができれば良いことばかり、という情報がすでに十分流通しているので、最初は書くのをやめようと思いました。でも、判断材料として比較しやすくなると思うので、補っておきます。

英語ができることで、日本ではあまり評価されにくい才能や能力が、海外に出ることで評価され、開花することがあります。

母国語圏にいると、言葉が通じるがゆえに何でも自分でこなせてしまい、便利さの中で日常が忙しくなりがちです。環境を変えることで、その忙しさから離れ、生活を刷新できることもあります。また、外に出ることで、日本の良さや課題を、内側にいては見えにくかった形で客観的に見られるようになることもあります。

実際、私自身は海外移住や語学留学の経験はありません。それでも、英語ができるようになり、海外のことや日本語と英語の違いを知るようになったことで、むしろ日本への愛着が高まったという実感があります。

つまり、海外に移住までしなくても、英語という言語を学ぶ過程そのものを通じて、日本を客観視する視点は得られるのではないか、というのが私の個人的な見解です。

子どもの人生を英語に賭けるということ

言うまでもなく、英語を学ぶこと自体には大賛成です。英語ができることで見える世界は確実に広がりますし、人生の選択肢も増えます。

ただ、英語が有利だから、という理由だけで、日本語や日本人としての土台作りが手薄になる方向に進むことには、かなり慎重であるべきだと昔から一貫して訴えています。

もし本当に、

・その子が英語圏で生きる素地を持っている
・家族全体で長期的に英語環境へコミットする
・親自身も現地社会に深く入っていく
・子どもを英語をメインに話す人として育てる覚悟がある

のであれば、それは一つの選択肢かもしれません。

でも、そこまでの覚悟や設計がない状態で、英語の方が有利そうだから、という理由だけで移住を選ぶのは、かなり大きな賭けでもあると思います。

英語は確かに強い武器になります。でも、母国語というのは単なる言語ではなく、どう考えるか、どう感じるか、誰として生きるかに深く関わる土台でもあります。

だから私は、まず日本語でしっかり考えられる力を育て、その上で英語を伸ばしていくという順番を、個人的にはおすすめしたいです。

なぜ中田敦彦さんの話から始めたのか

最後に、この記事の書き方そのものについて一言だけ触れておきます。

この記事は、中田敦彦さんの是非を決めつけるために書いたものではありません。有名人や目立った成功例は、どうしても声が大きく届きやすいものです。そのため、良い面だけが印象に残りやすいと感じています。

だからこそ、今回のニュースを入り口として借りながら、普段は見えにくいリスク側の情報にも目を向けてもらえたらと思いました。そして、読者それぞれが、英語のための移住を自分の選択肢に入れるか外すか、じっくり考えるきっかけになればと思い、この構成にしました。

この記事が、同じように悩んでいる方にとって、一つの判断材料になれば幸いです。

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