サイドFIREを目指す父が、夏休みの宿題に追われる息子と話した「自由と責任」
こんにちは、芽芽斗 守(めめと・まもる)です。
八月も半ばを過ぎたある日の夕飯でのことです。
家族三人で他愛のない話をしていたら、息子が急に顔を上げてこう聞いてきました。
「大人になると自由になれるの?」
小学一年生の口から出るには、ずいぶん大きな質問でした。
最近は家で地上波の番組を流すことが多いので、そこで似た話でも見たのかと思いました。
でも答えは、おそらくもっと近くにありました(笑)。
質問の出どころは、机の上のプリントの山
なぜ急にそんなことを言い出したのか。
息子の背中越しに、答えらしきものが見えていました。
彼が使う小さな机に積まれたプリントの山です。
夏休みの宿題でした。
毎日プリントだけはやるんだよ。
親とのその約束を破り続けた結果、息子はいまYouTubeとゲームを禁止されています。
自分はこんなに不自由なのに、目の前のパパはのんびり夏を満喫している。
あくまで想像ですが、その落差から「大人=自由」という式が彼の中でできたのかもしれません(笑)。
「でも、責任もついてくるんだよ」
私は、こう答えました。
そうだよ、大人になったら自由なんだ。でもね、責任もついてくるんだよ。
「大人だって自由じゃないよ」と返す手もありました。
厳密に言えば、私もそこまで自由ではありません。
やりたいことはやれていますが、やりたいことはもっとあります。
一日は限られているので、そこには優先順位がつきます。
ゲームや映画だけで一日を使いたい日もあります。
でも今書いておきたいものもあれば、起業に向けて進めておきたいこともあります。
その日の気分だけで時間を使えば、あとで困るのも自分です。
だから私はたいてい、執筆やサイドFIREを見据えた起業の準備を先にしています。
まあその優先順位を決めているのも私自身なので、結局は自由なのかもしれませんが(笑)。
それでも息子には、そう返したくありませんでした。
これから大人になっていく子に、入口で「大人もたいして自由じゃないよ」と言いたくなかったからです。
すると息子は首をかしげて、こう聞き返してきます。
「責任ってなんなの?」
小学一年生には難しいよねと笑って流すこともできました。
でもここは大切なタイミングだと、夫婦そろってなんとなく感じたのです。
だから今回は流さずに、そのまま掘り下げてみることにしました。
妻の答えは「産む自由と、育てる責任」
先に口を開いたのは妻でした。
「パパとママが君をほしいと思って産んだのも、大人の自由だよね。でも産んだからには大人になるまで育てる責任がある。それが親になったパパとママの責任の一つなんだよ」
そう妻は言いましたが、息子はまだピンときていない顔です。
首を四十五度くらいかたむけていました(笑)。
おやつのお金は、誰が払っているのか
せっかく妻がいいボールを投げてくれたので、私は違う話をせずにその続きに便乗しました。
「君がお腹が減ったら、パパやママがおやつを買ってあげるよね。まだ自分でお金を稼げないから、その代わりをしているんだ。大人になるまで君がしたいことを支えるのが、親の責任かな」
息子は「そだね」と言いながら、なんとなく上の空です。
テレビの前に置かれたゲーム機を、愛おしそうに眺めていました(笑)。
妻のターンでした(笑)
その様子を見て、妻と私はたぶん同時に同じことを思いつきました。
目が合った時点で、次に言うべき答えは二人とも同じだったと思います。
ただ、妻のターンでした(笑)。
妻はにやりと笑って、こう続けました。
「夏休みの初日に『宿題をちゃんとやったら、自由に遊んでいい』って約束したよね。でも君はその約束を破ったから、ゲームで遊べなくなった。自由に遊ぶなら、宿題をやる責任もあるってこと」
自由がゲーム。責任が宿題。
息子の顔が、ぱっと明るくなりました。
なるほどそういうことか、という顔です。
自分ごとの話になると、響き方がはっきり違いました。
自分ごとになった瞬間に、言葉が届いた
妻が最初にした話も私のおやつの話も、中身は最後の宿題の話とほとんど同じです。
違ったのは、それが息子の身に起きたばかりの出来事かどうかだけでした。
もっと言えば、いま息子が味わっている悔しさの原因そのものだったということです。
心理学に自己参照効果と呼ばれるものがあります。
カナダのカルガリー大学が1977年に発表した実験です。
性格を表す言葉をたくさん見せて、文字の形・音・意味・自分に当てはまるかどうかの四つの視点から考えてもらいます。
そのあと抜き打ちでどれだけ思い出せるかを調べると、自分のこととして考えた言葉がいちばんよく記憶に残っていました。
自分に関係のある話は、それだけ記憶に残りやすいということです。
会社員時代の私はデザイナーやプランナーとして、伝わりにくいものを伝わるかたちにすることを大切にしていました。
まさか自宅の食卓で、妻が私よりずっと上手に「自由と責任」を息子へ伝えるとは思いませんでした(笑)。
自由の女神の向かいに、責任の像を
自由と責任について考えるとき、私が二番目に思い出す人物がいます。
『夜と霧』を書いた精神科医のヴィクトール・フランクルです。
1905年にウィーンで生まれたユダヤ人で、若いころはフロイトやアドラーに学んでいます。
第二次世界大戦中、新婚の妻と両親といっしょに強制収容所へ送られました。
解放されたのは四つ目の収容所です。
ウィーンに戻ってから、母がガス室で殺され妻も亡くなったことを知ります。
その体験を戦後まもなく書いたのが『夜と霧』でした。
日本語版はみすず書房から出ていて、いまも読み継がれています。
英語版には『Man's Search for Meaning』という題がついています。
ちなみに私は、この英語版の題のほうが直接的で好きです(笑)。
その英語版の後半で、フランクルはこんな提案をしています。
自由は半分でしかない。 責任とセットで生きられないかぎり、自由はただの気ままになってしまう。だから東海岸の自由の女神には、西海岸に責任の像を建てて対にするべきだ。
自由をこれ以上ないかたちで奪われた人が、自由だけでは足りないと言っている。そこがこの提案のすごみだと思います。
その構想はいまも受け継がれていて、2025年にはサンディエゴの大学に高さ約4.5メートルの「責任の像」が設置されました。
二十年前の同じ食卓で、もらった言葉
では「自由と責任」と聞いて、私が真っ先に思い出すのは何か。
ヴィクトール・フランクルの言葉ではありません。
それは父と母の言葉です。
最後に、自由と責任をあげる。
自由には責任がついてくるんだよ。
あの夜に私が息子へ言った「自由には責任がついてくるんだよ」という一言。
実はあれは、私が親元を離れるときに父と母から最後にもらった言葉でした。
いま思えば、私の記憶に残っている父との最後の夜です。
あれから二十年。私も社会に出て家庭を持ちました。
たぶん息子には、自由すぎる大人だと思われていますけど(笑)。
それでも年相応に、自由と責任の意味はわかってきた気がします。
意味がわからないまま二十年持ち歩いた言葉を、いつのまにか渡すほうになっていたわけです。
このエピソードは以前の記事でも書いています。
よければこちらも読んでみてください。
二十年後、私は何を言うのだろう
私はこの春、十五年以上勤めた会社を辞めました。
平日の昼間に散歩へ行けるし、好きなタイミングで映画も見に行ける。
会社員としてのしがらみもないので、書きたいものを書いて出せます。
息子から見れば、たしかに自由の見本のような大人かもしれません(笑)。
いまはキャリアブレイクと言いながら、実際かなり自由気ままに過ごしています。
準備している起業も、会社を大きくすることが目的ではありません。
サイドFIREのかたちで、家族との時間を優先できる暮らしをつくるためのものです。
そこは年収や肩書を追いかけていた会社員時代と、はっきり違うところです。
ただその自由には、稼ぎを自分でつくるという責任がくっついてきました。
宿題を後回しにするとゲームが遠のく話と、仕組みは似ています。
違うのは、私のゲームを没収してくれる人がどこにもいないことくらいです。
自由は誰かからもらうものではなく、責任を引き受けたぶんだけ自分のものになる。
当たり前ですが六歳にそこまで伝わったとは思いません。
意味がわからないまま二十年持ち歩いた私が言うのだから、今はわからなくても大丈夫です。
いつか息子が家を出る前の晩、私は何を言うのでしょうか。
たぶん、あの二人と同じことを言う気がします。
「最後に、自由と責任をあげる」
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
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