あなたの町の病院は、まだそこにありますか
もし、明日、その病院がなくなるとしたら。
あなたは、誰の顔を思い浮かべるでしょうか。
自分自身か。
年老いた親か。
まだ小さな、孫か。
たぶん、多くの人はこう思っています。
病院があるのは、当たり前だ、と。
けれど、その「当たり前」が、いま静かに崩れ始めています。
夜の町を歩くと、病院の窓に明かりが灯っています。
救急外来の、あの明かりです。
多くの人は、気にも留めません。
あって当たり前の、風景だからです。
けれど、その明かりの下では、
今夜も誰かの命が、救われようとしています。
救急車が、受け入れてもらえる。
夜中に熱を出した孫を、連れて行ける。
胸が苦しくなったとき、すぐに診てもらえる。
年老いた親の最期を、安心して任せられる。
その安心は、あの明かりが灯っているから、成り立っています。
そして、その明かりが、これからもずっと灯り続ける保証は、どこにもありません。
いま、全国の自治体病院の、およそ九割が赤字です。
コロナ禍が明けても、患者数は元に戻りません。
人件費は上がり、薬や医療材料の値段も高騰しています。
支えだった補助金は、終わりました。
多くの病院が、体力を削りながら、それでも地域医療を守ろうと踏ん張っています。
もちろん、明日すべての病院が消えるわけではありません。
けれど、このままでは立ち行かなくなる病院が、増えていく。
それを、多くの医療者が本気で危惧しています。
病院の体力にも、限界があるのです。
私は四十二年間、医療の現場に身を置いてきました。
救急医として、多くの命を救い、多くの命を見送ってきました。
だからこそ、わかることがあります。
病院が消えるとき、最初に困るのは、いちばん弱い立場の人たちです。
夜中に倒れても、運ぶ先がない。
歩くのがつらくなった高齢者が、通院をあきらめる。
安心して子どもを産める場所が、町から消える。
数字の上では、「病院が一つ減った」だけかもしれません。
けれど、その裏側で、
誰かの救急が、
誰かのお産が、
誰かの人生の最期が、
静かに失われていきます。
日本は、これからさらに高齢化が進みます。
医療や介護を必要とする人は、増え続けます。
それなのに、その人たちを支えるはずの病院のほうが、先に力尽きようとしている。
これは、遠い地方の話でも、医療者だけの問題でもありません。
あなたの町の、
そして、あなた自身の、これからの話です。
では、私たちに何ができるのでしょうか。
大げさなことではありません。
まず、知ることです。
自分の町の病院が、どんな役割を担っているのかを、知る。
かかりつけ医を持つ。
紹介状の意味を、理解する。
救急を、「便利だから使う場所」にしない。
そして何より、
病院がそこにあることを、「当たり前」だと思わないこと。
守れるのは、まだ明かりが灯っているうちだけです。
命は、支えがあって、初めて最後まで生ききることができます。
家族がいて、地域があって、医療があって。
その支えの真ん中に、あなたの町の病院も、たしかにいます。
病院を守ることは、建物を守ることではありません。
未来のあなたと、大切な人の命を守ることです。
だから、もう一度だけ、問いかけます。
あなたの町の病院は、まだ、そこにありますか。
あの窓の明かりは、今日も誰かの命を照らしています。
そしていつか、あなた自身を照らす明かりに、なるかもしれません。
その明かりが消えてしまう前に、私たちにできることが、きっとあります。
※ 本稿の数値は、日本医師会・日医総研「令和7年病院の緊急経営調査」(2025年10月)、全国自治体病院協議会「令和6年度決算状況調査」(2025年8月)、総務省「公立病院の現状と課題について」(2025年10月)に基づく。特定の病院を指すものではなく、全国の地方・公立病院に共通する構造について述べたものである。
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